FLOORGAME


真っ白な部屋にわたし達はいた。

病室の一室のようにも見えるその部屋はそれなりに広いが家具は配置されておらず、病的に異質な雰囲気を持っている。というのも、四方を取り囲んでいる壁には不気味な凶器がいくつも飾られてある。インテリアとして飾ってあるのならそれはこの部屋の主は随分悪趣味としか言いようがない。インテリアじゃないのならこの武器はなんのために?それはそれで想像したくもない。

そこにはわたし達以外にも人がいて、皆、わたし達と同じように混乱していた。そして怯えていた。たぶん、連れ攫われてここにきたのだろう。わたし達もそうだった。目が覚めたらこんな目に痛い真っ白い部屋にいた。

けれど分からない。この部屋にいる人達は性別も年齢も、そして人種までも様々だ。わたし達はともかく他の人との共通点なんか無いだろうし、何故ここに集められたのか見当はつかない。


わたし達は一緒にいた。この状態で家族が近くにいることが何より安心できた。

目が覚めてからだいぶ時間が経った後、天井から吊るされたスピーカーから音がした。とたん静まった部屋に響いたその声の主は淡々と言った。「ここから出られるのは一人だけ。最後に生き残った一人だけがこの部屋から出られる。」と。それだけの言葉だったけど、この部屋にいる人たちを動揺させるには十分だった。

壁に飾ってある凶器は装飾なんかじゃなくて本当に人の命を奪うための物だったのか?嫌なイメージが頭を掠める。

部屋に響くのは助けを呼ぶ声。叫び声。すすり泣く声。様々だったけど、一様に嘆きを孕んでいた。

そのうち助けがくる。そう思いたかった。悪い冗談だと言ってほしかった。何かのビックリイベントで、実は周りの人たちが仕掛け人で、しばらくすれば「ドッキリでした」っと友人や家族が現れる。そんな光景が頭に浮かんで期待もする。が、惨酷にも時間が経つにつれてそんな希望も消えていった。わたし達以外もそうなのだろう。怒声をあげている気の短そうな男でもいきなり人を殺すようなそぶりは無い。きっとどこかでまだ希望を持っているのだ。

入ることが出来たのなら、出ることもできる筈だ。そう考えるのは至極妥当なことだ。けれど6面すべて真っ白で、出入口らしいトビラの痕跡は見当たらない。大の大人が肩車をして天井を調べているけれど、何もなさそうだ。

壁にかけてあったツルハシで白い壁に穴を開けようとしている人もいた。だけど、白い壁は汚れもせずに気味が悪いほどの白さを保ったまま。ツルハシの方がダメになってしまう。それをみて周りも段々と逃げる事を諦め始めたようだった。

部屋の中の空気は輪をかけて重く、雰囲気は異様なものに変わっていく。淀む人の臭いに空腹、喉の渇き、自分の命が危ぶまれているというストレス。時間が経つにつれてそういう悪いものが腫瘍のように大きくなり、初めは冗談だとタカをくくっていた人たちも次第に殺気を募らせていた。


人というのは忍耐はどこまで耐えることができるのだろうか。ずっとその心配をしていた。


酷いアンモニア臭には慣れてしまったが、空腹と渇きには慣れない。膝を抱えてそれらの欲求に堪えていると、突然静かだった――― もう誰も泣くことや助けを求めることを諦めていた ―――部屋で何かの音がした。実際には誰かの声と打撃音だったのだけれど、瞬間に声だと理解できないほど奇妙で聞きなれない音だったからそうだとは思わなかった。いくつかの目がそちらの方へ向いていた。

そこには女の人が倒れていた。ブロンドの髪を後ろ手にまとめた女性がうつぶせに。それだけだったら寝ているのかとも思うところだが、おかしいのはその女性の頭の形で、恐ろしいほど陥没している。月のクレーターみたいに凹んでいるのだ。叫ぼうとした瞬間に何かで殴られたのかもしれない。その時に舌を噛んだようで固く閉じられた歯の間からピンクの肉が覗いている。死んでいるのは一目で分かるような状態で、女性を助け起こそうと近寄る人はいなかった。


いや、きっと女性がかろうじて生きていたとしても誰も助けようと手を差し伸ばさなかっただろう。

本当に人を殺める人が現れた。その恐怖が部屋を支配していたのだから。


その後はパニック映画の様な騒ぎが起こって、何が何だか訳が分からなくなった。

誰が加害者で誰が被害者なのか。自分が殺さなければ殺されてしまう。そんな状況にわたし達は部屋の隅で丸くなっていることしかできなかった。目の前で沢山の人の影が交差するなか白に飛び散った赤色が鮮明だった。


どれだけ人が死んだのだろうか。部屋にいた人数に限りなく近い数であることは間違いない。わたし達は騒動の中、じっと誰かの死体を被って静まるのを大人しく待っていた。このまま気づかれなかったらここから脱出できるかもしれないと期待して。先程死んだばかりの身体は生暖かく、すでに腐臭を放っていた。

何か固いものを殴りつける音を最後に部屋の中は静かになった。聞こえるのは自分の鼓動と何者かの荒い息遣いだけだ。死体の下からその人の姿を垣間見ることができた。普段から体を鍛えているのだろう。健康そうにみえる褐色の肌に盛り上がる筋肉の男。だが男も誰かに攻撃されたのか体のあちこちから血を流していた。特に左腕は相当深く切られたようで一段と赤く、力なくしなだれていた。

その男は勝利の宣言をし、この部屋から出してくれるよう懇願した。が、スピーカー越しに聞こえてくる声の主は無慈悲だった。男は落胆しただろうが、わたし達の方が落胆していた。絶望した。その声はわたし達がまだ生き残っているのを知っていたのだ。「まだ他にも生き残りがいる」そう諭したせいで、男がわたし達を探し始めてしまった。

隠れ場所の無いこの部屋で逃げることもできず、息が詰まるような腐臭を放つ死体の下でじっとしているしかできない。探し出される前に先手を打つしかないのか。でも先手を打ったとしても勝てる保証はない。それにこの男に勝った後は…?その後は?固く目を瞑って考えていた。そうして、先に見つかったのは私ではなかった。

わたし達の私ではない方の悲鳴があがった。ずっと伏せていた目を向けると、私はそこに男の大きな背中と、対照的に細い肩があるのを見た。考えてる時間は短かった。死体から這い出ると、すぐ近くに目に入ったやけに突起の多い刃物を掴んで男の背中に飛びかかり突き刺した。一度二度。男が私を振り払うまで、私の顔にまで返り血が飛ぶほど何度も刺した。

その時の男の暴れ様は尋常ではなく、狂った熊の様に暴れた。悲鳴と怒声の混じった、恨みの声を張り上げながら。終いに私は振り落とされてしまった。

死体の上に倒れ、すぐに顔を上げると強烈な顔がこちらに向いているのを見てしまった。血と怒りで真っ赤になった顔だ。

男の怒りに満ちた修羅のような表情。自分に真っ直ぐに向けられている視線に身を固くした。


『殺される』そう思った。

これから振るわれるだろう暴力を思って、足は無意識に震えだした。止めたくても止まらない。ガチガチと変な音がすると思ったら自分の歯がぶつかり合う音だった。それほど目の前の存在が恐ろしかった。

が、途端男の顔色から赤が引いていった。何が起こっているのか分からないうちに、男はその巨体を歪ませ床に頭から突っ込んで倒れた。


訪れた静寂の中で「自分が殺してしまったのか」という確定的な罪悪感がジワリと広がる。血に染まった刃物を持ったまま、力なく座り込んだ。

何もかも忘れたように呆然としていると、何かが擦り寄ってきた。それは姉で、彼女は私とまったく同じ声で何か言っていた。よく聞こえなかった。もしかしたら私を励ます言葉かもしれない。でなければ感謝の言葉か。とにかく耳鳴りが酷い。

すすり泣く声、隣にある体温がやけに現実味がなくて、目の中に入ってくる白と赤と汚い雑多なマーブルの光景も色褪せて見えた。体の外から入ってくる情報全てが作り物みたいだ。それに反して頭の中は混乱しているどころかやけに冷静でいろいろ矛盾している。


私は手に持ったモノを彼女に突き刺した。それは男の時とは違ってすんなりと受け入れられて、刃越しに肉の柔らかさを感じた。刺した回数は1回だったかもしれないしそれ以上刺したかもしれない。

ただ、「やらなくてはいけない事を済ませた」という漠然とした考えが私を満たしていた。



幾分もしないうちに周りが騒がしくなった。

沢山の人の気配を感じた。


その後のことはよく覚えていない。身体を洗われて身体検査、新しい服を着せられた。何か考えていたわけでも無いけど、とにかくアタマが働かなくて。憶えていない。自分にとって重要な記憶じゃなかったのだろう。

その後独房の様な場所に1時間ほどいただろうか。時計は視界に入らなかったし時間の経過は分からない。もしかしたら20分ほどだったかもしれないし、2時間経っている可能性もある。


檻から出され手錠をかけられて連れていかれた先で待っていたのは赤髪にスーツを着た男の人だった。


「やあ、待っていたよ。生還おめでとう。」と、男の人は私の事を知っている様に話しかけてきた。もちろん私はこの人のことなど知らない。爽やかな微笑みを浮かべてはいるがその視線はがぬめりと張り付くように向けられている。

男の人は、私の両手を縛る手錠に繋がる鎖を手に持つと歩き出した。タキシードが恭しくお辞儀するのを横目で見て、私もその後ろをついて歩いた。


背中を見ていると男の人は小さく笑った。

「自己紹介でもしようか。ボクはヒソカ。今日からキミの持ち主だ。」

何か言葉を返した方がいいだろうか。そんな事を考えていると、先にヒソカと名乗った人が話しだした。

「キミの名前は斎、だろう?キミの事はそれなりに聞いてるから自己紹介しなくてもいいよ。キミの過去に興味無いし。」

息をするように、冷たいことをさらりと言ってきた。

黙っているとヒソカは一瞬の間を空けて、また喋り出す。

「双子だったんだろう?」

その途端、脳天に杭が穿つような気がした。胃の中で酸が暴れる。口元を押さえる。

考えることを放棄しそうになっていると、腕が引っ張られた。

「ボクはキミの非情さに惚れたんだ。あの絶望的な状況でも血のつながった…それも姉妹をすぐに殺そうと決断できる人間はそうそういないよ。」

拳2つ分程の距離しか空いてない場所にヒソカの顔があって、思わず息が詰まる。胃液も若干引いた。

「生きようともがいてたキミに、ボクはぞくぞくしたんだ。それはボクだけじゃない。あの場にいた観客全員が沸いてただろうね。じゃなかったら、あんなに値段が高騰するわけが無い…。」

持ち主に観客。それに値段…。単語を繋ぎ合わせてたどり着いた答えは簡単なもので、要するに私にとって命懸けだった箱の中の出来事はただの見世物で、最後に生き残った私は売られたのだと理解した。

でも悲観しているわけではない。

現状を受け入れられないわけでもない。

ただ、もうどうでもよかった。





「ねえ、聞いてる?」

ボクがそう聞いてもうんともすんとも答えない無口な連れ合い。悲しんでいるわけでも、嘆いているわけでもない飾らない仮面を張り付けたような顔で見上げてくる。すこしイルミと似てるかもしれない。

「大丈夫。キミのことはボクがちゃんと面倒みるよ。」

飽きるまでという条件付きだけどね。彼女を買ったのは気まぐれとちょっとした遊び心から。これでしばらくは退屈せずに済むだろうか。

折角人を買うには多過ぎる程の金を積んだのだから、少しは楽しませてくれなくては困ってしまう。


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