Lonsdaleite17


薄暗かった視界に突然強い光が広がって斎は目を固く閉じた。身体を襲う不快な浮遊感と冷たいとすら感じるほど強い風に自分が今この瞬間、宙に放り出されているのだと目を瞑りながらも察した。


この地球上に存在するどの飛行機にも似てない謎の飛行物体。エイリアンジェットに変形していたメガトロンは陰気くさいサイロから外へ飛び出すと、斎を宙へ放りつつ人型へ戻って地面に着地した。じつに100年近く久しかった外の世界である。

宙へ投げ出されそのままでは危うく派手に地面に激突するところだった斎だが、どこからともなく飛来したF22が彼女を空中でキャッチした。もちろんF22はスタースクリームで、地面に着陸する時には既に人型になっていた。その手の中で斎は少し目を回していてぐったりとした様子だ。

「…気持ち悪い」

そう呻く斎にスタースクリームはあからさまに嫌そうな反応を示した。

〈おまえ…〉

「ああ、えと。誰だっけ」

変形後のスタースクリームを見たことが無い斎はどこか上の空で呟いた。身体の不快感が気になって本当はそれどころではないのだが、頭の片隅で『どこかで聞いたことがある声だ』と、ぼんやり考えた。このエイリアンが以前にも接触していたスタースクリームだと気づくのにそう時間はかからなかったが。

スタースクリームは斎の問いには答えず、黙ったままボスの方へ向いた。

斎が不快感と戦っている間、人間からしたらひと呼吸するような短い時間だがそんな些細な時間でメガトロンとスタースクリームの間では話がなされていた。内容は上辺だけのぺらぺらな挨拶と今の現状のこと。オールスパークは人間の手に渡っている。そしてこの星に旧敵がいることを知ったメガトロンは、早急に動き出すことに決めた。

メガトロンは変形すると早急に飛んで行った。斎の気分が良くなるころにはその姿ははるか遠く。

「オプティマスを倒したくてしょうがないって感じ。何か因縁でも?」

〈虫けらには関係ない事だろう〉

「ずいぶん冷たいことで。…降ろしてくれない?そろそろスナックタイムなんだけど」

そう言いつつ斎はわざとらしく腕時計をつけた手をぶらぶらと見せつけた。

〈そういうわけにはいかない。おまえの身柄を預かる任務を与えられたからな。それにどうしておまえが我々の会話を知ることができたのかも気になるところだ〉

「…何言ってんの?普通に話してたじゃない」

斎は怪訝そうな顔をしてる。本人は全くその意識はなかったが、メガトロンとスタースクリームが異星の言葉で放していたからには斎がその会話を聞き取れているはずがないのだ。常人には到底不可能。人間が彼らの言葉を習ったとしても人間とトランスフォーマーとでは聴覚を司る機能に差がありすぎるのだ。

〈ふん…虫けらにしては耳がいいじゃないか。気になるところだが今は他にやることがある。戦いが終わったら解剖でもしてやろうじゃないか〉

「解剖!?」

斎が驚愕の声をあげたその瞬間に彼女はスタースクリームのコックピットに放り投げられた。



街へ向かって飛びながらスタースクリームはボスであるメガトロンに言われたことを思い返していた。

〈そいつは戦利品だ。殺すな〉

殺すなと言われても殺すつもりが無くても死んでしまいそうなこのヤワな生き物にスタースクリームは煩わしさしか感じなかった。人間は弱い。オールスパークを手に入れサイバロトンとの戦いが終わったら淘汰される種族だ。それを愛玩するのかなんなのかしらないが無責任に押し付けられても困るだけだ。

それにスタースクリームは気に入らなかった。今の現状の何もかもと言ってもいい。その筆頭はメガトロンの帰還だ。今までずっと人間に囚われていたくせに何食わぬ顔をしてリーダーに返り咲いたメガトロン。アイツさえ帰ってこなければ自分がディセプティコンの指揮を取っていられたものを、と思わずにはいられない。

それに加えヘイトの矛先であるメガトロンが例の虫けらを気に入ったことだ。虫けら自体は割とどうでも良いが、先にこいつを見つけたのは自分なのだ。目を付けていたものを横取られて気分が良いわけがない。特にメガトロン相手なら尚更だ。そんなわけでスタースクリームはすこぶる機嫌が悪かった。この鬱憤を晴らすには敵機を破壊するなり、貧弱な人間どもを一方的に潰すしかない。それには斎は邪魔だった。

街に近づきスタースクリームはぐんと高度を下げていった。


そんなおり斎は顔を覆っているマスクに息苦しさを覚えながらも、その一方で感動すらしていた。戦闘機それもエイリアンに乗って空を飛ぶなんてそうそうできる経験ではない。それに自分の置かれているこの状況がちゃんちゃらおかしかった。前にもこんなことがあったような気がするのを考えるとここ最近の自分の受難体質はギネスにのってもいいかもしれない。『世界で一番エイリアンに絡まれた人間』として。だがしかしそれを悲観的に捉えているわけでもなく、どちらかというとこの状況を楽しんでいた。殺されそうになるのはまっぴらごめんだが、この一連のエイリアン騒動の真っ只中にいるという状況は斎にとって実に楽しいものであったし、未知のモノに対する好奇心も掻き立てられるものだからだ。

ガクッと振動を感じ斎はスタースクリームが地面に着陸しようとしているのに気付いた。少し顔を外へ向けると市街らしい町並みが見えた。ここが戦場か、と斎はぼんやりと考えた。このままエイリアンの中にいてそのまま戦いが始まったらおそらく揺れやらなんやらが体調に響くのは間違いない。ここで吐くのだけが心配だった。


スタースクリームは適当な建物の屋上に着地すると斎を降ろした。「降ろした」と言うより文字通り「摘まみ出した」の方が正しいが。斎はここはどこだとスタースクリームを見る。

〈ここで待ってろ〉

犬か何かに言いつけるように、ただし冷淡さを感じる物言いでスタースクリームは言った。

「あの、いちおう聞くけどメガトロンに私を任されたのはいいの?」

〈ムシケラが余計な心配をしなくていいぞ。ありがたいことにおまえは他の人間に比べて探しやすいからな。適当に暇を潰しているがいいさ〉

逃げようとしてもすぐに捕まえられる自信がある、と斎はスタースクリームの言葉を受け止めた。斎自身は意識して逃げようとは思ってはいないが、解放してくれるのは素直にありがたいとは思った。

「なるほど」

そう斎が言うが早いかスタースクリームは早急に戦闘機の姿に戻って飛んで行ってしまった。

暇を潰していろとあのエイリアンは言っていたか。斎は周りを一応確認するが、ここはなんの変哲もない普通の建物で、もちろん屋上には暇を潰せるようなものはない。こんなところで大人しく待っていろと言うほうが無理ではないか。

と、遠くの方から何かの気配を感じて斎はそちらへ目を向けた。おそらくその気配の方にキューブがあると根拠もなく斎は考えた。建物の向こうから黒い煙が立ち上っているのが見える。戦いあるところキューブありといった感じか。

キューブの場所がなんとなく分かるのはやはりキューブに触った時の後遺症だろう。これが祝福か呪いかはまだ分からないが、やはり体に不調はないものだから斎は今まで気にしていなかった。だがエイリアンに見つかりやすくなってしまうのは考え物かもしれない。斎は細く息を吐いた。


これからどうしようか。とりあえずシモンズに連絡してみるか、と斎は電話をかけようとしてみたがなぜか繋がらなかった。


*prevnext#
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -