月夜の遭遇


帰り道。
夜の闇は濃度を増して、あたりはとんと静まり返っていた。
夜のしじま。私はいつもより帰るのが遅くなり、足取りは早かった。

今日の夕飯は何だろう。シチューだといい。
取り留めのないことを思いながら道を歩く。街灯も無く、暗い道だ。
日中は子供が遊ぶ声が聞こえる公園もいまは人気が無い。怪しい雰囲気。
この時間なら変質者が現れたり、犯罪が起こってもなにも不思議じゃない。
でも、家に帰るのにこの道は近道だ。

公園を通り過ぎ、細い道を進んでいくと、一本の街灯が寂しく立っている場所に出た。
この辺りは街灯はまばらで、一本だけぽつんと立っている街灯はなんだか趣がある。
明かりの下を通りかかった時、目の前を大きな影がうごめくのが視界の端に見えた。
私は足を止める。

こちらへ向かってくる影は人のようだった。

けれど、それがただの人なら、立ち止まって注意深く目を向けることじゃなかった。
人間じゃない。暗がりにいるものは人間じゃない。
だから私は目を向けたまま立ち止まっていた。

影は近づき街灯に輪郭が少し明るみに出る。


ヒトの形を模した虫。そうとしか言いようがない。


人が一般的に嫌悪感を持つような、虫の節のような関節。
背中からは甲虫の翅のようなものが覗いていた。
形容しがたい謎の生き物。
人はこれをバケモノと呼ぶのかもしれない。


私はそれを見たときに、驚いて固まってしまった。
私は生来、驚いても、怖くても、叫び声をあげない質だった。
この時も驚いたし、身の危険を感じたけど、声には出せなかった。

声をあげていたら、その声に気づいて誰か助けに来てくれたかもしれない。
今となっては遅いけど、私はそうしていたら、と後悔せずにはいられないのだが。

とにかく、私がその時にしたのは逃げることだった。
身体を180度回転させて、そのバケモノから逃れようとした。
まだ何もされてはいなかったけど、人畜無害にはとても見えないし、その場に留まるのが恐ろしかった。


数歩踏み出して

逃げるより先に腕を掴まれてしまった。

バケモノの大きな手。人間の骨なんか、簡単に折ってしまいそうな勢いだった。

強引に引っ張られる腕に私の身体はバケモノの方へ向いた。
私は動揺を誤魔化すように何度か瞬いて、そして、視線を忙しなく動かした。バケモノと視線が幾度と交差する。
その間も掴まれた腕をほどこうと手に力を入れるけれども、バケモノの手は緩まなかった。

私が黙ったままでいると、バケモノは私を突き飛ばした。
突き飛ばしたと言っても肩を押されたような生易しいものじゃなくて。
数メートル横に吹っ飛んで、ビルの壁に身体を強打するほどだった。

あまりの痛みと衝撃に、私は肩を震わせて、そのまま地面に倒れこんで起き上がれなくなってしまった。

神経に直接響くような骨の芯まで通る痛み。

一瞬の出来事に、何が起こったのか分からなくなった。
けれども、逃げなくてはいけないと本能的に体が動く。

手を地面について這って逃げようとしたら、とたん、頭を押さえつけられた。


横たわったままでいると、肩を足蹴に仰向けにされた。大きな影が覆いかぶさってくる。

「っあ…。」

逃れようと身体が痛むのも我慢して身体を引いたら、首を捻り上げるように掴まれて力ごなしに抑え込まれてしまった。

肺に空気が入ってこない。
苦しいと声に出そうとしても、声をだす隙間も喉には空いてないようだった。かすれ声さえ出ない。

この目の前のバケモノは、私を殺す気なんだ。
バケモノだから、ヒトを殺す意味も特に無いのだろう。
抗う力が無ければ理不尽でも黙って殺されるしかないじゃないか。早くもぼやけてきた意識で考えた。

首を絞めてくる手を掴んだ。
縋るように。
せめて、この苦しい時がすぐに終わりますように。

少し視線を上げる。
バケモノの影。そこからはみ出して見える月はいつもより近く見えた。


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