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産声あげたその時から碌な世界に生きていない。
人が生きるために生きる面白くも楽しくもない世界。
生き残れなかった友を、仲間を、土に還してゆく毎日。
そんな毎日に斎はもう苦痛どころか年々何も感じなくなっていた。
否、何も感じてないように振る舞うことで自分をも誤魔化しているだけなのだが。
もしこの世界に神様がいるとしたら恨まずにはいられない。
こんな糞みたいな世界、終わってしまえばいいのに。固く閉ざした口の中でずっと思っていた。
今日は誰が死ぬのかな。それとも誰も死なないかな。
斎は日々思考する。
綱渡りの生活。そんなおり、絶望と嘆きの狭間に生きていたこの世界の住民たちに朗報が入った。
トランクスが。この世界に生き残った数少ない戦士であるトランクスが、人造人間たちを倒したという知らせが。
この時をどれほど待ち望んでいたことだろう。
犠牲は大きかった。今まで死んでいった人の数は計り知れない。
絶滅まで追い込まれたこの世界の人類はその一歩手前で踏みとどまることを許されたのだった。
数日後、トランクスが人造人間を倒せたことを過去の戦士たちに知らせるため過去へ行くことを斎は耳にした。
斎はタイムマシンの置いてある廃ビルにつくとトランクスの姿を探すのだったが、そこには想像だにしない光景があった。
「斎さん、こっちに来てはいけない!」トランクスの声。
トランクスの言った意味が分からなくって、斎はトランクスに近づこうと一歩二歩と足を踏み出すのだったがすぐに足を止めた。
トランクスが持つ剣の切っ先が向かってる方向に、緑の巨大な生物が長い尻尾を揺蕩わせているのが見えた。
恐ろしいものだと本能的に察して斎はその場を後にしようとするが、回り込むように光の弾が建物の唯一の扉を破壊してしまった。。
逃げ道は無くなってしまった。斎はトランクスと謎の生物の方を見る。
「折角の見物人だ」上機嫌そうに尾を振る生物。
人造人間をも倒した力をトランクスは持っている。
だから、この生物と戦い始めたトランクスを見て、斎はトランクスが勝つものと疑わなかった。
けれどもその考えはすぐに浅薄な考えだと思い知らされた。
斎が見る中、トランクスは椿の花が落ちるようにあっけなく夭死してしまったからだ。
斎は扉のあった場所を背にしたまま動けない。
この狭い廃ビルの中。もう息をしているのは斎とトランクスを殺した緑の生物だけ。
餓えた狼と子羊が同じ檻に入っているような危険な状況だった。
息遣いまで聞こえてきそうな耳を覆いたくなるような沈黙。
数秒が数十秒にも数分にも感じるようだった。
緑の生物は動かなくなったトランクスから斎へとゆっくり視線を移すと、斎の方へ歩み寄る。
斎はコンクリートの残骸に寄りかかり、身体の力を抜いた。
自分ではどうすることもできないというあきらめ。
でも、泣いたり、叫んだりはしない。
この世界に産まれて十数年。
人造人間と最前線で戦ってきた戦士とまではいかないが、斎にはこの世界に生きてきた人間としての誇りがある。
頭を壁に押し付けて、斎は緑色の生物を睨むように見つめた。
斎と生物の距離は間近。
緑色の人のそれとは全然違う手が伸びてきて、斎は顔を背けた。固く目を瞑る。
無骨な筋張った手が斎の柔らかい頬に触れる。
低いうなり声。生暖かい息が顔にかかって、斎の身体が本人の意思とは関係なく勝手に震えだした。
その震えを抑えるように歯をきつく食いしばる。
「運のない奴だ。すぐにトランクスと同じところに送ってやるから安心しろ」
無抵抗な人間をもその手にかけるのも厭わない。そんな冷酷さを帯びた声。
緑の生物はその腕に斎を抱え込むと、尻尾の先端を斎に突き刺した。
斎の脇腹に深々と突き刺さる尻尾。
脳みそが爆発しそうな痛みに、けれど身体を押さえ込まれた斎は逃れることもできずに、何か掴める物を探すように後ろ手にコンクリートの破片を爪で引っ掻く。
身体の中を穿るように尻尾が動けば、斎の身体は神経に直接響くような痛みに仰け反った。
叫ぶものか。斎は自分に言い聞かせる。
緑の生物の尻尾が斎から抜かれ、零れる血潮が温かく衣服を湿らせた。
傷が痛むのさえ今はもう感じない。
痛みさえ無くなってしまえば穏やかなもので、抗えない意識の混濁に斎の双眼はみるみる閉じていった。
最後の時、斎が感じたのは自分を支える緑の生物の腕の強さだけで。
いつの間にか縋るように緑色の腕を掴んでいた斎の手はパタと力なく落ちた。
緑の生物は斎の身体をコンクリートの上に横たえ、タイムマシンに乗り込む。
舞台は過去へ。
斎が死んでも物語は終わらない。