Lonsdaleite19


斎はおもむろに黒い柱状についていたピンを引き抜くとブラックアウトに投げつけた。すぐさま周りに散らばっている瓦礫の影に転がりこむ。黒い柱状の正体はスタングレネードだった。激しい閃光と凄まじい破裂音が響き渡る。

斎は内心ほっとした。スタングレネードがちゃんと使えるかどうか分からなかったし、そのうえブラックアウトと自分はそこまで離れていなかった。距離を充分と言えるほどとっていない状況での使用は不安だったが、耳が痛くなる程度でなんとかなった。

背後から怯むような声が聞こえたのを確認して瓦礫から飛び出すと、斎は脇目も振らず走って逃げ出した。この反撃で相手が追うのを諦めてくれればと思ったが、そこはさすがのエイリアンで、わずか数分で背後から追ってくる気配を感じた。背後から聞こえてくるコンクリートの破壊音に恐怖を感じる。サム御一行、あわよくばオートボットの誰かを見つければこんな状況もまるッと解決するのに、と彼女は走り続けた。


一心不乱に走り続ける者もいれば、それとは対照的に意気揚々としている者もいた。斎には知る由もない事だが、彼女の頭上を幾度も通過していく戦闘機。その中には敵機を撃墜するスタースクリームの姿があった。

スタースクリームは一方的に小回りの利かない鈍足の敵を蹂躙することにもっぱら勤しんでいた。

彼は目下の所、自分よりも下で起こっていることには関わりたくなかった。なぜなら面倒臭いからだ。下には原住民が虫のようにいるし、サイバトロンもいる。もちろん自分が戦って負ける事は無いとスタースクリームは自負している。それでもやはり上空で羽虫を潰しているほうが地上で戦うよりも楽しい。それに、自分と同じく上空戦が得意なはずのブラックアウトがいないのであれば、自分が羽虫を潰すしかない、と。これは適材適所の結果だとスタースクリームは考えながら、また一機爪で弾き飛ばした。

そんな時視覚レンズに捉えたのは件のブラックアウトの姿で、スタースクリームはその様子をみて興味深く思った。ブラックアウトは地面をまぬけのように駆けている。ブラックアウトの向かう先には小さな反応があった。斎だ。あの勢いをみるに、ブラックアウトは斎を殺すつもりだろう。が、スタースクリームはそこまで理解しておきながら目の前の光景を看過することにした。

スタースクリームからしたら矮小な生物の生死はどうでもよく、それよりもブラックアウトの弱みを握る方が彼にとっては重要だった。斎が死んだらブラックアウトがメガトロンのお気に入りのペットを殺したという事になるし、逆に斎が生き残ってもブラックアウトが下等生物1匹まともに殺せない木偶の坊だと証明できる。どっちでも構わない、ということでスタースクリームはまたラプターに変形するとまた狩りの続きに戻って行った。


そんなことがあるとは頭上であるとは露知らず、斎は走り続けていた。心臓が痛いとまで感じる。

そしてある通りに差し掛かった時だった。頭上からコンクリートが抉れる音がして斎は見上げた。視界に入ったのは大きなコンクリートの塊とそれよりもはるかに大きな鉄の塊……オプティマスが落ちてくる地獄のような光景だった。

このままだと押し潰されてしまう。たまったものじゃないと斎は踵を返した。間も無く巨体が着地する。整備されていた道路は目も当てられないような大惨事。ひび割れ、隆起し凹凸だらけの荒れ地さながらの姿となってしまった。着地の衝撃は凄まじくまともに立っていられない。斎の身体は宙に浮いて、前のめりになって飛んだ。半ば転ぶように地面に転がると、続けざまに2度目の揺れがきた。オプティマスの後に続いて降りてきたメガトロンは逃がさんとばかりに武器を振るってオプティマスに攻撃をしかける。ふたりは戦いの中でお互いの姿しか目に入っていないようだ。

そういえばと、斎はふっと思い出したように背後を振り返った。ブラックアウトが腕のプロペラ部を回転させながら迫ってきている。

目の前では揉みあう2大巨体。後ろは殺気立って命を執拗に狙ってくるエイリアン。最悪のポジション。思い切ってメガトロンとオプティマスの方へ逃げるしかない。そんなことは分かっているのだが、斎は動かなかった。動けなかった。

心臓は破裂しそうに鼓動を繰り返しているし汗も滝にあたったように髪の毛から滴る程流れている。そのうえ一度地面についたヒザは震えて動かない。ようするに体力の限界だった。オプティマスとメガトロンが起こす振動でさらに立ち上がるのは困難になっている。

斎は前と後ろを交互に見て、そしてあることに気付いた。ブラックアウトの後方。コンクリートの残骸の影に人の姿が見えた。銃を構えてセンサーをブラックアウトに向けている。レノックスの隊のようだ。ここに来てようやく、人の助け。斎は助かったと少なからず安心したがそんな都合よくうまくいくはずもないのも確か。自分にセンサーが向けられていることに気づいたブラックアウトは優先順位を変更した。

ブラックアウトは瞬時に振り返ると背後にいた部隊へ攻撃をしかけた。先制攻撃するはずが、先に攻撃をしかけられて足並みが乱れた兵隊たちだったが、そこはやはりプロということなのだろう。すぐに態勢を立て直し攻撃を始めた。

そして近づいてくるバイクのエンジン音。道の奥から土煙を浴びながら向かってくるバイクと、それに乗るレノックスの姿が斎の位置からでも見えた。バイクはブラックアウトへブレーキをかけることなくまっすぐ向かっている。レノックスはバイクから滑り降りるとそのままの勢いで地面をすべり、手に持っていた銃を発射しながらブラックアウトの両脚の間をくぐり抜けた。上空からの援護射撃の中レノックスの放った徹甲弾はブラックアウトの装甲を確かに貫いた。

巨体が傾く。レノックスが確かな手応えを感じて勝利の雄叫びを上げた。

多くの目がある中でブラックアウトは倒れ崩れた。完全に機能を停止した。死んだ。兵隊たちは強敵を倒し興奮のままに喜び勇んでいる。

だが、斎の関心は目の前のひとつの勝利からすでに離れていた。メガトロンとオプティマスが戦っていた方向をみる。ふたりの姿はここからでは見えない。が、キューブが近くにあるのは感じる。それに戦いの終わりも近い。そんな気がして斎は気がせった。

「大丈夫か?」

「うん」

レノックスの声に首を縦に振る。

戦いの終わりを見たい。見なくては、とも思う。

戦いはサイバトロンと人間の勝利で終わることはもう分かっている。それでも終わりを見たいと願うのは斎がメガトロンとキューブと共にあったからだ。仕事で関わりがあったと言ってしまえば簡単に聞こえるが、斎は彼らに感謝すらしていた。彼らとの出会いはそれほど斎にとって鮮烈で、激烈で、つまらない人生に彩りを持たせてくれたものだった。その点では斎は確かに感謝という念を心に持っているのだ。彼らの意思がそこに無くとも。たとえ一方的だとしても。

レノックス隊が移動を始める気配を察して斎も一緒に向かうことにした。

しかし立ち上がろうとしたその時、斎はキューブが破壊されるのを感じ取ってしまった。そしてメガトロンが死んだことも漠然と気づく。気が遠くなるほど長い年月、ずっと氷漬けにされていたのに幕引きはあっという間だ。斎は物足りないような寂しさを感じた。

そして祭りの後のように突然白けた頭の中。疲れ切った斎の頭の中をいくつもの考えが廻った。戦いに勝利した陣営が健闘を称え合い、褒め合うような光景は見ていてもつまらないし、なにより戦いのあとの後始末はしなくてはいけない。大統領にも知られていなかったような組織が明るみに出たのだから、きっと組織にも手が入るだろうことは予測できる。面倒臭いうえにつまらない事はごめんだ。

そうだ、逃げよう。

斎の思考が逃走に向かった時、脳を直接揺さぶられるような激しい頭痛がした。逃げようとした罰なのかと斎は冗談めかして考えていたが、それにしても異常な痛みで頭を抱えて小さく呻いた。

伴う吐き気に視界の焦点も合わない。斎の異変に気づいたレノックスが声をかけるが彼女の耳には届かなかった。そして倒れた。

空には一機の戦闘機が飛んでいて、彼女はその光景を見ながら次第に意識を手放していった。


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