フィガロ城 III


乾いた風が頬を撫でる。


ここの風はナルシェとは全然違う。
温度も。風で飛んでくる物も雪ではなくて砂だし、肌に当たると痛い。

私は城から少し離れて、砂山を駆け上っていた。ハタから見れば、その姿は少し子供っぽくも見えるだろう。

ティナは部屋で休んでいる。
私は気分転換に外の風に辺りに来ていたのだけども、フィガロの風は乾いていてあまり気分転換にはなりそうもない。


そこから臨める世界は一面砂色。
面白いくらいに。


私はなんでこの世界に来てしまったんだろう。と、今更ぼうっと思った。

こんなぶっそうな世界で生き残れるかな。
でも、元の世界に未練があるわけでもなくって、帰りたいとは思わなかった。



ティナと一緒にここまで逃げるようにやってきたけれども、私はここでティナとお別れすることになる。
戦うことに関してはやっぱり足手まといだし、私には旅を続ける理由がないから。

ティナは私の事を心配してくれていた。ティナの方が危険な旅に出るって言うのに…。


しばらくしてほとぼりが冷めたらナルシェに帰ろう…。
ナルシェでおじいちゃんの手伝いをしながらスローライフを満喫するのもいいかもしれない。


そろそろ城に戻ろう。

踵を返し歩きだしたら、足の真下。砂の中で動くものがあった。

驚いて1歩2歩と後退すると、砂の中からモンスターが飛び出してきた。知らずに踏みつけてしまったらしい。
一見、エイのようにも見えるそのモンスターは怒っているようで私に飛びかかってきた。

やばい。殺される!

そう思ったとき、視界がくらんだ。


――と、目の前のモンスターが突然炎上した。顔に熱気がかかる。

呆然とその光景を見つめる。火が消えた時、そこに残っていたのはまる焦げの何かで。
ああ、でも臭いは焼き魚っぽいかもしれない。

何でいきなり燃えたのだろう…?

頭ははっきりしているのに、心臓はどくどくと煩くて身体を動かす気になれない。
気が抜けてよろけると、背中を支えられる感覚がした。

その時視界に映ったものはこれでもかと塗りたくられた白に、独特な化粧を施された顔面で。


「…!?」

驚いた拍子に思わず目の前の人を少しだけ突き飛ばしてしまった。

突然の出来事に慌てて目の前の人物から距離をとろうとしたけれども、突き飛ばした際に手首を掴まれてしまって離れられない。

「命の恩人に対して塩対応だね。おまえのお陰で俺様の服は砂だらけだっていうのに。」

と、わざわざ責めるような口調で言ってくる道化に『なんか性格悪いな』と思い顔を上げる。


っていうか、どうして砂漠にピエロがいるんだろう?

あまりに変。とても暑そう。

この世界では割とよくあることなのか?


ピエロ姿の男の後ろには鈍い光を照り返す鎧をまとった二人組の兵士が控えるように立っていた。
その格好はフィガロのそれではなくて、私はあの格好を覚えている。帝国の鎧だ。

そしてその帝国の兵士二人は私の方に狼狽えているような視線を向けている。

その視線は私と、目の前の道化を交互に見ているようで。
嫌な予感がした。


「すみません。」

お辞儀をする。

早々に立ち去った方がいいと胸の虫が騒いでいる。


――が、一歩踏み出したけどそれ以上進めない。

男が。道化の男が私の腕を掴んだ手を離してくれない。


顔を見上げるとペリドットの瞳と目があった。
その瞬間、心臓を直に鷲掴みされるように、無意識に身体が強張るのを感じた。
この人、やばい人だ。そう直感が告げている。

いや、見た目からしてやばい要素しかないけどね?


「珍しい髪の色をしている。ドマの方には黒髪の血筋があるというがそれか?」

「え?」

道化の赤く塗りたくられた指先が髪に絡まる。

「あ、あの…」

一体何を?そう口にしかけた時、道化の瞳が怪しい光を灯しているのに気付いた。上機嫌な甲高い声が耳に刺さる。


「決めた!おまえを僕ちんの新しいお人形にしてやる!」

「!?」

ぼくちん?おにんぎょう…?何を言ってるのこの人…何だか怖いよ…。


私の髪を撫でていた手が頬に触れた。

「髪の毛は黒いのに、肌は雪の様に白いですねえ…。あまりに。この場所にはそぐわない。異質な存在だ。」

雪…私の脳裏にはナルシェの一面の雪景色が浮かんだ。


「あなた、ここの住人ではありませんね?」その言葉に、心の内を見透かされたような気がして肩が震えた。

確かに、フィガロの住人なら空からの太陽の光と砂漠の照り返しで日焼けしてなくてはおかしい。

駄目だ。ナルシェから来たと知られてしまえば、ティナの存在を悟られてしまうかもしれない。

けれども身体のふるえは私の意思とは関係なしに止まらなかった。
そんな私の様子を知ってか知らずか、ピエロの口は愉快そうにゆがんだ。

「まぁ、いいでしょう。それより、あなた、名前は何というのです?」

顔をずいっと近寄らせて。


「斎!」

聞き覚えのある声が聞こえて、私は声のした方を見る。助かった!エドガーだ!

「彼女を離せ。わたしの大事な客人だ。」

「なるほどぉ〜斎、ちゃんですか〜。って、これはこれは砂のお城の王様ではないですか。」道化の男がエドガーの方へ顔を向る。


その道化さながらのおちゃらけた、ふざけた言葉にエドガーの眉根がよるのが見えた。

「ガストラ皇帝直属の魔導師ケフカがわざわざ出向くとは、同盟を結んでいる我が国にも攻め込まんという勢いだな?」

「それは、お前の言動に寄りけり…。帝国から一人の娘が逃げ込んだって話しを聞いてな。探している。」

「知らないなあ。娘は星の数ほどいるけどなあ…。」

「隠しても、何もいいことはないのにねえ…ヒッヒッヒッ…。」

狂気が見え隠れする笑い声。背筋が凍りそう。

「ま、せいぜいフィガロが潰されないように祈っているんだな。」

道化の男ケフカはエドガーにそう言い捨て、目を白黒させている私にまた顔を近づけてくる。

「斎、また迎えに来ますからね。」と嫌な言葉を放って、私から手を離した。

高笑いをしながら何処へか去っていくケフカ。その後ろ姿を見送りながら、ほっと息を吐いた。
砂漠の熱も混ざって喉が焼けるようだ。

この十数分いや数分かもしれないけど、ケフカの前に対面している間生きた心地がしなかった。
ここまでの道すがら出会ったモンスターのどれもが及ばないような恐怖を与えてきた人間。


つくづく人間は恐ろしい。下手なモンスターよりもずっと怖い。

もう会いたくないなあ。


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