Lonsdaleite18


狭い道をはちゃめちゃに曲がりゴミを踏み越え野良猫を蹴散らし、いくつかのビルを跨いでようやく斎はある家の中に逃げ込んだ。古くなって表面が剥げているコンクリートの壁を背に呼吸を整える。撒けただろうか。斎は逸る鼓動を抑えて耳を澄ませた。あまり期待は出来ないが、あのやかましいプロペラの回転音は今は聞こえない。


ほんの数刻前のこと。

斎は単身街を歩いていた。向かっている先はキューブの気配がする方向だ。この戦場から逃げることも考えたが、この戦いの行方も気になって、どうするか悩みに悩んだ。その結果斎は好奇心には勝てなかった、ということだ。どうせこの町から出ても行先はフーバーダムの陰気でコウモリの巣のような基地しかないわけで、わざわざそこまで戻ってシモンズにあーだこーだ指示されるのもつまらない。

大通りには逃げ惑っている人間がちらほらいる。みなちぐはぐに好き勝手に走っているが、どこが安全でどこが危険なのかきっと誰も分かっていない。

とんだSFパニック映画の実演だと斎は思った。宇宙戦争だかインディペンデンスデイだか、はたまた第9地区だか。爆発、着弾、発砲音に金属音。そこかしこから聞こえる音は物騒で、複数のシアターに囲まれたイカレた映画館の中にいるような変な気分だ。少し前までこの通りは安全だっただろうに今ではそう言えない。きっと事情をしらない一般人からしたらロボットが暴走して町で暴れていると認識されるだろう。それこそターミネーターのような。乗り捨てられた車の間を歩きながら、もしかしたらもう安全な場所なんてこの街には無いのかもしれない。とぼんやり考えた。

小さいエイリアンが ――と言っても斎の身長を軽く超えているが―― 一般人を追いかけているのがアルマの視界に入った。小型ながら殺傷能力を有しているようで、これまた小型なミサイルで一般人を吹き飛ばした。斎は考えた。小型のエイリアンの姿は大通りから離れていったが、また戻ってこないとも限らないし、さすがに外を歩き続けるのは危険だと。そんな時彼女が見つけたのは1台のアイスクリーム販売車で、思考をおきざりに近づく。覗き込むが立ち往生してそのまま乗り捨てられた様で中には誰もいない。この町にはよく買い物に来ていたが一度だけここでアイスクリームを買った記憶がある。斎は車の中に入ると思う存分積み重ねたアイスクリームを頂戴した。4つ重ねたアイスクリームはバランスが悪くてそのまま歩くのにも慎重を期さなければいけない。斎はバランスを崩さないように慎重になりながら財布をとりだすと適当にコインを摘まみ出し、その場を後にしようと外にでた。

ご機嫌な斎だったが一番上のアイスに口をつけたその時、遠くからヘリのプロペラ音が聞こえてきた。やけに大きく聞こえるその音に振り返って顔を上げれば、ビルの4階ほどの高さをヘリがこちらに向かっているのが見えた。低い、それに建物に挟まれていてヘリが飛ぶには狭いこの場所を器用に飛んでいる。真っ直ぐ進んでアルマの頭上を通り過ぎると思ったヘリは、斎の頭上に差し掛かった時にブレーキでもかけたように空中で静止した。この時はまだ、さぞかし腕のいいパイロットが乗っていることだろうと感心していたのだが。

斎が再度上を見上げた時には軍用ヘリはその姿を変えだしていて、二足の人型になると斎からそう離れていない地面に足を着いた。その震動に斎はまっすぐ立っていられず足元をふらつかせ、その拍子にアイスクリームの上から3つが落ちてシングルになってしまった。斎は一瞬手元のアイスクリームを悲しそうに見つめ、いやいや今はそんなことはいい。と、すぐに目の前のトランスフォーマーを見上げた。赤い目をしている。またディセプティコンだ。ため息がでてくる。

軍用ヘリのディセプティコン、ブラックアウトは腕にプロペラを装着していて、それをヘリの姿の時と同じように回転させた。だが、用途は飛行するためではない。斎はその様子をみて巨大な換気扇みたいだと思ったが、すぐにそんなことを思っていられる場合じゃなくなった。

ブラックアウトは鋭い刃となって回転しているプロペラを斎の鼻先へ突き出した。下手に動いたら斎の頭はミキサーにかけられたリンゴみたいに粉砕するだろう。視線だけ上に持ち上げて斎はブラックアウトを見た。

〈お前が例の人間か〉

トランスフォーマーの間では噂話はあっという間に広まるようだ。プロペラは回転し続け、扇風機のように、ただし威力は台風並みの風量をもって斎の髪を乱した。

「やぁ…私になにか用?」

〈大した用事じゃない。ただ、お前に死んでもらいたいだけだ〉

今までエイリアン相手にでも出会い頭にいきなり「殺す!」と言われたことは無い。斎はギョッとして後ずさった。

「話し合いの余地は?」

〈皆無だ〉


そして今。斎はまたまた巨大なエイリアンと鬼ごっこをしていたのだった。エイリアンとの鬼ごっこも数回経験したとなると新鮮味が無いが、今回は追いつかれたら確実に死ぬ。命を懸けたデッドレースだ。

斎は小休憩したいところだったが、そうにもいかなかった。彼女が飛び込んだのは質屋で、それも偏屈で頑固な女主人のいる厄介きまわない質屋だった。

斎は店の奥からショットガンを抱えた女主人が出てきたことに目を丸くした。

「…お邪魔してます」

「なんだいあんたは。言っておくけど閉店時間だよ」

「えーっと。実は今緊急事態でして…もしかしてこの店に無線機とか置いてません?」

「緊急事態って言えば何でも出てくると思ってるんじゃないだろうね?」

「いやー、そういうわけじゃ…」

「そうかい。でもね、生憎だけど兵隊もどきが緊急事態がどうのこうの言って無線機を持って行っちまったよ。ついさっきのことだがね」

兵隊もどき。この町にはキューブだけじゃなくてそれを守る勇者、もといサム御一行がいるのを斎は思い出した。きっと無線機を持っていったのは彼らだ。エイリアンに追いかけられてまいっていたところだが、光明が見えてきた。彼らに合流できたら追ってくるあのエイリアンを退けることができるかもしれない。

「なに大仰なため息なんてついてんだい」

「疲れてるんですよ、おかまいなく……ん?」

斎はあるものを見つけて訝しげな様子で立ち上がった。雑多にいろんなものが置かれている棚に手を伸ばし、そこに置かれている黒い筒状のものを掴んだ。

「おばさん、これ、もしかして使える?」

「さあねぇ。置かないよりはマシだから置いてあるだけでメンテナンスなんてしていないからねぇ」

と、そんなとき地面が揺れた。これは嫌な揺れだ。そう斎が思った時建物が軋んだ。女店主は見た目に反して高い悲鳴を上げて店の奥へ逃げていった。コンクリートの壁がいきなり抉れて、そのすぐ横にいた斎に砕けた天井が降り注いだ。頭を庇おうと掲げた腕の隙間から金属の手が見える。そういえば自分は彼らにとって探しやすい存在とかなんとか。っと斎はここで肝心なことを思い出した。

斎は店の外に摘まみ出された。宙に放られ緩やかな曲線を描いて落下し、地面をハデに転がった。とてもではないが着地してすぐには動けなかった。衝撃に視界が歪み、初めは感じなかった痛みが後から襲ってくる。横倒しになったまま緩慢な動きで頭部に手を伸ばす。

「あー、くっそ」

鈍痛が走る場所に触れた手が赤くなった。幸いなことに致命的な傷ではないが、出血をしているという事実が多少なりとも斎には応えた。

仰向けになったまま斎は相手に語りかける。

「ちなみに聞くけど、なんで私のことそんなに殺したいの?」

ブラックアウトは腕のプロペラ部を稼働させミサイルの射出口を露わにした

〈必要無いからだ〉

「メガトロンに怒られるんじゃない?」

〈メガトロン様も理解を示してくれるだろう。それに、人間の生死に構うものか〉

確かに、と斎は思った。自分の存在はいたらいたでいいが、いなければいないでそれでも構わないというレベルだろう。メガトロンにとっては。自分に重きを置く理由は思いつかない。

そしてブラックアウトと少し話して斎は1つ気づいたことがある。目の前のディセプティコンは、要するに私が嫌いなのだと。彼は今まで話してきた他のディセプティコンの中でも裏の無いやつで、メガトロンの事をボスとして慕っているのだろう。だから自分のことを煩わしく危険な因子だと思っている。だからここまで自分を殺すことに固執している。危険な因子はこの戦いのどさくさに紛れて処分してしまおう、という腹なのだろう。だからと言って殺されるわけにはいかないが。

このエイリアンにとって殺害が目下の目標を達成するのに一番手っ取り早く、かつ確実な方法であるのは揺るぎがない。この相手に取引や説得は無意味だろう。

なんて煩わしい。

「ふーん、まぁ、要するに自分の主君が私という下等生物に絆されるのが怖いってわけか。盲目的な忠義心だ。称賛に値するよほんと」

〈なんだと?〉

「怒りなさんな。そんな忠実なあなたに一つ贈り物をあげるよ」

そう言いつつ斎は手に握っていた黒い筒状の物体を掲げた。

〈なんだそれは〉

「うまい棒ブラックサンダー味」

斎はにやりと笑った。


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