Lonsdaleite22


〈無理ならいつでも降参しても構わないぞ〉

サイバトロン星の某所。スタースクリームは高みの見物とばかりに斎が未知の機械相手に四苦八苦している図を眺めていた。斎には必要最低限のものは与えたつもりだが、それ以上のことは何もしてやるつもりはなかった。

「いや降参するつもりはないけど。ただ、この機械…」

非常に人間には扱いにくかった。トランスフォーマーは大きいものから小さいものまでいるだろうが、今、斎の目の前にあるのはとても小さいサイズに合わせて作られた端末とは言えない。

作業しにくい環境ではあるが腕を動かす他ないので、適当にボタンを押してそれぞれの動作を確認しはじめた。するとメインモニターいっぱいに文字が表示された。それはトランスフォーマーたちの言葉ではあるが、斎は確かに自分が解析したキューブの情報だと理解できた。

「ああ、これか。ご丁寧に私の書いたそのままだね」

斎はひと通りその画面に目を通した後、入力に取り掛かり始めた。初めは自分と物騒なエイリアンしかいない部屋の雰囲気に多少居心地悪さを感じていたが、作業に熱中しだすと気にならなくなった。

たどたどしくボタンを押している彼女を後ろからスタースクリームは黙って見ていた。斎が自分たちの言葉を知っているとは思わず、すぐに根を上げると踏んでいたがそれは間違いだったと言わざるを得ない。時折見えるのは、いつものヘラっとした表情が消えて目の前のことに真剣な斎の顔だ。スタースクリームはそんな斎の変化に目を奪われた。

〈お前は、科学者なのか?〉

「どうだろう。前にやってた仕事のことを考えると科学者、なのかもしれないけど。どっちかというと機械工学がメインで……」

スタースクリームからしたらここにある機械は見慣れたもので面白いものでは無いが、斎からしたら未知のものなのだろう。斎は真剣に目の前の機械に向かっている。以前科学者だったころの自分もこんな感じだったのだろうか、とスタースクリームは考えた。時折斎は難しそうな顔をしたり、楽しそうに鼻歌まで歌っていたりした。そして作業の途中でエラーを起こした機械を蹴りつけてもいた。絶対にこんな感じではなかったな、とスタースクリームは未熟な科学者である斎を呆れた様子で見ていた。


「実はね、このデータってほとんど嘘なんだよね」

何時間経ったか分からないが、斎はふとそんな言葉をこぼした。斎からしたらなんの気も無しに言ったことだが、スタースクリームは聞き流さなかった。

〈なんだと?〉

「あ、でも大丈夫だよ。今はちゃんとやってるからさ」


眠気や空腹に襲われて斎は次第に集中力を欠いていった。作業効率は悪くなるばかりだ。斎はこのまま眠気を我慢して作業してもしょうがないと、その場で床にうつ伏せになった。

「……寝るわ」

〈おい、そんな時間はない!早く完成させろ〉

が、斎から返事は返ってこなかった。倒れてうつ伏せになったまま眠り込んでいる。眠りに入るまで秒だった。地球から火星まで星間移動、そのあといざこざに巻き込まれつつサイバトロン星まで連れてこられて疲れは溜まっていた。そのせいだ。

スタースクリームは人間だったら舌打ちでもしている心境だったが、ふとある事を考えてそんな不機嫌も忘れた。スタースクリームは斎の横まで来ると、爪を引っ掛けて斎の身体をひっくり返す。見た目がただの人間なだけに忘れていたが、この人間からスパークを感じるのは今も変わらない。それどころか初めて会った頃より少しその気配が大きくなったようだ。自分たちの言葉を理解出来ていたり、本当に人間なのか疑わしい。

無防備な喉元に少し爪をたてれば赤い痕がついた。水にタンパク質、脂質が大部分を占めているその身体は他の有機生物と同じで酷く脆い。解剖すればもっと詳しくわかるだろうとスタースクリームは考えたが、すぐに殺してしまっては勿体ないとも考えた。斎がキューブの情報を渡せば生かして帰してもらえると本当に思っているか分からないが、スタースクリームには素直に帰してやるつもりは無かった。



斎は目を覚ますと大きく欠伸し、伸びをした。固い床をベッドに寝ていたために身体のあちこちが痛む。

ただっ広い部屋の中には斎1人しかいない。ここは地球から遥かに離れた星で逃げられやしないと見張りすらいないし、扉もロックされてもいない。斎は散歩でもしようかと、巨大な扉を抜けて歩き出した。

スタースクリームが言うには、サイバトロンの大気は地球とは違う。だから人間は生きられないらしいが、それでは困るということで一部、大気をコントロールして地球のそれと近いものにしてくれてるそうだ。だからこの建物から出ていきなり身体が弾けたり、息が詰まるようなことにはならないとは思う。

建物の外の光景は地球とは大違いだった。機械でできた街が広がっている。そこには土もコンクリートも木もない。金属の世界は鈍い灰色ばかりで、人間が住むには少し寂しい場所だと斎は思った。それだけじゃなく、何故か懐かしい感じもした。もちろん斎はここに来たことは無いし、宇宙すら初めてなのに。

郷愁の念にも似た謎の既視感に思考を奪われた斎だったが、その時、視界にイメージがチラついた。いつもの発作だと思ったが、いつもと違って文字だけじゃなくて何かの景色まで見えだした。これは、何か、もしくは誰かの記憶なのだと斎は思った。

斎が巨大な橋の手すりに寄りかかっていると、静かなその場所に音が近づいて来たのに斎は気づいた。

〈人間だ!〉

とうてい地球の言語とは思えない言葉。トランスフォーマーたちの言葉でそう聞こえて斎は顔をあげた。やってきたのは見たことない青みがかったディセプティコンだ。そのディセプティコンは地球で見たどの飛行機にも似つかない形をしているが、戦闘機っぽいと斎は思った。その後ろからさらにもう一人、黒いボディのディセプティコンが飛んできている。

ディセプティコンたちは斎の目の前で着陸した。

〈スタースクリーム様が言っていた人間ってこいつか!小さくてかわいいじゃないか?〉

青い方のディセプティコンはそう言うと、いきなり斎に近寄り鷲掴みにしようとしてきた。

「え、」

驚いた斎はその手から思いっきり逃げた。不服そうな顔をして見上げたが相手はお構い無しといった風だ。明らかに自分よりも下等の生き物と接しているという意識があるのだろう。相手からは遠慮や配慮といった気遣いが全く感じられない。たぶん、この間触ろうと思って近づいた猫と、今の自分は同じ気持ちだろう。と、斎は何光年も離れた星にいる猫の事を思った。あの時はすまんかった、と。

斎は逃げようとしたが青いディセプティコンに捕まり、そのまま宙に持ち上げられた。

丁度その時、F22がやってきた。スタースクリームだ。

スタースクリームはサンダークラッカーとドレッドウィングの姿を確認して降りると、サンダークラッカーが斎を握っているのに気がついた。斎はグッタリとしていて目を瞑っている。その光景は斎がサンダークラッカーにちょっかいを出され参っている様にしか見えなかった。

〈おまえは何をしているんだ!そいつをこっちに寄越せ!〉

すぐさまスタースクリームはサンダークラッカーに怒鳴り命令した。サンダークラッカーは酷く慌てて、スタースクリームに斎を手渡すとすごすごと下がった。

斎には外傷は無かったし骨も折れていなかった。ショック状態を起こして気を失っているだけだ。あと少し遅ければ、サンダークラッカーにその気がないにしても殺してしまうところだったろう。スタースクリームは斎の様子を見てから、サンダークラッカーへ怒りの視線を向けた。

〈いいか、サンダークラッカー。人間は無力でひ弱な生き物だ。今度こいつにちょっかいをかけてみろ?お前の頭を引っこ抜くからな〉

叱咤もそこそこにスタースクリームは建物に入っていった。

止まっていた作業は斎がまた意識を失ったことでまた進めることができなくなった。大した遅延ではないと言いたいが、大体のディセプティコンがそうであるようにスタースクリームもそこまで気が長くなく、気持ちばかりがあくせくした。キューブを復活させ、自分こそがリーダーに相応しいと周りの頭の弱い仲間たちに認めさせるために一秒とも時間を無駄にしたくないからだ。


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