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約束のためだけに2人は同じ人間あるいは、同じ怪物の目を盗んでこっそりと密会をしていた。本当に危うい、いつ崩れてもおかしくない桟橋のような約束だった。レウウィスはいつだって斎を殺すことができたし、斎もいつ他の怪物に襲われて殺されてもおかしくなかった。けれど殺さなかったし殺されなかった。奇跡のようにその関係は細々と続き、時間は流れていった。次の仕入れまで時は幾ばくもない。
「今日はコーヒーなんだね」
「紅茶なくなっちゃったから。みんな子供だからね。コーヒーばっかり残ってる」そう言う斎もコーヒーはあまり得意ではない。
「そうか」
斎は黒濁とした液体に口をつけた。途端眉間にシワを寄せるように目を固くつむった。
「うわ……うわぁ」
苦さのあまりに苦悶の表情を浮かべて呟いている。
「そんな顔をするなら別のものにすれば良かっただろうに」
「いや、お茶会には紅茶かコーヒーが粋……通ってもんじゃない」
「そういうものか。それなら次の補給までその黒い液体で我慢するほか無いだろうね」
斎は静かにレウウィスを見ていた。何も言わずにただ笑顔をのせて。いつもの笑顔とは少し違う。儚げ、憂い、そして困ったように。そしてレウウィスは自分の失言にも似た発言に気づいた。そうだ、彼女には次など無かった。
「あなたには感謝してるよ。ほんと」
「君にとって、この時間は有意義なものだったかな」
「うん、とても。私は楽しく生きられた」いつかのフレーズを呟く。
次の補給。つまり食用児の補充の時がくれば2人の約束は果たされる。すぐにその時は来る。
「けれどやっぱり最後は紅茶で締めたかったな」
パイの欠片を口に運んでそう零す。口の中に残っていたコーヒーの苦みを甘みで消してくれる。
いつもとそう変わらない。けれど違う。斎を見てレウウィスの中に燻りが生まれた。
「斎、今すぐ君を狩りたい」
それを聞いて斎は口をつけかけたカップを下ろした。両手でカップを持ち直して、そして視線を上げる。
「いいよ」
斎の返答は端的だった。まるで飴玉をねだられたように、ほいっと二言の返事。彼女の言葉には虚勢などないように思えた。本当に今殺されても構わないのかもしれない。
レウウィスは椅子から立ち上がった。斎の目に見えたのはそこまでで、瞬きをした次の瞬間には首に長い爪がかかっていた。風にマントが膨らんで、視界が真っ黒になる。縊り殺すように異形の指が首にまとわりついても、斎は表情を変えなかった。
胸中に燻る謎の感情。それは飢えに似ていた。彼女を殺せばそれを満たせる。そう思ったレウウィスだったが、
「違う」
そう言って彼は離れた。それは独り言のようで、斎は不思議に思ったがあえて触れなかった。
「君は全力をもって私から生き延びようとしなければならない。たとえ無意味だとしても。約束だからね。違えるわけにはいかない。……君にはまだ約束を果たすつもりがあるかね?」
「もちろん。もちろんだよレウウィス。だって、それがあなたの希望なんでしょ?」
「そうだね。次に会った時、私は君を殺す」
レウウィスはそう言い残して消えた。まだティータイムも終わっていないというのに。
斎はレウウィスがルーチェの手下から自分を庇ってくれた時のことを思い出した。ほんのひと月前のことだ。あの時、彼はエゴの為にそうしたのは重々理解しているが、嬉しかった。この世界で他人に手を差し伸べられたことなんてほとんどない。それにレウウィスを格好いいと思ってしまった。怪我をした時、分かりにくいが一応いたわってくれた。そのレウウィスに自分は殺される。自分には勿体ない相手だと感じている。同じ『殺される』でもルーチェやほかのヤツらに殺されるよりもきっといい。斎はカップの底に残った黒い液体を揺らしながらぼんやりとした。