Lonsdaleite06


無人パトカーの噂が巷で流行っていた。ダムの中にいるものだから外の情報はなかなか入って来ないのだが、無人パトカーの書き込みをたまたま見つけ調べたところ結構な数の目撃数があった。自己主張の激しいエイリアンもいたものだと、斎は本日のオヤツであるゴディバのチョコレートをつまみながら思った。

空軍基地でスタースクリームというエイリアンと接触して、彼らの言うオールスパークというのはキューブであると考えた斎だったが、キューブを調べたいにしても先の件で接近禁止令が出てしまいシモンズも目を光らせていることもあってこちらは後回しにすることにした。

上着を引っつかみその場を離れる斎を止める人間はいなく、"またか"といった目をチラリと向けるぐらいだった。




ゲームセンターの裏口から1人の少年が現れた。雑に染められた金髪をオールバックにし、唇や耳にはピアスをしていていかにも"悪い子"の典型だ。そんな彼はすっかり暗くなった空を見上げると悪態をついた。

「今日はついてないぜ」

と、いうのも上の学年の先輩たちからお金を巻き上げられたからで、それに逆らえるはずもなく所持金はスッカラカンだからだ。

彼はしばらく歩いて更に人気の無い道へやってくると、隠し持っていたタバコに火をつけた。周りには他に光源は無く、タバコの火だけが暗闇に揺れているだけだった。

が、突然の光が少年の目を眩ませた。片手で目をかばう少年。しばらくして目が慣れると、それがパトカーのライトだと気付き少年はまた悪態をついた。けれど、運転席に誰も乗っていないのを見た途端、少年の表情が一気に青みを帯びたものに変わった。無人パトカー。今や噂好きの学生の間では知らないものなどいないのではないか。その件の無人パトカーが今目の前に実在し、エンジンをふかしている。少年は持っていたタバコも放って走り出した。

少年の後を追って無人パトカーも走り出す。人の足ではとても敵わない。空いていた距離もどんどん詰められ、少年に追いつくその手前、その進路上に別の人影が現れた。

パトカーは急に速度を落とし、追われていた少年も現れた人物を通り過ぎその後ろに隠れた。

「さっさと逃げなよ」

現れた人物、斎がそう言うと躊躇う素振りも見せずピューっと少年は逃げていった。そのあまりの潔の良い逃げっぷりに斎は逆に感心した。パトカーの方へ向く。

「弱いものイジメとは感心できないなー」

〈なら変わりに貴様をイジメてやろうか〉

無人パトカー、バリケードが脅すように迫ったが斎は怯まなかった。今まで無人パトカーに襲われて怪我はしても死亡した人がいないのは知っている。自分も殺されることは無いと踏んでいたからだ。

が、パトカーのなりのこのエイリアンは以前斎に唆されて、日本までオールスパークを探しに行ったことを忘れていなかった。とんだ無駄足を食わされたことに怒らなかったわけがない。思い出せばまた憤りを感じる。気が立つままに正面のバンパーを斎の足にぶつけた。

助走は無かったが、斎はその衝撃に尻餅を付いてしまった。身体半分が車体の下の斎はそのままの格好でボンネットをぽんぽんと叩く。

「‥‥この間の事を怒ってるなら謝るよ。ごめんね。でもあの時はさすがの私でも少し怖かったんだ。よかったらここいらで許してくれないかな」

考えているような間の後、車体は後退した。

未だに痛む足の具合は冗談でもいいとは言えない。それほど痛いし、服の下が濡れている感覚があるから血も結構でている。

感覚があるならまだマシか。と斎はゆっくり立ち上がった。

「とりあえず場所を変えよう。人を呼ばれたら面倒だからね」

そう言って斎は先ほどの少年が走っていった方を親指で指し、バリケードの横を通り過ぎて歩き出した。

バリケードは狭い道を窮屈そうにUターンをすると、ゆっくりタイヤを回転させながら斎のすぐ後ろに付いて走る。斎の歩き方は不格好で、傷を庇いながら歩いているため酷く緩慢だ。それに合わせてバリケードも前進するが、そもそも気長な質ではない彼はそのあまりのトロさに何故自分がノロマな虫けらにわざわざ歩調を合わせないといけないのかと思わずにはいられなかった。だが、早く歩くのをせっつく気にもならず、イライラだけが募った。

しばらく進んだところで斎のゆっくり走行に痺れを切らしたのか、バリケードは斎の横に付くと扉を開けた。

〈虫けらの足は遅すぎる〉

言い方は素っ気ないうえに遠回りだが、斎はすぐにこのひねくれ屋なエイリアンの言いたい事を理解した。

「そうだね。じゃあ有り難く乗らせていただ‥‥」

ステップに足を掛けた斎だが、ふと、自分の足元を見て引っ込めた。

「やっぱり止めとこ」

〈何故だ〉

バリケードの声は苛立っているのを隠そうともしてない。

「シートを汚したくない」

見るとアルマの足から流れた血が靴まで濡らしていた。

また歩き出した斎だったが、目の前にバリケードが立ちふさがるように回り込んできて驚いた。是が非でも乗らせないと気が済まないようだ。

一応怪我をさせたことを悪いと思ってるのかな?と斎は思いながら運転席に乗り込んだ。

斎が運転席に乗り込むとパトカーはすぐに発進した。



「‥‥これ、スタースクリームにも同じマークがあった」

走り出してからしばらくして、斎は口を開いた。ホーンパッドの目立つところにスタースクリームにもあったあの意匠が彫られている。

〈あいつに会ったのか?〉

「うん」

〈あいつ‥‥黙ってたな〉

憎々しげに唸り声にも聞こえる声でバリケードが言う。

「黙ってたのはお互い様じゃん」

スタースクリームも自分の事を知らなかった事を斎は思い出した。エイリアン同士はどうやら頻繁に情報交換するほど仲が良くないようだ。

「で、このマーク何なの?」

斎はマークをつつく。

〈虫けらに言っても理解できまい〉

「そんなこと言わずに。ほら、きみたちのこと知れれば、捜し物も手伝えるかもよ」

バリケードはしばらく黙った。この人間に自分たちの事を教えるのは難しい事ではないが、それを独断ですることは許される事ではない。これ以上仲間に秘密を持ってバレた時の面倒臭さを考えて、バリケードは通信チャンネルをスタースクリームへ向けて発信した。かかった時間は人間の基準でいうと一瞬だ。

〈スタースクリームがおまえを確保しろと〉

その言葉に斎は驚いた。

「それは‥‥困る」

斎は瞬時にドアのハンドルを掴んで開けようとしたが、それよりも先にドアロックがかかった。


〈わざわざそっちからやってくるとは無謀だったな〉

スピーカーから聞こえてくる音はバリケードのそれではなく、別の声だった。

「はあ、こんばんわ。スタースクリーム?」

〈今回はお仲間はいないようじゃないか?〉

聞こえた声は上機嫌そうだった。圧倒的有利な立場にあるという確信があるのだろう。実際スタースクリームは今度はこのネズミをしっかり捕まえたと見て気分が良くなっていた。

〈オールスパークが何処にあるのか教えてもらおうか。素直に教えるなら同じスパークを持つ者として、少しくらい優しく扱ってやってもいい〉

だが、斎は教える気など毛頭なかった。余りにも酷い拷問を受けたり、自白剤を飲まされたりでもしない限りは教える気にはならないだろう。相手がエイリアンだからというわけではなく、ただ斎は頭ごなしに命令されるのが嫌いだからだ。

「それは嬉しい申し出だけど、知ーらない」

〈シラを切る気か?〉

「だって、本当に知らないんだもの。どこからどう見ても普通で一般的などこにでもいる女の子の私が地球外から来た物騒なエイリアンの探し物の事なんか知るわけないでしょ」

〈その物騒なエイリアンの周りを嗅ぎ回ってる時点で普通の人間とは言えない〉

「それ、一理あるかも」

本人は満更でもない様子でにやりと笑った。

〈貴様がオールスパークを知らないと言い張るなら質問を変えてやろうか。なぜ我々の周りを嗅ぎ回る?そんなことして、ただの人間に何の得があるっていうんだ?〉

「楽しそうだったから」

こともなげに斎は言った。これは本心からの言葉だった。いくら斎でもつまらなそうだったらこんな危険なことに首を突っ込むはずがないのだから。

「それに、私は興味を持ったことに関してはとてつもなく知りたがりな質でね。もちろん、君たちの事に関してもそれは変わらない。命の危険があると分かってても近づかずにいられなかった‥‥これで回答になったかな?」

〈まるで意味が分からない。貴様の論理回路は狂っているのか?〉

そもそも有機生物に自分たちと同じ感覚でものを聞いたのが間違いだった、とスタースクリームは思った。まるで利害が一致していない斎の行動には呆れるほか無い。

スタースクリームはしばらく考えこみ、そしてバリケードへ通信を入れた。

〈こいつの行きたい場所に送ってやれ〉

〈いいのか?〉

バリケードの返信に不満を感じ取ったスタースクリームは彼が言わんとしていることを察して返した。

〈何も考えも無しに言ってるわけじゃない。この愚か者がオールスパークと接触している可能性は非常に高いのは、おまえも分かっているだろう。だが、こいつがそれを知っているのか知らないのかはもはやどうでもいい事だ。そんな事よりもこいつを一旦泳がせて周囲を探った方が建設的だ。異論はあるか?〉

〈いいや、反論はない〉

そこまで話すとバリケードは通話を切った。

〈行きたい場所に送ってやる。どこだ?〉

その言葉におや?と斎は思った。こんなにすんなりと開放してくれるとは思っていなかった。それほど自分が話の通じない奴だと思われたのか、それとも何か企んでいるのか、はたまたその両方か。

「スタースクリームは?」

〈通信回線ならとっくに切れている。送ってやると言ってるんだから早く目的地を言え〉

「そうだね、じゃあとりあえず私の家に向かってくれると嬉しいかな」

エイリアンをセクター7に近づけるわけにはいかないし、丁度いいから久しぶりに家に帰ることにした。自分の家の住所を伝えると斎は座席に深く座る。

「寝るから。着いたら起こして」

と眠そうに欠伸をしながら言うと、斎は本当に眠りだした。バリケードは斎の危機感の無い行動に呆れる一方ですこしほっとしていた。寝ていれば質問攻めや面倒くさい会話に巻き込まれる心配が無いからだ。



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