サウスフィガロ
周りは陽気な話し声と、食器がこすれる音で囲まれている。
久しぶりに人の多い場所に来て少し心が浮くようだ。
ロックとエドガーは旅に必要なものを買いに。私はティナといっしょにバーに来ていて、カウンターに座ったところだ。
「飲みやすくて甘いお酒お願いします。」
「おっけー。それならいいのがある。そっちのお嬢さんは?」おじさんの目がティナに向く。
「私は水で…。」
おじさんがグラスを手に飲み物を準備し始めた。
私はやっと一息つけると、息を深く吐いた。
私には関係のないことだけれども、エドガーはティナに会ってもらいたい人がいるらしく、そこに向かっているのだ。
サウスフィガロまでやっと到着はしたものの、目的の場所まではまだ山を超えなければならないとロックが言っていた。
そのうえ、チョコボは山越えには適さないらしく、狭い通路でモンスターに出くわしたらまず足手まといになるらしく連れてはいないから、今度は徒歩で。
徒歩で。
今から先が思いやられる。
飲み物が来るのを待っていると、足元で何か黒いものが蠢いて、ハッとして視線を落とすとそこには犬がいた。
「犬がいる。」私が声に出すと後ろからティナも覗く。
余程躾がされているのか、足元の犬は伏せをしたまま大人しくしている。よく警察犬とかで有名なドーベルマンのようだ。かっこいい。
飼い主は誰だろう?と、視線を上げるとカウンターのその奥側に、1人座っている人がいて、直感的にではあるけど、その人が飼い主だろうと思った。
パッと見ただの怪しい人にしか見えないけれども、犬はその人を気にするように目を向けていたから。
顔を服で隠していて素顔はとんと分からない。まあ、きっと、たぶん顔を見られたくないんだろうな。と、それだけ思って椅子に座りなおした。
丁度お酒も出来ておじさんがカウンターに置いてくれたことで、意識は完全にそっちに向かった。
赤い半透明な液体の中に、果物の小さい切れ端がいくつか入っている。ワンポイントに花が。
一口飲んでみるとお酒とは思えないくらい甘くてジュースのようだった。
そこまでは良かった。 そこまでは。
どこから記憶が飛んだのかさえ曖昧で、よく覚えていない。というか完璧に寝落ちをしてしまったわけで。
酔って暴れ出すよりはマシだとは思うけど、酔ってそのままカウンターで寝てしまったそうで、目が覚めると宿のベッドで横になっていた。
目が覚めた直前、自分が何処にいるのか分からなくなったけど、落ち着いて考えると部屋を借りていた宿だと気づけた。
起きてしばらくするとティナが部屋にやって来た。
「斎、おはよう。…大丈夫?」
「おはよう。大丈夫、だけど。寝る前の記憶が無い。」
「昨日は斎、お店で寝ちゃって…。覚えてないよね?あの後ロックとエドガーがいなかったから、あの、同じカウンターに座ってた人いたでしょ?あの人に手を貸してもらって、斎をここまで運んでもらったの。」
「ツラい。」頭を抱えてベッドの上で転がりまわる。見ず知らずの人にえらいだらしない所を見られてしまった。穴があるなら入りたいとはまさにこのこと…。
でも、過ぎたことをいつまで考えていても仕方がない。
そういえば……
「今日だよね?ここを出発するのって。」
ゆっくりしている暇はあまりないとエドガーが言ってたのを思い出した。
帝国に追われているのだからそれは当たり前なのだけど、正直疲れも取れていない気がしてもっとだらだらしたい。
「そうなの。エドガーは斎が起きたらすぐにでも出発したいみたい。」
「ああ、まあ、そうだよね。すぐに準備するってエドガーに言っておいてくれる?」
「分かったわ。」
寝落ちたものの二日酔いはない。むしろいつもより睡眠時間が沢山とれて気分が良いくらいなんだけど、やっぱりもう少し休みたかった。