Lonsdaleite12


〈目標を見つけた〉

バリケードの声が車内に響いた。

斎はフレンジーと話していたのを止めて後部座席から顔を覗かせた。バリケードの正面を見る。後ろ姿だが、確かに懐かしのサムだ。サムは何故かピンクのママチャリを懸命に立ち漕ぎしている。

バリケードが急に止まったものだから、斎は前につんのめって危うく頭をヘッドレストにぶつけるところだった。人にぶつかりそうになってブレーキをかけたバリケードは、斎には理解出来ない言葉で何か言った。おそらく悪態でもついてるのだろう。すぐに発進するとサムを追いだした。

「あのさ、提案があるんだけど。どこかで私のこと下ろさない?だって、ほら、サムの事追いかけ回すのに私は邪魔でしょ?そこらの喫茶で紅茶でも飲んで待ってるからさ…ダメ?」

〈任務遂行には何の影響もない。大人しく座っていろ〉

「あ、そ。じゃあ座ってますよ」

斎はシートベルトをしめた。バリケードはまだ様子を伺っているのかそれとも襲うタイミングを見計らっているのか、サムの事を本気で追ってはいない。まあ人気のあるところでどうどうと人を襲うわけもないにもいかないだろうし、悪者らしく人気のない所で襲おうとでもいうのだろう。

サムの様子は少し…いや、かなりおかしかった。サムがママチャリを漕いでいるのもそうだし、とても焦って見える。まるで何かに追われているみたいだ。実際そうなのだが。デートの待ち合わせに遅れそうなのか、はたまたトイレを我慢しているのか…とりあえず、サムの様子には鬼気迫るものを感じる。

ふと黄色いカマロが目の前を走行しているのが斎の目に入った。古い型のようでなかなかに年季が入っているようで黄色の塗装がところどころ剥げている。

「あー、黄色いカマロだ。かわい」

と、またバリケードが急ブレーキをかけた。今度は何だと斎は髪を掻き上げながら苦言を言ったが、バリケードは聞いているのか聞いていないのかうんともすんとも言わない。サムの追いかけている途中ではあるがバリケードは進行方向を変えると小道へ入った。そこで停車するとバリケードは後部の扉を開ける。

〈降りろ〉

斎とフレンジーが降りるとバリケードは走って行ってしまった。

「なんなの?」

バリケードの姿が見えなくなると斎はフレンジーに聞いた。

〈あんたがオートボットを褒めたからじゃないか?〉

「オートボットって?」

〈なんだ知らないのか?俺たちに対してもっと理解があると思ったが全くだな〉

「そうなんだよ。バリケードは堅物だから全然教えてくれなくてね」

〈じゃあ代わりに教えてやろうか〉

彼らがディセプティコンという組織であること。敵対している組織オートボットが存在して、今この地球に来ていること。彼らの故郷は荒んでしまって以前のようには生活できなくなってしまったことや、オールスパークだけでなく彼らのボスも探しているとフレンジーは教えてくれた。ディセプティコンのボス…メガトロンというらしいが、そのボスのことを聞いて斎がまず思い浮かべたのはダムの下で今なお凍っているだろうNBE-1だった。

「じゃあさっきのカマロがきみ達の敵で、私が敵を褒めたからバリケードはご機嫌斜めになってこんなところに私たちを置いてきぼりにしたわけね。」

〈まぁそんなところか?それに敵がいるからには何も起きずに済むわけがないからな。〉

「それってもしかして、小競り合いが起きるかもってこと?」

〈そうだな〉

斎は期待して目を輝かせた。

「殴り合う?」

〈ああ〉

「じゃあこんなところでボーっとしてる場合じゃないね!早くバリケードを追いかけないと。ほら、早く変形して!」

斎は変形したフレンジーを抱えると軽快に歩き出した。

〈おい、なんでそんなに嬉しそうなんだ?〉

「そりゃエイリアンの喧嘩が見れるかもしれないっていうんだから嬉しくないわけないよねー」

フレンジーはエイリアン同士の殴り合いを見ても嬉しくはならないだろうと思ったが、斎が変わっているからだと勝手に納得した。



フレンジーの案内を頼りに人気の無い駐車場へ来た斎が見たものは、バリケードがサムに迫っている光景だった。期待していた光景ではないがこれはこれで十分面白いんじゃないだろうか。サムは廃車の上で仰向けにひっくり返っている。

斎はフレンジーを放り投げるとそちらの方へ向かって行った。フレンジーは変形して起き上がると文句を言ったが、斎の意識は前に向いていて全く聞こえていないようだ。

「タイムタイム、ストップ!」

間に割って入った斎にサムは混乱したような声を上げた。今なら埃が舞っただけで悲鳴をあげそうだ。

斎はボンネットの上に飛び乗るとバリケードの人間でいうと胸にあたる部分を押した。斎の押す力なんかたかが知れているが、その行動に驚いたバリケードは身体を少し引いた。

「そんなに高圧的だと人間っていうのは怖がって喋れなくなるんだよ。ほら見てこれ。まるで壊れた喋る人形みたいでしょ?」

ボンネットの上で未だに寝っ転がって叫んでいるサムを指して斎はバリケードに話しかけた。

バリケードは何故ここに斎がいるのか甚だ疑問だった。戦いに巻き込む危険から遠ざけるために置いてきたというのに全くもって意味が無い。監視としてつけていたフレンジーもあてにならないことにもバリケードは憤りが込みあがってくる思いだった。だが、斎に口厳しく言う気にもならない。フレンジーがやって来て〈ほら、会いたかっただろ。連れて来てやったぞ〉っと言われた時はいい迷惑だと思った。

「サムも少し落ち着いてくれないかな。ほら、立って」

斎はサムが立ち上がるのを助けた。

「よし、じゃあサム。私の言うことを良く聞くんだよ?大丈夫。なにも難しいことじゃないから」

サムはバリケードと斎を交互に見た。未だ混乱しているのだろうがさっきよりかは大分マシになった。少なくとも斎の言葉に耳を傾けられる程には。だが、斎はサムをゆっくり休ませてやるつもりは無かった。

「全力で走れ!」

斎の言葉は単純明快だ。彼女はサムの腕を掴むと、今度は自身も一緒に走り出した。リアガラスを踏み潰れた廃車から飛び降りると、更に走る。ターゲットが逃げ出したのに苛立ったバリケードは2人を捕まえようと腕を振り、それが失敗すると怒りに任せて車を横にひっくり返した。後ろから自分の倍以上の大きさがある巨大なエイリアンが走って追いかけてくる気配にサムはもちろんのこと、さすがの斎も恐怖を感じる。

少し走って埃っぽい駐車場から陽のあたる場所に出た時、サムはバイクに乗ってこちらにやってくるミカエラの姿を見つけた。ミカエラに危険を知らせたかったのだろうが、サムは勢い余って彼女にラグビー選手さながらのタックルをして衝突した。

後ろを振り返った斎はバリケードがすぐそこまできているのを目にして「やば…」とごちた。彼は凄く怒っているようだし、謝っても許してくれないかもしれない。それどころか、そのまま話しも聞かずに殺される勢いさえある。たけど、今から逃げても隠れる場所も、隠れる時間も無い。

斎がやってくる巨体を見ていた時、それはやってきた。突然現れた黄色いカマロがドリフトして一回転、アイススケートのように綺麗な回転をして、その車体をバリケードにぶつけて文字通り足元を掬った。バリケードは体勢を崩して地面に倒れる。黄色いカマロは停車するとドアを開けた。その中には誰も乗っていない。彼が誰であれ、バリケードから守ってくれる存在なのは間違いないだろうと斎はすぐさまカマロに乗り込んだ。サムはミカエラの登場で大分落ち着きを取り戻したようで、代わりに混乱しているミカエラをカマロに乗るように諭した。2人が乗り込んですぐにカマロは急発進した。斎が後部座席から後ろを見ると、起き上がったバリケードがパトカーに変形するところだった。

車の中では二人の人間が混乱して口早に言葉をまくし立てていた。

「大丈夫!彼の運転は最高だから!」

「彼って何なの?意味わからないわよ」

「僕だって知らないよ。多分彼女の方が詳しいんじゃないかな!」

そう言って2人は斎に目を向けた。黙って2人の混乱っぷりに目を向けていた斎は、自分に注目が集まったのに少し面倒だと感じた。

「そういえばそうだ。何でアイツと一緒に?」

「彼女誰?…サムの恋人?」

「私は斎。サムの恋人じゃない。後ろから追ってきてる彼とはちょっとした知り合いってだけで、別に仲間とかじゃないよ」

よろしく、と斎はミカエラに手を差し出した。ミカエラはその手を握ると「ミカエラよ」と返した。

「じゃあこのカマロは?」

「彼とは初めて会ったから知らないけど、少なくとも後ろの彼よりかは人類に友好的なんじゃないかな。知らないけど」

と、その時車体を通して衝撃を感じた。カマロすれすれに何かが飛んできて、地面に当たって爆発したのだ。

「あれってミサイル?」

「ええ、そう見えるけど」

サムとミカエラの意識は完全にそっちへ向いた。命の危険を感じて話しを続ける余裕が無くなったようで、狭い車の中で叫びだした。

日が沈んだ後もこのカーチェイスは続いた。場所は人気のなくなった夜の工事現場に変わり、一際開けた場所に来るとカマロは急停止しサムとミカエラは車外に放り出された。後部座席に座っていた斎もカマロが変形する中、外に出された。自分の車がロボットに変形したショックからか呆然とカマロだった二足のロボットをサムは見上げている。それはミカエラも同じだ。

バリケードは走りながら変形し、そのままの勢いでカマロに突進した。2体のロボットがぶつかり合うのを主観で見るのは、巨大生物が出てくるパニック映画以上のインパクトがある。つまり巻き込まれたら人間なんて蟻のように容易くペチャンコにされるってことだ。バリケードに取り付いていたフレンジーは飛び出すとサムに飛びかかった。サムは大仰な叫び声を出してフレンジーを突き飛ばすと、なりふり構わず走り出した。あくまでエイリアンたちの狙いはサムなのだろうが、それに巻き込まれたミカエラも走ってゆく。

斎は目の前でロボットが喧嘩の域を越えた戦いを繰り広げられているのと、後ろでサムと小さなエイリアンがじゃれ合っているのに挟まれて、「なんか凄いことになったなあ」と普段とそう変わらない様子で言うだけだった。セクター7に所属していてもこんな場面に遭遇することなんて普通は無い。サムを助けに行ったほうがいいのだろうが、斎の興味や意識は完全に目の前のロボットファイトに向いていて、サムのことはなおざりだった。それにフレンジーはサムの事を殺そうとしているわけでも無いから、なおさら優先度は低くなった。

戦局はどちらが優位というわけでもなく、ほぼ互角に見えた。が、そんな戦いの流れを大きく変えることが起こった。元カマロのエイリアンがバリケードの上に鉄球を落とすことに成功したのだ。さすがに機械でできたロボットでも巨大なあの鉄球をどかすことは出来ないようだ。鉄球のしたでバリケードは沈黙した。

鉄球に潰され動けなくなったバリケードの横に斎は立った。

「派手にやられちゃったね。生きてる?」

屋根が潰れてパトカーのランプの欠片が周辺に散らばっている。ガラスの破片も。だが、バリケードはそんな状態でも機能停止には至っていなかった。金属生命体は有機生命体である人間に比べるととてつもなくタフなのだ。人間で言うところの目である視覚受像器で斎の姿をとらえたバリケードは少し間を置いてから話した。

「何故悲しそうな顔をしている?」

それは単純な疑問だった。

人間社会に溶け込み任務を円滑に進めるために人間の事を知る必要があったバリケードは、その過程で人の表情とその意味を理解していた。その時のデータによると、今の斎の表情が表しているのは"悲しみ"だった。それがバリケードには理解できない。何故、今この時斎が悲しむ顔をする必要があるのかと。

「少なくとも笑ってはいなかったけど…私、そんな顔してる?」

困った顔に笑顔を無理やり乗せた様なぎこちない表情。斎は参ったなー、と両手で頬を挟むように叩いた。

「それは、たぶんあなたに情が湧いてしまったからだよ。私はきみたちが人間の味方じゃないって分かってるけど、知り合ってからそれなりに時間が経ってるからね…」

斎は自分の気持ちを淡々と言葉にした。だが彼女はこの目に見えない精神的なものの動きを言葉にするのはあまり得意じゃない。いつだって自分の事を1番理解しているのは自分だが、それを他人に露吐するのには抵抗があるのだ。

「理解出来ない」

「あなたを心配してる。まぁ、なんか大丈夫そうだからその心配はなさそうだね」

斎の言葉にバリケードは無言だった。

背後に止まったカマロからサムが呼んでいる。斎はそれに適当に返事をするとまたバリケードの方へ向いた。そして励ますように白黒塗装の曲がったボディを叩いた。

「…明日これどかして貰えるように人に頼んでおくから、それまで大人しくしていてね」

じゃあねと、去り際に斎はそう言うと背中を向けた。

バリケードはその背中に爪を立ててやりたくなったが、動けない今では叶わない。もし彼がもっと素直な性格だったら斎を引き止めようとしただろうが、なにせプライドが高くて意固地なものだからそれには及ばなかった。カマロに乗り込む斎を見て、年来の仇敵に手中にあった物を奪われたような気になった。

自分の論理回路はイカレてるとバリケードは思った。彼にとって人間の感情もそれを表す言葉も稚拙で理解し難い部分が多い。だが、斎の言っていた情というのをバリケードもまた斎に抱いていた。それがバリケード自身、理解出来なかったし、認めたくなかった。

バリケードは自身の本意を考える事にした。こんなハッキリとしない漠然とした心中では、任務に復帰したとして集中できないだろう。身動き取れない今、考える時間は充分にある。


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