ナルシェ 〜 ロック合流
ここはナルシェ。というらしい。
私はナルシェの村長の家に居候することになった。
帝国の密偵ではないかと疑われたり、出身をあやふやにする私に
ガードというこの国の自治体の人達は私にいい顔をしなかった。
けれども優しい村長さんが私を庇ってくれた。
ここまでの細かいいきさつは、べつに省いてもいいだろう。
とにかく、ナルシェでなんということもなく平和に過ごしていた。
我ながら自分の適応能力の高さには恐れ入ってしまう。
ある日、帝国から魔導アーマーがやってきたとガード達は天地がひっくり返ったように大騒ぎ。
その騒ぎは私の耳にまで届いた。
警備犬まで出払って、私はユミールが心配になった。
ユミールはまたいつもの様に炭鉱にいるだろう。
初めてここに来た時と同じようにそこにある氷漬けの幻獣を守って。
村長には家から出てはいけないと、うんざりするほど言われたのだけれども。
帝国の魔導アーマーというのも見てみたい気もするし、ユミールの事が心配なのもあって私はこっそりと炭鉱に向かった。
運命。という言葉は嫌いだけど、私が炭鉱に向かって彼女と出会った事を表すにはその言葉が一番相応しい。
誰にも会うこともなく、炭鉱の入口まで来れた。
炭鉱の内側から吹いてくる風はいつもと違う臭いをつれていた。
何か焦がしたような苦い臭い。嫌な臭いだ。
妙に心臓がざわつく。
洞窟の奥には3つの大きなロボットがあって、その上にそれぞれ人が乗っているのが見えた。
あれが魔道アーマーというやつのようだ。
魔道アーマーに乗った帝国兵たちはユミールを倒し終えたところで、目の前の氷漬けの幻獣へ向かって行っていた。
ユミール…悪い子じゃなかった。
魔道アーマーに乗っている人に目を向ける。
2人はいかにも兵士のような出で立ちで得何も感慨も浮かばなかったけれど、
もう一つ真ん中の魔道アーマーに乗っている人物を見て驚く。
私と幾ばくも歳が変わらないだろう女の子が乗っていた。
その表情は何を考えているのか、ボーっと一点を見つめたまま動かない。
岩の影に隠れて様子を窺っていると、突然幻獣が光を放ちだした。
光が収まると、女の子と共にいた二人の兵士は、乗っていた魔導アーマーと共に姿を消した。
女の子は魔道アーマーから落ちて地面に倒れている。
私は様子を窺いながら近づく。
ユミールが倒されたと知ったら、ガードの人達はすぐさま駆けつけるだろう。
私はどうするべき?
地面に倒れている女の子はとてもじゃないけど噂に聞いた帝国の悪い人のイメージとはかけ離れていて……
ほっておけない。
このまま、置いて行ったら私はこの先思い出しては後悔することになるだろう。
私は彼女を背負うと急いで炭鉱から抜け出した。
ガードの喧騒は遠く、私は家までガードに見つかることもなく無事に戻ってくる事ができた。
村長は家に戻ってきていて、扉の音を聞いて奥からすっ飛んでくると、背中の彼女を見て驚いた顔をした。
「その娘はまさか帝国の…。」
「おじいちゃん、この子匿ってあげてよ。村長でしょ?」
「とりあえず、ベッドに寝かせてあげなさい。」
自室まで行き、ベッドに彼女を寝かせてあげた。
気絶しているだけのようで、呼吸は穏やかだ。少し安心した。
しばらくすると隣に村長が来て難しい顔をして言う。
「頭のサークレットを取ってあげなさい。」
頭のサークレット…この西遊記のサルみたいな頭飾りのことだろう。
私は頷くと頭の輪っかをとった。こんなにきつく巻いて頭、痛くないのかなあ。
村長に輪っかを渡す。
「これは操りの輪といってな。人を意のままに操るために帝国が作ったものだ。」
「へぇ、じゃあこの子、操られてただけで悪い人じゃないんだ?」
「そういう事になるかの…。操りの輪が取れてしばらくは意識は戻らんじゃろう。」
「ここは…」
1時間ほど経っただろうか。彼女が意識を取り戻した。
「おじいちゃーん!」
私が村長を呼ぶと彼女がこちらに目を向けた。
手を振ってみたけど、振り返してくれるわけでもなく、頭が痛いのか手で押さえながら俯いた。
「ほう…あやつりの輪が外れたばかりだというのに…」村長がやって来た。
「頭が…いたい……」
「無理をするな。これは、あやつりの輪。
これをつけられればその者の思考は止まり、人の意のままに動くようになる。」
「何も思いだせない…」
「大丈夫。時間がたてば記憶も戻るはずじゃ。」
「私…名前は…ティナ…」
「ほう、強い精神力を持っておる。」
と、外が騒がしくなり、家の扉が叩かれる音がした。
ここを開けろ!
魔導アーマーに乗っていた娘を出せ!
ここを開けるんだ!
娘をだせ!
そいつは帝国の手先だぞ!!
斎が村に招き入れたんじゃないのか?
外から聞こえる怒声。その中に自分の名前を呼ぶ声もあってキモが冷える。
帝国の密偵じゃないかと前から疑われていた上に、今回帝国の子助けちゃったからなぁ…。
「帝国…?魔導アーマー…?」
「とにかくここを出るんじゃ。わしが説明してもやつらは聞かんじゃろう。斎お前も行きなさい。」
「…え!?」
「お前も疑われている。わしの仲間にすぐに追わせるから、その人と共に南のフィガロという国に行き身を寄せるのだ。分かったな?」
本当は温い家から出て外の危険に晒されるなんて御免こうむるところだ。
けれど、状況が状況だし、ガード達は仲間を殺されて相当頭にキていて村長のいう事も聞かない様子…。
それに、体調が優れない女の子を一人にするのは忍びない。
私が渋々といった風に頷くのをみて、村長は家の裏手に向かう。
「こっちじゃ。裏の炭坑から逃げれるはず。ここは、わしが食い止める。さあ、早く!」
「じゃあね!おじいちゃん。」毛布とパンと水筒を引っ掴む。
私は未だ狼狽えているティナの手を掴むと外に飛び出した。
外はまだ夜の深い時間。雪を交えた風が寒い。
「はい、ティナ。私は斎。よろしくね。」
炭鉱に入って足こそ止めないけれども、ティナの肩に毛布をかける。
「ありが…とう。」ティナは相変わらずビクビクネズミで顔を見てくれない。
記憶が無くなって、右も左も自分の事さえも分からないのだからそうなっても仕方がない。
誰を信じたらいいのか分からないのは、たぶん、私が想像しているよりも怖いことなのかも。
私はティナと仲良くなりたい。お互いわけありの事情を抱えているし、歳も近いように見えるし。
まずそれにはティナに信用してもらわないといけないのだけれども……
が、そう考えているのも束の間、後ろの方から「あそこにいるぞ!」っと声が。
急いで振り返るとガード達が追ってきていた。
走って炭鉱を抜けようとしたが、その出口からもガードがやって来て挟み撃ちにされてしまった。
ティナと壁を背にして洞窟の奥まった場所に追い詰められてしまう。
逃げ場がない!
混乱する思考の中、突然追い打ちをかけるように足元の地面が崩れた。
派手な音を立てて下の階層に落ちる。
息を忘れるほど身体に凄い衝撃が走って、痛みに倒れたままで動けなくなった。
腰の横。足の付け根辺りがとてつもなく痛い。
痛みが動ける程度に引いて、やっとこ立ち上がると、近くにティナも倒れているのに気付いた。
「ティナ!」
驚いて近づくけれども返事は無く、死んでしまったんじゃ?と心臓が針に刺されたように痛くなったけど、
息はちゃんとしているのが分かって杞憂に終わった。
目立つ外傷も無いみたい。
落ちてる毛布でティナの身体が冷えないように包む。
ここまでガードは追ってくるだろうか。
私が途方に暮れていると、突然頭上から飛び降りてくる人がいた。
「待たせたな!話に聞いた通りの黒髪…きみが斎だな?」
「あなたは?」
「俺はロックだ。村長のじいさんから聞いてないか?」
この人が村長の言っていた仲間のようだ。
どうなるかと思ったけど、天はまだ私を見捨ててはいなかったらしい。
「いたぞ!」安心したのも束の間、岩が複雑に積み重なっているその奥からガードの声がした。
「大勢来やがった!斎、奥へ下がるんだ。」
―――クポー…―――
私の背後の坑道から何かの声がした。
驚いて振り返った私が見たのは、その奥から出てきた白いモフモフの妖精のような生き物たちだった。
「モーグリ…助けてくれるっていうのか?」と、ロック。ロックはこの生き物たちを知っているようだ。
「クポー!!!」
言葉は違うけれども、モーグリと呼ばれた生き物たちはやる気満々だと言わんばかりに、手に持った道具を掲げた。
「恩にきるぜ!」
ロックはモーグリたちと協力してガードを退けた。
モーグリは身体は人よりも小さいのに、どこからそんな力が出てくると言うのか、自分より大きなモンスターすら退けていた。
最後に指示塔らしき偉そうなガードをぶっ飛ばし、ロックたちは戻ってくる。
私がモーグリを撫でていると、ロックが私とティナの横に来てしゃがむ。
「斎、君は俺が責任もってフィガロまで連れて行くからな。」そう言ってロックはティナを背負う。
「クポー」モーグリたちは次々洞窟の奥へ戻って行く。
「モーグリ、ありがとう。」なんて賢い生き物なんだろう。私はお礼を言った。ロックもモーグリに声をかける。
最後に私が撫でていたモーグリが洞窟に消えるのを見送り、私たちも出発した。
私たちはナルシェを後にした。