Lonsdaleite07


〈起きろ〉

「うん、はいはい‥‥着いた?」

斎は伸びをしながら大あくびをすると、気だるげに目をこすった。家に着いたのは嬉しいが、出来ることならこのままあと6時間は眠りたい気分だった。

〈降りろ〉

「んー」

扉が開いたので斎は黙って降りた。そのまま数歩進んだと思ったら、ふと振り返りボンネットを叩く。

「そういえば名前聞いてないよね。名前教えてよ」

〈バリケードだ〉

素直に教えてくれたことに斎は疑問に思ったが、そんなことは一瞬にして眠気に流された。

「私は斎。斎・ロンズデーライトだよ。じゃあね、バリケード」

それだけ言うと斎は頼りなさげな足取りで歩いて行った。

斎が家の中に消えるのを見てバリケードはゆっくりと車道へ戻って行った。



斎は長らく家に帰っていなかったが、留守の間人に掃除を頼んでいたお陰でホコリが積もっているようなことは無かった。救急箱の中身から消毒液を取り出すと傷口に向けてかけた。傷は血はもう止まってるものの、固まった血が黒く肌にこびり付いていてそれだけ気になって拭き取った。固まった血はベタベタしているし傷の周りには大きな痣ができていて気分が悪い。

消毒している間、シモンズになんの連絡もしてないものだからどうしようかと斎は考えたが、あのエイリアンたちが自分を見張ってないとも言いきれず下手な動きはできない。エイリアンたちの機械的な見た目からして固定電話はもちろん携帯電話やメールの使用も控えた方がよさそうだ。だが連絡しないわけにもいかないのも確かだ。無断欠勤しようものならお目付け役のシモンズがここまで探しに来る気がする。連絡手段は後日考えるとする。ここ最近休暇を取っていなかったことを考えるとしばらく家でゆっくりするのもいいかもしれない。

とりあえず今日は寝ようと携帯のバッテリーを抜くと、ホテルの様に綺麗にシーツの挽かれたベッドに横になった。

次の日斎は起きると、どうやってシモンズと連絡を取ろうかとぼんやり考えながら、とりあえずパソコンを起動させた。特に何をするでも思いついたわけでもないが、寝起きにパソコンをつけるのが習慣になっているだけだ。

SNSを何の気も無しに眺めている時にふと斎は考えた。これはただの勘なのだけど、もしかしたら今も自分がSNSをぼーっと眺めているのが筒抜けかもしれない。めんどうだがまずはそれを確かめなくては。


バリケードは斎の家から程離れた人気の無い街道で停車していた。ビークルモードの彼の中には小型のエイリアンが1人、車載されたコンピュータを暇そうに眺めながらあぐらをかいている。バリケードと共にアルマの同行を見張っているこのエイリアン、フレンジーはこの仕事に取り掛かって幾時間も経っていないというのにもう飽きていた。というのも、スタースクリームに命じられて斎を見張っているのだが、その肝心の斎が昼を過ぎてやっと起きたと思ったらずっとSNSやら動画やら見ているだけで見張り甲斐が無いからだ。

〈これならスタースクリームのクソつまらない自慢話を聞いてる方がまだましだ〉

フレンジーの小言に同意するようにバリケードも機械音を出した。

〈何か動きは無いのか〉

〈何も。何も無い。今は動画を見てるだけだ〉

今のところ何も気になることは無い。コンピュータの中のデータにも、その持ち主である斎の行動にも別段変わったところはなかった。だから余計におかしく感じた。この人間が自分たちの存在に気づいたことも、わざわざ自分から接触してきたのも。どこかの組織の人間だとスタースクリームから聞いていたが、フレンジーはそれこそ何かの間違いではないかとすら思った。斎の人間社会での地位も実に平素でつまらないものだった。プリンストン大学の生徒。それだけ。強いて気になる事をあげるとするなら、過去にクラッキング行為で警察にお世話になっている事ぐらいだ。


一方斎はもう一つのパソコンを起動させ、自分がハッキングされていることに気がついた。といっても見られて困るような大事なファイルは無いが。相手がまだもう1つのパソコンに気づいていないのは有難い。

相手がどこで見張っているのか分からないが近くにいるのは間違いない。詳しい場所を知りたいところだが、逆探知したらすぐにバレるだろうからやめておいた。代わりに周辺の監視カメラを手当り次第に利用して、パトカーが1台狭い道に隠れるように止まっているのを見つけた。バリケードだと斎はすぐに分かった。やっぱり見張られていた。耐久戦でもいいが、シモンズの事があるから悠長に構えているわけにはいかない。どうやって逃げ出そうかと考える斎が思い出したのは、ホーム・アローンという映画だった。家の中にいると見せかけてこっそり裏口から出ればいい。他にも仲間がいたら逃げきれないだろうが、幸いなことに今のところその様子は無い。相手はきっと自分が動画を見ているのを真剣に見張っているのに違いないのだから、うまくいけば気づかれずに外出できるだろう。


斎がSNSや動画サイトをめぐっているのを相変わらずバリケード達は見ていた。が、しばらくして異変に気付いた。少し前から同じ動画を繰り返し流しているのだ。さすがにおかしいと思ったバリケードは焦った。

〈様子を見てこい!〉

バリケードに命令されて斎の家に突入したフレンジーだったが、案の定そこには斎の姿はなく、起動したパソコンが2つ置いてあるのが目に付くだけだった。


そのころ斎は目深にフードを被り、アイスクリーム片手に公衆電話をかけていた。相手はもちろんシモンズだ。コールの音が3度もならない内に応答があった。

「もちもーち、シモンズ先輩?」

「斎か?一体どこでなにしてる!」

電話越しに聞こえるシモンズの声がやかましくて少し耳を離した。

「急性ホームシックによって家に帰ってます。しばらく休暇もらいますね、1週間くらい。携帯もなんか調子悪いんで連絡しないでください。探さないでください。じゃ」

それだけいうと斎はシモンズの返事も聞かずに受話器を置いてしまった。斎は忙しいのだ。やかましい先輩の怒声を聞いている暇はない。

そういえば冷蔵庫の中は空っぽだった。斎は家に帰る前に食材を買い込まなくては、とぼんやりと考えるのだった。


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