街中が浮かれたっているような気がする中、私は真っ白いハーフコートを羽織り、細渕の横に並んで歩いた。
「ごめんな、約束を守れなくって」
クリスマスイヴにAHIに合わせる段取りをつけたからと、細渕から知らせを受けたのは食事を共にしたその日の深夜だった。
恵子の表情が気になった私は、少しためらいながら、本当に甘えて良いのと柄にもなく訊ねてしまうと、一瞬、間が置かれ、何でそんなことを聞くんだと怒ったような口調で細渕は聞き返して来た。
「別に意味なんかないんです。ただ夢みたいな話だったから」
最近、細渕の言動にドキッとさせられることがある。具体的に表現が出来ないのだが、物を言わせない迫力を感じてしまう。
焦りを隠しながらそう答えた私に、俺を誰だと思っているんだ。もっといい思いをさせてあげるからと、早口で返され、私は無理にはしゃぎ声をあげてみる。
「楽しみですね」
心の中のもう一人の自分が呟く。
「本当かよ」
違和感が漲る。
「友達も誘え」
そう言われて、私は誰を誘うか迷った。
素子や友里には細渕の存在を知られたくない。直感的にそう思った。私の中にある不安をこの二人が暴いてしまうような気がしたからだ。
私の中の赤ランプはずっと前から点滅を繰り返している。それでも細淵という存在を失いたくはない。
当たり障りのない和美を誘った。
高校の同級生。特別仲がいいわけでもなかったが、気を遣う相手でもない。お互い一人じゃ物足りない時に連絡を取り合う仲。それが和美だった。
約束の日、細渕の電話で起こされる。
「真理恵ちゃん、恵子が急に腹が痛いって言いだして今救急外来を受けている最中なんだけど、どうも切迫流産らしいんだ」
妙に落ち着き払った口調に、私は引っ掛かりながら、妊娠していたんですかと聞き返した。
「俺も知らなくって、今聞かされて驚いた所だよ」
「大事に至らなければいいですね」
「ああ……。それで、悪いんだけど」
やっぱり。何故か私の中にそんな言葉が浮かんだ。
「大丈夫です。友人にもその旨を知らせておきますから」
「本当に悪い」
「大丈夫です」
「この埋め合わせはきっとするから」
「気にしないでください」
「いや、そういうわけには」
そんな押し問答を数分繰り返し私は電話を切った。
なぜだろ。最初からそうなるような気がしていた。だから和美には一緒に食事をしないかとだけ伝えてあった。
家に戻るとタイミングを計っていたかのように携帯が鳴った。
細渕からだ。
「恵子さんの傍にいてあげなくっていいんですか?」
「あいつなら大丈夫。今、実家に帰っているから。それに落ち込んでいるあいつの顔を今はまともに見てられないし」
「でも、こんな時だからこそ傍にいて欲しいって思っているんじゃないかな」
「真理恵ちゃんは優しいね。本気で好きになっちゃいそうだ」
すっと肩を抱かれ、私は後ろめたさと優越感の狭間で、細淵を見上げる。
「……独り占めにしたい」
耳元でささやかれ、私はコクンと頷く。
きっと、私は、もう、この人に逆らえない。[
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