コルツ山


エドガーは山小屋で老人と話した後、何か思うことでもあるのか急ぎ足だった。


山を登っている途中、私とティナは一行の後ろの方でこそこそと話をしていた。

「魔法を使うってどんな感じなの?」

「どんな感じって……。」私の質問にティナは首を傾げる。

「私にも魔力があるってこの間ティナに教えてもらったけど、今でも自分じゃ実感がなくて。私も魔法使えるようになりたいんだけどムリかな。」

戦闘に参加できないっていうのが自分的にネックに思っていた。
ティナもエドガーもロックも私が戦えないことを悪いとは思っていないだろうけど。でも、それでは私の気が済まないから。

「きっと練習すれば斎にも使えるようになるわ。」

「本当!?」

そうティナと話に花を咲かせていたら、何か嫌な感じがした。なにかに見られているような。


「……?」ふと上を見上げた。コルツ山の険しい岩肌だけがある。

「…どうしたの?」ティナが怪訝そうに聞いてくるから、私は心配をかけたくなくて笑顔で返した。

「あ、ううん。気のせいだった。」


でも、その気配は気のせいじゃなかった。

コルツ山を抜ける途中、私達は何者かの影が横切るのを何度も見た。
何者なのかは分からないけれども、怪しい奴。

帝国からの追手かもしれないと、気を引き締め、更に山の上に登って行く。


山頂付近には山の峰と峰を繋ぐ長い橋がかかっていて血の気が引く感じがした。高いところが怖いわけじゃない。
でも、こんないつ壊れてもおかしくないような吊り橋を渡ることになるなんて!

クマにでも追いかけられているような緊迫した状況にでもならなければ渡りたくない……


「うそでしょ…。」眼前に広がる景色に思わずそう呟くと、エドガーが振り返った。

「高いのは苦手か?」

「苦手じゃないけど、少し怖いだけ。」

「大丈夫さ。わたしが渡っても平気だったら、ヘルマが渡っても落ちないだろ?」

「うん。」

「さっきからうろついてる影が気になる。早く渡ってしまおう。」エドガーを先頭に準々に吊り橋を渡っていく。

ティナが渡りきって最後に私が吊り橋を渡り始めた。高いところは怖くない。怖いのは吊り橋が壊れないかだ。
エドガーとロックが無事に渡れたのだもの。私が渡れない筈がない……。

自分に言い聞かせるように一歩ずつ足を動かし、吊り橋もやっとこ折返し地点に差し掛かった時、突然橋の向こうで騒ぎが起こった。

こんな時にモンスターの襲撃?


私が目を足元から前方へ向けると、そこには大柄の筋骨隆々な男が立っていた。

「マッシュの手のものか?」男は言った。

「何者だ?」とロック。

エドガーは「マッシュ?マッシュがいるのか?」と言って、会話のキャッチボールができていない。が、男は気にせずさらに言葉を続ける。


「知るか!ふっ、貴様らが何者とて捕まるわけにはゆかん。このバルガスに出会った事を不運と思って死んでもらうぞ!!」と、穏やかじゃない事を言い出した。

人の話しを聞くつもりがないのか急に戦闘が始まった。
私は未だに吊り橋を渡りきっていない。こんな状況で暴れられたらひとたまりもないのだが。

そうこうしている内に、バルガスと名乗った男の放った技で皆飛ばされてしまった。


目の前には敵意を向けてくる大男。足元は不安定。

バルガスは次は私を吹き飛ばすおつもりなのか、吊り橋に足を踏み入れた。

「ああ、もう最悪…。」私は今度は吊り橋の上を後退し始めた。

吊り橋がバルガスが歩く度に大袈裟に上下するから視界までぐらつく。

「女でも容赦はせん。俺を追ってきたこと、後悔するんだな。」

本当に自意識過剰な勘違い野郎だな!


どんどんと距離を縮めてくるバルガスになりふり構わず走りだそうとしたら、突然何かが割れる音がしてガクッと身体が落ちる感覚がした。階段を一段踏み外した時のような感覚。足元の板が割れた。
落ちはしなかったけど、驚いて絶句して、サイドの太く編み込まれた縄を抱き込むように座り込んでしまった。

駆け抜ける強風に身がすくんで動けない。


と、「やめろっ!バルガス!」そう誰かの静止する声が聞こえた。

吊り橋が一際大きく揺れた。
顔だけ後ろに向けるとそこには知らない人がいて、バルガスに向かって声を上げる。

「バルガス、なぜ…なぜダンカン師匠を殺した?実の息子で兄弟子の貴方が!」見知らぬ人は話しながら吊り橋を渡ってくる。重量オーバーにはならないかな?

「それはなあ…奥技継承者は息子の俺ではなく…拾い子のお前にさせるとぬかしたからだ!」

「違う!師は貴方の……。」

「どう違うんだ?違わないさ、そうお前の顔に書いてあるぜ!」

「師は俺ではなく……バルガス!貴方の素質を……。」

「たわごとなど、聞きたくないわ!俺自らあみだした奥技!そのパワーを見るがいい!!」

バルガスという人は本当に他人の言葉に耳を貸さない。自分勝手さについては他に類を見ない……いや、でも良く考えたらもっとひどい奴と会ったことがある。

それはいいとして、今まさに戦いが起きようとしているそのど真ん中に私はいて、直後、私はバルガスの先制攻撃に巻き込まれてしまった。ティナ達を吹き飛ばした技で。

吊り橋から落ちたら必死だ。身体が宙に浮いてさすがに死ぬかと思った矢先、後ろにいた男の人が咄嗟に私を捕まえてくれた。

バルガスにも負けないがっしりとした体型で、ほっとする。

風が止んで顔を上げると男の人と目が合った。

「大丈夫か?」

「ありがとう…ございます。」結局誰なんだろうこの人…

先程からの会話から察するに、身内間のいざこざっぽいけど。

「早くここを離れるんだ。」そう促されて私は吊り橋を回れ右して戻って行った。地面に足がついてるって素敵だと思う。

振り返って吊り橋の上の二人を見た。


早く吊り橋を渡れるようにしてもらいたいところだけど……

「さすがはマッシュ!親父が見込んだだけのことはある男。」

「や…やるのか。」

「宿命だ。そしてお前には私を倒す事はできぬ!それもまた、宿命だ!!!」

と、戦いは避けられないようで、二人の戦いに決着が着かない事にはティナ達とは合流できそうにない。

吊り橋が大きく揺れているのにも関わらず、二人は戦い始めた。

良い方のムキムキはマッシュっていうのかとか、こんな時にモンスターでも来たらどうしようとか。色々考えながら戦いを傍観していると、マッシュがバルガスに向かって一際大振りな攻撃を仕掛けた。それはバルガスの攻撃の隙を突いたもので、まともに受けたバルガスが苦しそうに呻いた。

「うが、がぁっ!!す、すでにその技、を……。」

プロのボクサーの拳は人も殺せる凶器だとよく言われているけど、確かに私が食らったら昇天ものだ。

バルガスは余程のダメージを受けたのか、息をするのもしんどそうにフラフラと吊り橋の側面へと倒れ込んだ。吊り橋の手すりから乗り出した体の重さに、足の踏ん張りでは留まりきらずそのまま吊り橋から落ちていった。

一部始終目撃してしまった私はだいぶ気分が落ち込んだ。ほとんど他人のような人でも、その死に様を見てしまうというのはやっぱり気分が悪い。

「貴方のその、驕りさえなければ…師は………。」バルガスが落ちた方を見ながらマッシュが呟いたのが聞こえた。

「…大丈夫?」近づいて声をかける。

マッシュはゆっくり視線を上げた。

「ああ、大丈夫。ところで、君は?」

「斎といいます。」

「俺はマッシュだ。巻き込んですまなかったな。怪我は無いか?」

「大丈夫!」


「マッシュ!」と声がした。この声はエドガーだ。
吊り橋の向こうからエドガーご一行がやってくるのが見える。一体どこまで飛ばされてたのか。

「兄貴?」とマッシュ。


ん、兄貴?

聞き間違いでなければ『兄貴』と言った?

だとしたらエドガーとマッシュが兄弟?全っ然似てない。

マッシュと一緒に吊り橋を渡ってエドガー達とやっと合流した。


「お、弟?例の双子の!?」ロックも初めて会うようで驚いた声をあげる。

「お…弟さん?私、てっきり熊かと…。」もはや人間とすら認知していなかったティナ。

「熊ァ!?」マッシュは驚いて大声を上げて、そして楽しそうに笑った。
「熊か…そりゃあいい!それより兄貴。いったい何だってこんなとこに…。」

「サーベル山脈に行くところだ。」

「もしや…地下組織リターナーの本部?とうとう動き出すか!陰ながら冷や冷やして眺めていたぜ。このままフィガロは帝国の犬として大人しくしているのかってな。」

「反撃のチャンスがきたんだ。もうジイヤ達の顔色をうかがって帝国にベッタリすることもない。」

「俺の技もお役に立てるかい?」

「来てくれるのか?マッシュ。」

エドガーにマッシュは頷いた。

「俺の技が世界平和の役に立てばダンカン師匠もうかばれるだろうぜ!さ、早いとこ行こう!」


そうして新しい仲間を加えてコルツ山を下山したのだった。


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