Lonsdaleite23
物資を運んでいる途中のサンダークラッカーは斎の姿を見つけて足を止めた。斎の方もサンダークラッカーに気づいている。
「やあ」
斎はインスタントラーメンを食べているところだった。
〈そこに座ってるとスタースクリーム様に怒られるんじゃないか?〉
"そこ"というのは部屋の中央にある大きな椅子のことだ。昔はメガトロンの座る場所だったが、今やスタースクリームが我が物顔で座っている。斎はその椅子の手すりに座っていた。
「んー、まあ大丈夫だよ。スタースクリームがのせてくれたことあるし」
この人間に対してスタースクリームは甘いとサンダークラッカーは思った。斎が来てからというもの、この場所に誰かが近づくのをスタースクリームは嫌がり、入るのを許されているのは自分とドレッドウィングぐらいのものだ。
「それ、そのダンボール」
斎はサンダークラッカーの持っている箱を指して言った。
「食べ物とか必要なもの持ってきてくれてたの、あなただったんだね。ありがとう」
〈そりゃ、スタースクリーム様の命令だからな…〉
そういうがサンダークラッカーは満更でも無かった。
〈この間はすまなかった。まさかスタースクリーム様の大事な人だとは思わなかったもんで〉
「気にしてないけど。それより大事な人って恋人とかそういう?」
〈違うのか?〉
斎は笑った。
自分とスタースクリームが恋仲などちゃんちゃらおかしい。斎は恋人を作る気も無いし興味も無いが、もし恋人にするならスタースクリームは絶対に選ばない。
「まさか!違うよ。それスタースクリームに言ったらぶん殴られるんじゃないかな」
その言葉を聞いてサンダークラッカーはほっとした。
〈それならまだ俺にもまだチャンスがあるってことだよな?〉
「はあ?」
斎が驚いた声を出したその時、スタースクリームが戻ってきた。
〈なにをしている〉
2人の姿を見てスタースクリームは不機嫌そうな低い声を出した。そして斎がラーメンのカップ片手に大事な玉座に座っているのを見て怒声をあげた。
〈斎!俺の玉座で食事を取ってるとはどういうことだ!?〉
「あ、やべー」
慌てて椅子から飛び降りると斎は凄い勢いで逃げていった。
〈で、サンダークラッカー。お前は何故ここにいる?〉
〈人間に必要なものを届けに〉
〈そうか。用が済んだらとっとと出ていけ〉
スタースクリームは背中を向けると斎の逃げた方へ足を進めた。サンダークラッカーはまだ用があるのかスタースクリームを呼び止めた。
〈スタースクリーム様。エネルゴンキューブが完成した後、あの人間に用は無くなりますよね?〉
〈そうだな。それがどうした?〉
当たり前のことを聞いてくる部下にスタースクリームはこいつは何を聞いてくるんだ?と思った。
〈そしたらあの人間を頂きたいのです〉
サンダークラッカーの言葉に少なからず驚いた。他の人間ならまだしも、よりにもよって斎が欲しいなどと言われても困る。あれはそのうち自分の手で殺すのだから。
〈それは…駄目だ。キューブが完成したらあいつには俺の研究の手伝いをしてもらうからな〉
〈というと?〉
〈解剖する〉
〈解剖するならなにもあの人間じゃなくてもよいのでは?〉
〈黙れ。ここで貴様とくだらない議論をする気は無い〉
スタースクリームは部下をそう一蹴した。
スタースクリームにはサンダークラッカーが斎を気に入ったことなどどうでもいいのだが、何故なのか興味が湧いた。そういえば、あの気難しいバリケードも斎をいたく気に入っていた。サンダークラッカーもバリケードと同様に倫理回路がおかしくなっているとしか思えないのだが、理由を知りたくなった。
〈何故あいつのことが気に入った?〉
〈人間のくせに俺達相手にもビビらないでしょう。それに可愛いじゃないですか〉
〈おまえは、馬鹿だな〉
スタースクリームは阿呆臭くなってその場を後にした。
スタースクリームは斎の生活スペースに改装された区画にやってきた。人間には勿体ないぐらいだが、建物の中をウロチョロされても困る。
斎は人間の読み物を読んでいた。サンダークラッカーの持ってきた物資の中にあったのだろう。そして机の上には紅茶の注がれたカップが置かれている。作業もせずにいいご身分だ、とスタースクリームは思考した。それに、来るたびにここは斎にとって都合が良く、なおかつ快適な空間になっていっているのは明らかなのだから。
「怒ってる?」
斎はチラとスタースクリームを見た。
〈いや。そんなに俺が器の小さい男だと思うか?ディセプティコンのリーダーはいつも寛容で情深くなくては〉
「ふーん。ちょっと何言ってるのか分からなかったけどいいや」
斎はニヤニヤと笑っていて、スタースクリームはムカついたが無視することにした。
斎はすぐに手元の本に視線を戻す。スタースクリームはそんな斎をじっと見た。サンダークラッカーは斎を可愛いと評していたが、スタースクリームにはよく分からなかった。
しばらくしていつまでも用もないだろうにそこにいるスタースクリームに斎は気味が悪くなって本を閉じた。
「……なに?」
〈サンダークラッカーがお前のことを気に入ったそうだ〉
「それはよかった」
斎は心にも無いことを言う。
〈バリケードもお前を気に入っていたな〉
「別に気に入られたいと思って行動してるわけじゃない」
〈お前があいつらをたぶらかしたんじゃなくてか?〉
「たぶらかす、か。面白いこと言うね」
〈何が面白い〉
「いや、だって、ありえないもの」
ありえないとしか言いようがない。斎は今まで女を武器にしたことはないし、するつもりもない。それにそういう心情的なものに疎い自分が他人をたぶらかすなんて想像するだけでもありえないし、彼女にとっていささか気持ちが悪いものだった。
〈まあいい。とにかく、お前は早くキューブの情報を差し出すんだな。でないとお前の脳を取り出したくなる〉
「はいはい」
斎は生返事を繰り返すが、急ぐつもりはこれっぽっちもなかったのだった。