Lonsdaleite16
フーバーダムの基地へ戻ってきた斎。再び捕まってしまったサムやミカエラ。そしてエイリアンの存在に気付いた優秀な信号解析のプロたちや軍のお偉いさんも一緒だ。
秘密組織の観光案内の途中キューブのエネルギーの話になり、例の部屋まで一行は来ていた。
部屋に入ってすぐの壁に三本の巨大な爪痕があった。表面の厚い鉄板を抉り、その中のコンクリートがむき出しになっているのを見ると、その爪痕を残した生物が相当の力を持っているのが分かる。
「これはなんだ?フレディ・クルーガーか?」
「爪が3本ってことはウルヴァリンだ」
そんな声を聞いてシモンズは丁寧に聞かれてないことまで説明しだした。
「壁のこの数字はその壁の傷がつけられてからの日数だ。今から323日前ってことだな。チャーリーはいいやつだった」
323日前。あの時だ。斎が知る限り死者が出たのはあれが最初で最後だった。嫌な記憶を思い出させてくれるものだ。
斎はクルっと背中をむけるとその場を後にしてしまった。黙ったまま去っていく彼女にサムは気づく。
「斎…?彼女どうしたんだ?」
「あいつはこの部屋が嫌いなのさ。それだけだ」
シモンズには思うところがあったが、今は不貞腐れている部下の相手をしてやるような場面ではない。
斎はあの部屋に入れなくなった。入れなくなったというより、入りたくないというのが正しい。あの部屋は無駄に命を作って殺していく部屋だ。あの一件以来その考えが強くなっていた。その部屋で実験している奴らのことを考えると、斎はキューブの解析なんてしなければよかったと自分の行いに罪悪感すら感じた。センチになるとは自分らしからぬと思う。けれどあの部屋には入りたくない。自分の行いを見せつけられるようで気分が悪いのだ。
黙々と歩いている斎だが行く宛が無いわけではなくて、そんな彼女が地下サイロの辛気臭い通路を通ってたどり着いたのはセクター7に身柄を捕らえられたバンブルビーのところだった。
バンブルビーは四肢を拘束されて身動きが取れない状況だった。
「作業を止めなさい」
斎の声からは珍しく真面目な様子が感じ取れた。名も知らない作業員が斎の登場に驚きながらも反論しようとした。
「ですが…」
「ですがじゃない。彼と話がある。きみらは邪魔だ。外で待機してなさい」
珍しく斎は声高に命令口調で言った。普段いつもヘラヘラしていた彼女のシリアスな様子に周りの職員たちは恐怖すら感じた。
周りは斎に追従する姿勢を示していた。管理監督者がいなくてよかった。じゃなかったら誰も斎の言うことを聞いてくれなかっただろう。斎はステージに飛び乗るとバンブルビーの元に寄った。
「…大丈夫?ごめんね」
斎は拘束具を一つづつ外しながらバンブルビーに話しかけた。
〈"大丈夫さ!""でも何故こんなことを?"〉
「私はいつだって弱き者の味方だからね」
それに、と斎は続ける。
「人間と君たちは歩み寄るべきだと私は考えているから」
そのときサイロ全体に響くような振動がした。電気が落ちて周りが一瞬暗くなった。非常電源に変わって照明はついたが、それでも施設全体の電力を賄うには不足していて完全には普及していない。
「嫌な予感がする」
斎は残りの拘束具を外しにかかった。
〈"ヤツらだ"〉
「ここがバレたんだね。早く行かないと」
斎が拘束具を解くのに苦戦しているとサムたち御一行が到着した。斎はシモンズの姿にギョッとしたが、どうやら勝手に拘束具を解いたことを咎められる様子がなくて安心した。サムがバンブルビーの具合を心配している間に斎はシモンズの方へ顔を向けた。
「何か問題が?」
「敵が攻めてきた。それに、電力も足りてない。状況は良くない。非常に不本意だが、我々はキューブを守るためにそいつらと手を組むことにした」
「それはそれは。問題が山積みですね」
いまいち危機感の無い声で斎は言った。やはりディセプティコンが攻めてきているんだ。それに、電力が低下しているということはNBE-1…メガトロンの冷凍状態に影響が出ているかもしれない。
「我々はこのエイリアンとキューブの下へ向かう」
「じゃあ自分はNBE-1の方に行きますね。きっと人手が足りてないと思うので」
斎は走り出して、扉から出る寸前にふと足を止めて振り返った。何かを思い出したようだ。
「…先輩、キューブの方へ行くなら私のデスクから手帳を持ってきてもらっていいですか?ここもどうなるか分からないので」
手帳というのは斎が大事にしていたアレンの手記のことだろう。シモンズにはすぐに分かった。
「分かった。NBE-1の状態が安定していたら我々と合流しろ。…武器は持ってるか?」
「必要ないです」
「馬鹿なことを言うな。自分の身は自分で守れ。いいな?これを持って行け」
そう言ってシモンズが渡してきたのはショックグレネードと拳銃だった。この武器が通用するとは思えないが…。斎は渋々それを受け取ると鞄の中に突っ込んだ。
「うわーやばいまずい」
斎はメガトロンが収容されている格納庫へ向かうとメインのモニターへ視線を向けた。現状はあまりというか、想像していた以上に芳しくない。メガトロンを低温で保存するには補助電だけでは足りてない事もあるが、この温度の上がり様を見るに要因はそれだけじゃない。そもそも冷却装置が止まってしまってる。ここから急いで冷却装置を作動しに行ってももうメガトロンの解凍は止められないだろうと、斎はいっそ慌てるのをやめた。作業服を着た人が冷却剤を直接吹きかけているが焼け石に水だろう。ここで自分が出来ることは無い。
メガトロンの目に赤い光が灯ったのを斎は見逃さなかった。巨体が大きく震えて氷の塊が落ちるのを眺めているうちに拘束具の鎖が音を立てはじめ、さらにメガトロンの尋常ではない大きさの関節が氷を砕いていく。
メガトロンは完璧に起きた。拘束具は一瞬で弾け飛んで全く意味を為さなかった。メガトロンの目には人の姿など映っていない様で、邪魔な鉄骨を払うのに何人かの作業員が巻き込まれた。斎はそれを見て自分まで巻き込まれでもしたら大変だと隅に寄ったのだが、その時予想だにしないことが起こった。
NBE-1もといメガトロンは身体の機能が戻り完全に意識を取り戻した。起き上がってまず考えたのはオールスパークの事で、それは少し前まで長い間自分の近くにあったが今はその気配は遠ざかりつつあるのに気づいた。焦る必要は無いがボーっとする理由も無いため、メガトロンは外に出るため邪魔なものを薙ぎ払って道を作った。
その時偶然視界にチラついたのは矮小な人間で、普通なら人間の様な虫けらなど気にも止めないのだがその様子を見て興味を引いた。フレンジーがその人間を取り押さえようとしている。メガトロンが任務に戻るように信号をだすとフレンジーはメガトロンに敬意をしめしながらも恭しく人間から離れていった。
さて、その人間なのだが容姿に目を惹くものがあった。こちらの様子を伺うどこか幼げな顔に見覚えがあり、それがアレン・ロンズデーライトだとメガトロンは自身の情報を遡ると考えた。実際はアレンではなく斎なのだけれども、メガトロンは完璧にアレンだと信じて疑わなかった。
メガトロンにこの施設へ運ばれる以前の記憶がよみがえる。ここへ運ばれている途中に機能が僅かに回復し、動けるようになった時の記憶だ。あの時、再び凍らせられる前に回路に深く焼きついたデータはアレンの顔だった。忌々しい人間の一人だ。
そしてメガトロンには気になった事がある。それはこの有機生命体である人間からスパークを感じるという事だ。そのスパークはあまりに小さなもので、注意を払わなかったら気づかなかっただろう。虫けらの分際でスパークを持っている。これはイレギュラーなことで、今はキューブを追う身ではあるがメガトロンは見過ごすつもりはなかった。
捕獲しようと動いたら、その気配を感じ取ったのか人間は一目散に逃げ出した。
「勘弁してくれ‥‥」
心の底から湧き上がった気持ちを露吐しながら斎は逃げ出した。
先の尖った大きな指が5本、斎の方へ伸びていく。後ずさった背中にコンテナが当たった。大きな鉤爪に引っ掻かれでもしたら、斎の柔肌なんか簡単に抉れてしまうだろう。
「私、あなたに何かした?」
まさか追いかけられるとは思っていなかった斎は単純な投げかけをした。
〈何かしただと?〉
返ってきた言葉は怒りを帯びていて本能的に斎は危険を悟ると、伸びてきた手を掻い潜るとコンテナの裏へ逃げた。コンテナは手に潰されてひしゃげてしまった。それを見て口笛を吹くと斎は機材やらコードで埋め尽くされた狭い空間に逃げ込んだ。
メガトロンは隙間に長い指を突っ込み斎を引きずり出そうとするが、到底無理そうだ。けれど諦めるつもりも無く、苛立たしげに唸り声をあげた。
斎としては何故こんなに執拗に狙われているのかわからず混乱した。様子から見て相手は怒ってる様だが。もしかしてメガトロンの身体でチョコ冷やしたせいか?と斎は以前食べていたチョコが溶けかかってたのをメガトロンの身体に乗せて冷やしたのを思い出した。
「チョコの事なら謝るよ‥‥?」
〈何を訳の分からないことを言っている〉
その時、メガトロンが両手を合わせ、その部分が合体して一つの銃の形にトランスフォームしたのを斎は目にした。
「…やば」
〈虫けらよ。吹き飛ばされたくなければ出てくるがいい〉
ひとおもいに殺してしまうのは勿体ないと思いながら、今は矮小な存在を殺すことに時間をかけている場合ではないのも重々承知していた。すぐに殺してしまおうとメガトロンは考えた。
斎は両手を掲げながらゆっくりと出てきた。
大きな手が横になぎ払われた衝撃で斎はコンクリートの床に転がる。
〈大人しくしろ、アレン・ロンズデーライト。その顔を見ていると虫唾が走る〉
銃口が斎に向けられる。確実に命を奪える距離だ。
どっちにせよ殺すつもりなのかと斎はまず思った。どうやらこのメガトロンはなぜか先祖のアレンと自分を間違えているようである。まだ寝起きで判断能力が鈍っているのか、それとも寝ている間の時間感覚がまだハッキリしていないのか、どちらにせよ、祖先に間違われて殺されるなんてたまったものじゃない。
「人違いだから!」
精一杯の大声で斎は言った。気分はジュラシックパークでTレックスに追い詰められる人間だ。
〈命惜しさで言っているのなら見苦しいぞ。お前は運がいい。一思いに消し飛ばしてやろう〉
胸元に突きつけられた大きな銃口に、けれど斎は冷静であることに努めた。本当は心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うほど早鐘を打っているし、頭の中が真っ白になる手前だ。目の前の巨人は凄い威圧感をもって睨んでくるうえに、一歩間違えれば殺されてしまうような危うさは今までに出会ったエイリアンの中でも群を抜いていた。そのまま発砲でもされたら上半身が吹き飛ぶだろうけど、けれどこのまま大人しく黙ったままでも解決しない。ゆっくり銃に両手をかけると斎は立ち上がった。メガトロンはそんな様子の斎を食い入るように見ている。
「私は斎・ロンズデーライト。アレンの子孫だよ。あなたが見つかってから100年以上経過してるんだよ。アレンはもう生きていない」
メガトロンはゆっくり銃を元の腕の形に戻した。確かに有機生物はその非効率で拙劣なエネルギーシステムで寿命が短い。目の前の虫けらを良く見ると顔のパーツも少し違うようだ。
斎はメガトロンの様子を伺いながら少しづつ後退していく。
「それに、ほら、私みたいな虫けら相手にしてる時間はないでしょ?」
じりじりと距離を取る斎だったが、5本の金属の指がそれを邪魔してきた。
〈オールスパークを手に入れるために多くの時間を費やしてきたが、それが終わるのも時間の問題だ。虫けらの相手をするくらいの些細な時間はある〉
その言葉に斎は酷く驚いた。何の気まぐれか知らないが、目の前の人間を虫けらと呼ぶ巨人はその虫けらの為に時間を割いてくれると言うのだから。こういうのをありがた迷惑というのだ。メガトロンの足止めをしているといえば聞こえは良いが、斎としては人類の勝利よりも自身の生存の方が大事だから逃げたい気も起きる。
「そう…私はそんな話すことはないけどね。それにしても、やけに自信たっぷりなんだね。100%勝てると思ってなくちゃそんな事言えない。」
〈なら、きさまは人間が勝つと?〉
「そんなのまだ分からないよ。戦いは終わってないもの。…だけど、人間は強いよ?少なくともあなたが思っている以上には」
足元を掬われないようにね、と斎はニヤリと笑った。話している内に少しずつ落ち着いてきた彼女は本来の調子に戻りつつあった。
〈小生意気なやつだ〉
メガトロンはそう言ったが怒っているわけではない。本当に自分より下等だと思っている生き物に何を言われたところで気にしないのだろう。斎は感心した。彼の自信は薄っぺらい偽物なんかじゃなくて本物なんだ、と。
メガトロンは斎のことをどうしようか少し迷った。虫けらなんか気にかけるまでもないとは思っているが、斎はイレギュラーだった。それに、アレンに似ていることや異星人相手にも生意気にも怖がらない。そんな態度が少し気に入った。
金属の指が荒々しく斎を掴むと持ち上げた。指の形は細くて安定しない。斎は落ちないように指に足をかけた。
〈貴様もスパークを持つ者ならディセプティコンかオートボット、どちらに組するか決めるがいい〉
「…私は人間だからそんなの知らない。きみたちの戦いの事なんて興味無いもの」
〈お前は自分が人間であることに拘るのか?人間は愚かな生き物だ。いつか必ずお前は裏切られ傷つくことになるぞ〉
斎は口をつぐんで少し考えた。トランスフォーマー達は口々に自分にスパークとかいうのを感じると言っていた。メガトロンが変な事を言ってくるのもそのせいだ。そのスパークを持っているがゆえに自分はトランスフォーマー達から特別視されている。なら人間にはどうみられるんだろう?メガトロンの言う通り、人間はそんなに綺麗な生き物ではない。
「ああ、確かに。あなたのいう事はもっともだ。でも今は私の意思なんて関係ないでしょう。あなたは意地が悪いなあ。私を殺したいなら殺せばいいし、生かしたいなら生かせばいい。私には抵抗のしようがないんだから」
どうぞお好きに。斎は明け透けにものを言った。これで殺されてしまっても不思議ではない。
〈なら好きにしよう〉
もとからそのつもりだった。