Lonsdaleite05
うまい棒たこ焼き味を片手に斎は手記をぺらぺらめくっていく。
未読だった手記の後半にはNBE-1が危険であるというアレンの訴えと、彼女のNBE-1に対する同情の気持ちが書かれていた。斎は彼女が抱いていた気持ちを少し理解できる気がした。彼女は人間が野蛮であることに罪悪感を感じていたようだった。確かに、異星の知的生命体をモルモットにしている人間は野蛮な行いをしているのかもしれない。だけど、そんな事、一個人の気持ちでどうにかなるわけがない。現にアレンは上層部と意見のぶつかりあいがあり、セクター7をおわれている。
「またここにいるのか」
頭上から聞こえた言葉に顔を上げるとシモンズがいた。こいつの顔も見飽きたな。と斎は心の中でごちた。
「ここは涼しいから」
「そうか。で、仕事はどうなってる」
斎は食べ途中だったうまい棒に口をつけると一気に全部平らげた。
「さっぱり。いきなり調べろって言われても私が得意なのはプログラムだし」
「なら捜査部の方の仕事でも手伝ってもらおうか」
「おっけー」
そっちの方が自分には向いていると、斎は立ち上がるとシモンズの後についていった。
「なんで私は捜査部の所属にならなかったんで?」
「それはアレン・ロンズデーライトが調査部所属だったからだ。彼女はNBE-1の解析に際して人類に多大な利益をもたらした。お前にもそれを期待している」
「ふぇー」
「そういう間の抜けた声を出すな!」
はいはい。とアルマは返事をした。
その後、シモンズの手伝いで斎は未確認飛行物体の消息を追っていた。しばらく前に正体不明の物体が太平洋沖を飛行しているのが衛星にとらえられたそうなのだが、そのあと姿を消したらしい。
斎はその時の記録を眺めながらクッキーを口に放り込んだ。
映像を見るにどこかの戦闘機に見えるがそれにしては低空飛行だし、出している速度も尋常ではない。
「何か分かったか?」
「なにかの戦闘機に見えますがね」
戦闘機に詳しくない斎は解像度を上げた映像をシモンズに見せた。
「ラプターだな。どこに向ってるのかは分かったか?」
「さぁ。途中で消えたから分からない。ただ付近のカルフォルニア州にエドワーズ空軍基地がありますね」
「なるほどな。おまえにしては上出来だ」
珍しく褒められてえへへと斎は笑った。
「今回は私達だけで行くんすね」
ヘリに揺られながら斎は暇そうに欠伸をした。
「我々の組織は軍にも把握されていないからな。いきなり大所帯で押しかけて険悪なムードになっては困るだろう。そういう意味でお前は適役かもな」
「ふーん」
エドワーズ空軍基地に着いた2人。
自分に与えられた権限がどうのこうのいつものようにまくし立てているシモンズを見て、穏健に事を済ませたいとは何だったのか…と斎は白い目を向けた。
話は済んだのかシモンズはやってくると紙束を斎に渡した。
「わたしは機体の飛行記録を見てくる。おまえは登録されてない機体が無いか確認してこい」
「ウィ」
シモンズが建物の中での仕事に対して斎は外での面倒な仕事だ。風が吹く度に舞う砂にアルマは顔をしかめた。
それにしても‥‥と斎は一つづつ機体を確認しながら考えだす。もし本当にこの中にエイリアンが混ざっていたら私とシモンズだけで対応できるとはとても思えない。
端から順に見ていたのだが、途中変わった機体を見つけて彼女はその前で立ち止まった。しっかり登録されているしナンバーもある機体なのだけど、過去の経歴を見るに少しおかしかった。過去のミッション中に墜落したと書かれていたが、途中にその記録が過ちだったと書かれている。ご丁寧に当時の機体を管理していた人の始末書も添えられて。最近出動した記録は無いが、斎はある確信を持っていた。
一見しただけでは他の機体と何の違いも無いが、エイリアン達の擬態能力の凄さは以前目の前で見たから知っている。近づいてコンコンと叩いて見るが反応は無いし、他の金属のように固い音がするだけだ。耳をピッタリくっつけてそばだてるが何も聞こえる音も無し。これが人間なら心臓の音でも聞こえてきそうなものだが、エイリアンには心臓は無いのだろうか。
斎は周りを見て誰もいないのを確認してからラプターに乗り込んだ。
「ちょっとお邪魔するよ」
斎は座席に座って画面をつついたりハンドルを握ったりしていたのだが、突如開けっ放しにしていた窓が閉まった。開けようとしたがびくともしないそれに斎はやれやれと首をすくめるしかない。
「hi」
斎が声をかけてもしばらく反応が無かった。
このラプターに擬態したエイリアン、名前はスタースクリームというのだが、彼は今自分に乗り込んできた有機生物に人間であるところの戸惑いに似た気持ちを持っていた。というのも、目の前のこの無礼者は視覚においてもその構成物質も明らかに人間のそれで、タンパク質の塊であるという真実は揺るぎないというのに、微弱ではあるがスパークを感じることができたからだ。トランスフォーマー以外の生命体、それも人間にだ。人間を好んでいない、それどころか嫌悪しているスタースクリームにとってこれは好ましいこととは言えない。
〈‥‥何故貴様のような下等な生物からスパークを感じる?〉
「生まれつきそういう体質なんだよ」
と、適当な事を言う斎。
「少しお話ししない?」
〈虫けらと話すことなど無い〉
自分たちの方が高等な生物であるという意識があるのだろう。あからさまにこちらを見下した態度を取ってくるスタースクリームに、けれども斎はそんなこと気にしなかった。
「まぁ、そう言わずに。‥‥自己紹介でもしよっか?」
〈おい〉
「私は斎。生まれは日本だけど10代半ばで渡米して今はワシントンに住んでるよ。趣味はパソコンいじりとゲームかな。好きなものは甘味。嫌いなものは特にないよ」
そこまで一息で言って黙った。
「家族の事も紹介しようか?」
反応の無い相手に首を傾げてそう言えば、呆れたような声色で返事が返ってきた。
〈もういい〉
スタースクリームはこの地球という有機生物の楽園に来てからというものそこそこの数の人間を見てきたが、このタイプの人間を実際見たのは初めてだったし、仲間内で共有されている情報にも確認出来ない。大体の人間は自分たちを見ると驚くもので、恐れて逃げ出すものが大概だ。だが、目の前の斎と名乗った人間はそういう反応を示さない、むしろ自分から理解し接触してきている。そして人間で言うところの笑顔を絶やさない。阿呆なのかなんなのか、スタースクリームはため息が出る思いだった。
「そう。じゃああなたの名前教えてよ」
〈‥‥スタースクリームだ〉
「ふーん、何か悪そうな名前。エイリアンにも名前があって良かったね。じゃなかったら変な呼び名つけてたよ」
ハンドルのグリップに変な意匠が掘られていたるのに斎は気づいた。車とかによくあるメーカーのマークだろうか。メーカーに詳しくない斎はこの時はそれだけ思っただけだった。
〈変わった人間だ〉
「よく言われるよ」
斎は聞きたい事が沢山あったが、いきなり質問攻めするのは相手がとても警戒しているのもあって止めておくことにした。対話出来ただけで上出来だ。それにそろそろシモンズが来るかもしれない。
「そろそろ降ろしてもらいたいん‥‥ウッ」
ベルトがいきなり締まって一瞬息が詰まった。座席にピッタリとくっついた背中は力を入れてもびくともしない。
「何のつもり?」
〈全てのスパークはディセプティコンに属するべきだ〉
ディセプティコンに属さないスパークなどいらない。それに、先ははぐらかされたがこの人間はオールスパークに接触している可能性があるのをスタースクリームは忘れていなかった。
斎は参ったなーと頭をかいた。
「私を誘拐でもするつもり?悪いけどいい考えとは言えないかなー」
うなり声のような機械的な音が聞こえたけど斎は気にせず続ける。
「私には仲間がいる。私が消えたら仲間は君たちの事にすぐ気づくよ。今はまだ人類と事を構えたくないんじゃないの?」
〈貴様を逃がしてそのお仲間とやらに報告しないわけがない〉
「それは私達初対面だし信頼もくそも無いけど、信用してもらうしかないね。約束するよ。君の事は黙ってるって」
と、斎は外にシモンズの姿を見て口を閉じた。シモンズもこっちに気づいて手招きをする。ここからではシモンズが何を言っているのか分からないが自分の事を呼んでいるのに間違いないだろうと、斎はベルトに手をかけた。意外にもそれはすんなりと外れ、窓も空いた。
「そっちは何か見つけたか?」
そう言ってくるシモンズに斎は頭だけ出して首を横に振った。
「何も」
「そうか。こちらも何の成果も無い。とんだ無駄足だ」
「発見からだいぶ時間が経ってるし、もう追うのは無理なんじゃないかな」
「そうかもな。‥‥斎、おまえの給料からさらに修理費を引かれたくなければラプターに傷をつけないことだ。1機に1億は下らないからな」
「ええ!?」
驚いて両手を上げる。金には困っていないがシモンズの車の弁償代が既に給料から毎月少しずつ引かれているのに、さらに引かれては安月給どころの騒ぎではなくなる。
シモンズが先に行ったのを見計らって斎はぽんぽんと機体を叩いた。
「じゃあねー。縁があればまた会えるよ」
スタースクリームは沈黙したまま斎の背中を見ていた。