平原の一軒家〜


「そろそろここらで休憩しよう。」
リーダーがそう言って隊商全体がそれぞれ木陰に行ったり、チョコボの様子を見たり。各々休みの体勢に入っていった。

私も乗っていたチョコボを休ませようと地面に着地した。
辺りを見渡すと、なだらかな高原がずっと続いている。
緑が風に揺られて色を濃くしたり薄くしたり。その色彩の変化に心が安らぐ気がしてチョコボの首元の羽を撫でた。



私がどうしてこんなところにいるのか。

そしてなんでキャラバンと一緒に行動しているのか。

仲間たちと離れてしまったのか……。


それはサウスフィガロから帝国軍が向かって来ていると情報が入り、リターナー本部からナルシェへ逃げる道中での出来事からだった。


ナルシェへの道程、レテ川。
そこに大きなイカダを浮かべて川下りをしていた時、いきなり襲い掛かってきた紫色の独特な話し方をするタコ。
その脚に絡め取られて川の中に引きずり込まれてしまった。その後のことはとんと覚えていない。
気が付いた時には川岸に流れ着いていた。死ななかったのは本当に運が良かった。

そのあと各地を旅して回ってる隊商にうまいこと拾われて、今に至る。

ティナたちがどうなったのか、分からない


近くには民家がぽつんと一軒だけ立っていて、私はチョコボから離れるとそこの井戸へ歩いて行った。
すでに何人か井戸の周りにいて、隊商の人が水を汲みながら、同じく旅の人だろうか?誰か、隊商の人ではない誰かを交えて情報交換をしているのが聞こえた。


「帝国がドマに向かって進軍しているらしい。」

「私たちはドマに向かっているんだが…。」

「別の街へ行くにしても山越え出来るほどの物資が今はない。どちらにせよドマを避けて行くには…。」

「戦争するとなるといろいろ物入りになる。儲けるチャンスじゃないか?」

等々情報が交錯する。


私は黙って水を汲み終えると、チョコボに水を飲ませた。


ドマに向かっていたのにタイミングが悪く帝国間で戦争が起ころうとしているらしい。

帝国……ナルシェに向かっているだろう仲間たちを思った。

仲間たちと離れ離れになって心細いけど、ナルシェに向かえばきっとまた会えるような気がしていた。
危機感が無いと言われればそうかもしれないけど、現状慌てても仕方がない。


地理は詳しくないけど、ナルシェへ行くにはドマに行くのは避けられないらしいし、私としては戦いが始まる前にドマに着きたいかな…


チョコボが水を飲んでいるのを見ながら『これからどうするかはリーダーの決定次第だから私が考えてもしょうがないか』っとぼんやりと上の空に思った。

チョコボは水浴びをしたいのか、羽を少し膨らませながら身体を震わせる。私は少し笑ってチョコボを撫でた。


その後隊商は南下し、ドマへ向かうことになった。




それから数日後、いつものように隊商は野営のためにテントを張って、私が珍しく寝つけない夜の事だった。


なんだろう。なぜか、落ち着かない。


テントから這い出して外に出ると、周りは松明に照らされたテントと寝ているチョコボ達の姿だけが見えた。

周りは草原が広がっているけど、今は月の光も厚い雲に遮られていて闇だけがそこにあった。
この暗闇が私の不安を余計に煽るのだろうか…。

このざわめきはフィガロ城にいた時に感じたものと似ているかもしれない。フィガロに炎が放たれて、兵士が部屋に飛び込んできたあの夜の時と。

けれど外は暗いものの、これと言って異変があるわけでも無かった。


やっぱりそういう嫌な予感というのは的中するもので、私が何も外に変化が無いとテントに戻ろうとしたとき、突如周囲が明るくなった。
それは橙色の光で、誰かが明かりをつけたにしては明るすぎて。目の前で炎上しだしたテントに私は咄嗟に後退して転び尻餅をついてしまった。

驚くような速さで炎はまわってあちらこちらから炎が噴き出した。

テントから慌てて出てくる人の騒ぎ声も聞こえて、それが始まりの合図かのように何かが起こった。夜の帳に亀裂が入る。

銃声が近くで聞こえた。



座り込んだままでいると頭上から声をかけられて、顔を上げると見知った顔があってほっとした。
その人は言う。「走れるか?」私はその言葉に無言で頷いた。

「東のルートへ。ここから離れるんだ。」

と、筒音がし、目の前の人の身体が大きくグラついた。年季の入ったほつれのある衣服が赤く染まっていくのを見て血の気が引く感じがした。

膝をついたその人にトドメを刺そうと影が近寄る。銃を構えてやって来たのは帝国兵で、引き金に指を番えて銃口をこちらに向けていた。
私と、目の前の人、どちらから先に射止めようか考えているようで間もなく私の方に銃口が向けられた。
撃たれたこの人は放って置いても死ぬだろうと考えたのだろうか。

こんな危機的状況で、でも身体は動かず情けないことに立ち上がれない。
銃口をただただ見つめていると、チョコボの鳴き声がした。

黄色い巨体が帝国兵に強烈な脚蹴りを食らわした。蹴りをまともに食らった帝国兵はテントに突っ込んで姿が見えなくなった。

チョコボが励ましてくれるように近くにやって来る。

「斎、こいつに乗って逃げてろ。」腹から血を流しながら撃たれた人は言った。

チョコボの手綱を握って私はその人を見た。

「あなたは?」

「俺は傭兵だからな。こういう時に働かないと給料ドロボウになっちまう。」


そうか、この人は覚悟しているんだな。仕事柄、死が身近にあるからそうなのかもしれない。

たぶんもうこの人に会うことは無いだろうな。
その人にこっそりケアルをかけるとそのままチョコボに乗った。


鼻の奥がツーンと痛んで、目頭が熱くなる。

焦げた臭いがまとわりついてくる。
人の叫び声、命乞いする声に銃声。聞くに堪えなくて、私はチョコボを走らせて戦いの渦中から抜け出す事にした。


が、幾ばくも走らない内にその走りは止まった。

銃声が近くに聞こえて、乗っているチョコボのバランスが崩れて前のめりに倒れた。
撃たれた。絶望的にもすぐそうだと分かって、地面に投げ出されてしまったけど、恐怖からすぐ立ち上がった。
倒れたチョコボに近寄るとやはり被弾していて、涙が出た。

傷口を確認してみたところ弾は貫通していたようで、そのまま回復魔法をかける。
私の魔法でどこまで回復できるのか正直分からない…でも無いよりはマシ。

周りはこんなに熱いのに肌は泡立つようで、膝に震えが走っている。

私が回復に勤しんでいると草を踏む音が近づいて来るのが聞こえて、思わず振り返るとすぐそこまで帝国兵が来ていた。
帝国兵の手に持った得物が迫っていて、足がもつれた拍子に得物の先が肩にあたった。

肩に焼けるような熱を感じる。生暖かい液体が衣服に染みた。


鋭い切っ先が鈍く光ったのを見て、私にもやっと死という言葉が脳内に浮かんだ。

この世界に来てここまで何とか五体満足で生きてこれたわけだけど、それももうお終いらしい。

こう言ったらなんだけど、こちらの世界に骨を埋めるのは悪く無いと思ってる。
けど、ティナたちと合流できなかった事が。ティナを置いて行ってしまうことが何より悔しい。

彼らが私が死んだことを知ることさえも無いのだろうと考えると、死ぬっていうのはなんて寂しいものなんだろう。

喪失感に呑まれて、けれど死ぬことを強いられているようなこの状況では拒むことすらできない。
それに考えれば考えるほど恐怖は色濃く脳髄を揺さぶってくる。私は考えないように努めた。




―――――が

帝国兵が腕を振り上げて私が思考するのを止めた時、突然 人体発火したように帝国兵の身体が炎に飲み込まれた。

叫び声をあげながら体についた火を消そうと目の前で転がる姿はあまりにも必死で。
私は阿呆みたいにその光景をただ見ていた。何が起こったのかと目を瞬きさせながら。

生きながら体が燃える苦痛にあげる断末魔は次第に小さくなって、ぷつんと糸が切れたようにすべての動きを止めた。

横たわる肉が燃えているだけ。

肉の焼ける臭いとゲロが出そうな異臭が混ざって鼻腔を刺してきて、目の前の光景が歪んだ。目眩がする。



夜の闇に紛れて高笑いが聞こえた。それはどんどん近づいて来ていて…。聞き間違えるはずもない、この笑い声は。

「斎ちゃ〜ん?」

やはりその人は頭の中に思い浮かべたそのまんまの人物だった。
こんな広大な高原で出くわしてしまうなんて運が悪いとしか言いようがない。

彼は。ケフカはフィガロでの事もあるし敵なのだけれども、今は彼の存在が有り難く感じた。
死に直面した恐怖がまだ頭に残留しているけど、それに混ざって今は少し。ほんの少しだけ安堵している自分がいて。
とてもじゃないけどそのことを認めたくない自分もいて。

かさぶたを引っぺがしたくなるような、スッキリしない嫌な気持ちになった。


黙っているとケフカはどんどん近づいて来て、私は慌ててチョコボの方を見た。
未だに横になったままのその巨体に触ると腹が上下に動いている。チョコボは頭を上げると小さく鳴き声を上げた。
走るのはやっぱり無理そうだ。


逃げようと走り出そうとしたら目の間に炎が回り込んできて、それは私の前に壁になって逃げ道を塞いでしまった。
もうこうなってしまったら、サーカスの獣みたいに火の輪潜りができる度胸がないと通れない。

と、腕を捻りあげられるように掴まれて膝裏に痛みが走ったと思ったら、私は地面にへたり込んでいた。
ケフカに足を蹴られたと気づくのに少し時間がかかった。


「逃げるな、斎。」

名前を呼んできた人物を見上げても何と言ったら良いのか。言葉がしばらく見つからず、半ば放心したままで。
感情が追いついて来ていないようだ。
でたらめに絵具を混ぜた色ような形容しがたいあの、何とも言えないものがこみあげてくる感じ。

「泣いていたのですか。可哀想に。」ケフカは口元に冷たい笑みを浮かべていて、とても本心で慰めてくれている様には聞こえない。

ケフカは私の腕をつと離し隣にしゃがみ込むと、緩慢な動きで腕を私の背中に回すと引き寄せてきた。

「…ケフカ?」

「うふふ、アナタが壊れなくて何より。こんなところで会えるなんてぼくちん運命を感じますよ。」


心臓が鼓動する度に胃の中がひっくり返りそうな不快感と、思い出したように肩の傷が痛みだした。
耳元に心臓があるみたいに脈が煩くて思わず頭を垂れた。


「しばし寝ていなさい、ね。」

ケフカの手の平が額にかざされた。

ふと目蓋が重くなった。気分は悪かったけど、眠くは無かった。こんな状況で眠気なんて起きる筈もないのに。
突然睡魔が襲ってきてそれがケフカのせいだとすぐに分かったけど抗えなかった。

周りの喧騒が薄らぐ意識に遠ざかっていく。


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