仕返し


衝動に振り回されて地面に拳をついた。視界に映る草や土が涙で霞んでいく。地面についた手の上に1滴落ちるとまた無性にやり場のないどうしようもない憤りが込み上げて、地面についた手のヒリヒリとした痛みへの苛立ちも混ざって、机の上を散らすように地面の上を力任せになぎ払った。地面に根を張った草は平然と、土だけが散る。むしゃくしゃして手の届く範囲の草という草を引き抜き始めた。次第にそれを口に持っていく。ヤケクソに近い。口の中が青い臭いで満たされて吐き気を催した。自分の腹を叩きながら何とか胃の中に下すと喉の奥に草が張り付いてる感触が残ってまた苛立ちが募った。

「気でも狂ったのかね」

喉の違和感から意識が削がれる。自分よりもはるか頭上から声がかかった。咄嗟に銃を構えて振り返ると、そこには黒帽子のあいつがいた。『なんで』とそれだけ思った。今は時間外。こいつと出くわすなんて事は普通じゃない。それに冗談じゃない。『よりにもよってなんでこいつが』と呪詛を吐きたくなる。私が今抱えている負の感情。私を圧迫させるそのどれもこれもあれもそれも全て、こいつが居なくなれば大いに緩和される。それほど、私はこいつらが、こいつが嫌いだ。

「少し話でもしようじゃないか」

そう言って一歩踏み出したのを目にして、私は引き金を引いた。銃弾は逸れることなく目標に命中した。けれど、目標に命中しても『やった』という達成感は満ちない。感情は平坦のままだ。

「ライオンがウサギに何を喋るっていうの?」

私が見ている目の前で、たちどころに穴は塞がってしまう。

「意味が無い。そんなこと分かりきっているだろう」

撃ったところで。と、服を叩く。避けようと思えば避けられるくせにわざと撃たれるなんて性格が悪い。

「意味が無いなんてことは無いよ。撃たれれば死にはしなくても痛い、でしょ?」

「嫌がらせか。些細だな。実にいじらしいじゃないか」

1歩2歩と近づいてくる影に私は後ずさりした。挑発し過ぎてしまっただろうか。そう思った直後、目の前にいたはずのレウウィスが消えた。恐怖を感じる間も無く、私は羽交い締めにされ動くことが出来なくなった。押さえつけられてはいるが痛くはない。けれど、暴れても逃れられない強固さで、レウウィスにとって自分が本当に小動物のようなものなのだと実感せずにはいられない。片手で私の体を押さえ込み、もう片方の手で私の腕を掴んで引き伸ばした。

「最後にまともな食事を摂ったのはいつになる?」

私の腕をまじまじと見、そう言った。別に私の心配をしている訳ではない。いや、ある種の心配をしているだろうがそれはこいつの利己的なもので決して私に対しての思いやりから発せられた言葉じゃない。

「忘れた。私は、あんた達に美味しく食べられるつもりは無いから」

「意趣返しのつもりかね」

腕を掴む手が離れる。羽交い締めにされていた体がゆっくり解放されていくのが分かったけど、いまいち自由になった気がしない。レウウィスは小さな豆を摘むように私の頭を摘むと無理やり自分の方へと向かせた。

「私は君に期待している。だから……こんなつまらない事で潰れてほしくはないのだよ」

それに、とレウウィスは続ける。

「君は勘違いをしている。私は別に美食を望んでこの庭園に来ているわけではない。結果として食糧を得ているわけだが、私はそのプロセスを重要視しているのだよ。分かるだろう?」

諭すような物言い。こいつが言いたいことは分かる。狩りに対する拘り。それが他の人喰いよりも深いのはなんとなく知っている。

「君は『ライオンがウサギに何を話しに来た』と言ったが、こうやって君と話すのも私の望みをより理想に近づけるためだ。私は、君を狩りたい。君のポテンシャルが最大限に引き出せるその然るべきタイミングでね」

人が家畜を肥え太らせるのと同じ。そう思ったら過去のあれやこれやが脳の中を駆けずり回った。私の家族を無惨に殺した時のことや、わざわざ自分の急所を教えてきた時のこと。こいつのいうポテンシャルというものが、人の力というものが憎しみとやらで増すというなら私はもうそれに従いたくはない。今まで私はとても愚直だった。ここに来るまではママの喜ぶ顔が見たくて勉強は頑張っていたし、ここに来てからも生きるために頑張っていた。けれどそれが最初から報われるようなものではないのに気づいてしまった今、これからもずっとイイ子でいるのは馬鹿らしい。初めから知りえない巨大な何者かの手のひらで踊っていただけだった。もうそんなの疲れるじゃないか。

「そうか……なら、私はあんたを憎まないよ。それに、殺すっていうなら抗わない」

銃を手放した。これが私のせめてもの仕返しだ。

「これから君の目の前では多くの仲間が死んでいくだろう。それでも耐えられると?」

「耐えられるとか耐えられないとかじゃないよ。心が痛むと憎しみが生まれる。なら、心を捨てるよ。そしたらただの無でしょ」

「言うのは簡単だがね」

「そうだね。でも、人の心ってあんたが思ってるほど頑丈じゃない。この庭で潰れてしまった人、見たことあるんじゃないの?」

指がのびてきて首を捻るように私の体を掴んだ。爪が喉に食い込んで痛みが走る。何か温かいものが肌をつたっていく。殺される予感がしたが、不意に体を締め付ける力は消えて私は地面に落とされた。草の匂いが鼻をくすぐる。

「私は君を諦めない、斎」

横になったままあいつの方へ顔を向けるとその背中が何故か寂しそうに見えて、してやったぞという気になった。あんたのアプローチは最初から的外れだと。だけど私はその一方で不思議と胸が締め付けられるような気がした。きっと気のせいだ。


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