宵待草 笑いたければ笑えば良い。私は本気の本気なんだ。 痩せます宣言をして、二日目。私の頭の中は、食べることでいっぱいになっていた。人間心理とは、何て愚かなものだろう。食べてはダメと思うと、無性に食べたくなる。腹の虫は24時間体制で鳴りっぱなしになり、授業中、冷や冷やと周りを気にしなくてはならなかった。 「まだ続いているの?」 食後のコーヒー牛乳を飲みながら、ヒッキ―が何の気なしに聞いてきた。 「当然」 「フーン」 そっけない返事に、私はぎろりと睨む。 今や、毒症状が末期に、達し始めていた。とにかくイライラして仕方がない。風が吹いただけで頭にくる。 「横綱さ。もっと賢明的な痩せ方しなよ」 「どういう意味よ」 「あんたの腹の虫、煩くて適わん」 「はあ? 仕方がないでしょ。今までどんぶり飯を二杯に、おかずは大皿でふた品以上、それにデザートのプリンやアイス、フルーツ付きのを、朝はヨーグルト一つだけだし、昼だってこんな小さいお弁当だよ。お腹の虫が驚いても仕方がないわ」 「ダイエット二日目でそれじゃ、明日にはあんた、死ぬね」 殴りたい衝動を押さえるのに必死な私に、相反してヒッキーは、冷めきった様子で伸びをして、遠くにいるクラスメイトの、マッチに手を振ってから振り返る。 「あの子、ジムに通って3キロ落としたってよ」 「マジ?」 「何でも夏のバカンスを楽しむため、バイト代をつぎ込んだって、ヨーレルが言っていた」 ヨーデルこと、見澤芽衣子は何かとうわさ好きで、やたら声が通る。だからヨーデルと呼ばれている。マッチこと巻下千菜美は、その相棒。これまたにぎやかさんで、一緒に居ると、時々耳を塞ぎたくなる。 「夏のバカンスって?」 「横綱、自分には関係ないと思って、うちらの話を聞いていなかったでしょ?」 きょとんとする私に、ヒッキ―はやれやれと首を振る。 「みんなで金を貯めて、沖縄に行こうって言ったでしょ。恋のバカンスをするって、マッチが言い出して、横綱、沖縄って何が美味いのかなって、よだれたらしたでしょ? ステーキじゃねぇって、ヨッちゃんが口を挟んだら、めっちゃ喜んでいましたけど」 私の脳裏にその時の状況が蘇る。 ポンと手を叩く前に、腹の虫がなく。 「今、特大のステーキ想像したでしょ?」 していないと、即答できない自分が悲しい。 ――夏まで三ヶ月。 放課後、ヒッキ―はヨッちゃんと帰ると言って、幸せそうに二人手を繋いで帰って行くのを、私は教室の窓から眺めていた。 ヒッキ―の計画には、しっかりヨッちゃんも含まれている。何なら私にも、愛しのきみを誘えばと軽々と言ってのけ、にやりと笑った。 「その前に横綱、やらなきゃならないこと、沢山あって大変だね」 底意地が悪い性格。それがヒッキ―の代名詞でもある。女子の中でも真っ二つに好きと嫌いで別れるこの性格に、何度も腹は立てて、喧嘩を幾度となく繰り返して来たが、何故か嫌いにはなれない。 「今に見てなさいよ。あんたよりすらりとしたボディを手に入れて、恋を成就させて見せてやる」 「はいはい。とにかく、沖縄では水着、着ることを頭に入れておいてよ。原則、ビキニ―だから」 「何で?」 「ヨッちゃんの希望」 「死ねばいい」 「嫌です」 思い出しただけでも、腹が立つ。 怒ると人はなぜ、お腹が空くのでしょう? くだらんことを考えながら乗った電車に、まさかなの出来事が私を待ち構えていた。 浅黒く日焼けした肌によく似合う、白いシャツを着た愛しのきみがいるではありませんか。 くぅ、小説を読む姿が、またカッコいい。 高まる心臓。 「名前ぐらい調べなさいよ」 ヒッキ―が残した言葉が、耳の中で木霊する。 それにしても腹が減った。 考えてみれば、帰りの電車の中、何も口にしないで帰るなんて、そんな日が来るとは思わなかった。大概、コンビニでパンやおにぎりを買い込んで、パクリ。人の目など気にせずパクリ。スマフォをしながらパクリ。我が家同然でせっせと食べ物を口に運んでいた。もしやそんな姿を、愛しのきみにも見られていたかもしれないと思うと、目の前が真っ暗になってしまった。 石黒登志子18歳。決めました何が何でも痩せます。 *宵町草の花言葉・・・移り気。ほのかな恋。 戻る ×
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