ホテルのラウンジ、私と細渕は向き合って座っていた。
このホテルに車をすべり込ませた時、細渕の携帯が鳴り、話す内容から、相手は恵子さんだとすぐ分かった。
「今、真理恵ちゃんと一緒にいる。ああ、此間の埋め合わせに食事でも奢ろうかと思って。分かっている。行くよ。行くからそんなに心配しなくていいから。じゃあ」
電話を切った細渕が、申し訳なさそうに私を見る。
「仕事が入っちゃったんだ。申し訳ないけど」
「大丈夫です。すぐに行ってください」
アハハ、と笑い出した細渕が、目を細める。
「真理恵ちゃんは聞き分けの良い子で助かるよ」
「そんなこと」
尻つぼみで答える私をよそに、細渕は近くを通りかかったウェートレスを呼び止める。
コーヒーのお替りを頼み終えた細渕が煙草を一本取り出し、顔を綻ばせる。
「吸う?」
「はい」
何となく、ここはそう答えた方が良い気がした私は、差し出されたマイルドセブンを銜え、細渕に火を点けてもらう。
「実はさ、こういう業界って言うのは相談役的な人がいるんだけど、その先生に真理恵ちゃんのことを話したら、あってみたいって言いだしてさ」
私は偉い弁護士辺りだろうと想像し、へーと頷く。
「真理恵ちゃんは、占いとか信じる? 意外とこういう業界ではポピュラーなんだけどさ。事務所を立ち上げる時の方位とか、新しいタレントの名前とかさ、ま、気休めなんだけどさ、俺んとこはフランス人の先生で水晶玉で占うんだ。俺もさあんまり信じなかったんだけど、結構当たるんだよな」
確かに中堅企業では当たり前なのかもしれない。現に私が勤めている会社にも、それらしき人が出入りしている。おまけ的に何度か手相を見てくれたが、割と当たっている気がしたのを、微かに思い出し、へー、そうなんだと、あっさり納得してしまった。
「今度、真理恵ちゃんも占ってもらえるように頼んでおくから、それで今回のことは帳消しにしてくれる? じゃあ悪いけど」
伝票を持った細渕が立ち上がる。
冷やりとした外気に、私はコートの襟を立て駅へ急ぐ。
正直、細渕と言う人間が分からなくなっていた。豆に掛かってくる電話といい、思わせぶりな態度といい、するりと話を替えられ、思わず相槌をつかされてしまう。丁度ホームに入って来た電車に乗り込んだ私は、細渕から渡されたメモをしげしげと見る。
「これから当分はちょっと忙しくなるから、真理恵ちゃんが直接先生に電話してくれる?」
悩みならいくらでもある。占ったところでと思う反面、あの家族から逃げられるのならと、私はぎゅっと目を瞑る。[
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BKM]