開演


雪と炭鉱の町ナルシェに騒動が起こった。

それは炭鉱の奥から氷漬けの幻獣が掘り出されたその夜の事で、
ガード達が帝国に対して警戒を強めていた時だった。


掘り出された幻獣は生きているのか、死んでいるのか。


幻獣は答えも息遣いもせず静かなものだったが、町の人々が寝静まる頃、炭鉱を守るユミールに異変が起こった。









目を開けると、目の前にぬめっとした壁が見えた。

壁?よく見ると動いていて、私は驚いて立ち上がった。壁じゃない!


少し後ろに下がると、その物体の全貌が見えて私は唖然として口が開いてしまった。

巨大なナメクジのバケモノ?

二つの大きな目がこちらを見ていた。

何をしてくるわけでも無くナメクジは見てくるだけなので、私は落ち着いて周りを見回した。


大して広くは無い洞窟。壁には照明がついていて、ここに人がいるのだと分かって安心した。

私の背後、洞窟の奥の方はおそらく突き当りなのだろうけど、そこには半透明の水晶のようなものがあって、
その中に翼を持った大きな生き物が化石の様に閉じ込められているのが見える。


洞窟の中は涼しいどころか寒いほどだけど、さらに冷たい空気の流れをひやりと感じる。

よく見ると水晶のように見えたそれは氷のようだ。

この寒さなら氷なのも頷ける。


氷の中の生き物はとても死んでいるように思えない。

耳を澄ませば息遣いすら聞こえてきそうな気がして、思わず足を踏み出した。

が、近寄ろうとしたらナメクジが大きな唸り声のような音を出した。

「何ですか。」そう聞いてもナメクジが話し出すわけもなく、また唸り声。

それがこの氷漬けの生き物に触るなという警告のような気がしたから、それ以上近寄るのは止めておいた。


と、私はあることに気付いた。ナメクジだと思っていた目の前の軟体生物が背中に殻を背負っていることに。


「カタツムリ…かあ。」

私がボソッと呟くと、カタツムリは洞窟の中で体を半周させ、氷漬けの生き物とは逆の、通路が続いている方向へ
その大きな体を進ませていった。

双眸がこちらを見るように伸びていて、ついて来いとでも言わんとしているようで。
私は最後にまた氷漬けの生き物の方へチラっと視線を向け、そしてカタツムリの後を追った。




カタツムリの後を追ってたどり着いた場所は洞窟の外だった。

今の季節は冬だったろうか。
雪が積もって、吹く風は肌を刺すように冷たい。

周りは人の手が加えられたものが多くなり、少し安堵という気持ちを覚える。


私は案内してくれたカタツムリの方を向いて「頭良いんだね」と声をかける。
カタツムリはまたグゴゴと音を出すが、今度は先程と違って音が優しく聞こえた気がした。



「ユミール!?なんで洞窟から出てきてるんだ?」と、男の人の声。

雪の中に人の姿が見えたと思ったら、あちらも私の姿を見つけて足を止めた。

「誰だ?」そう聞いてくる男の人の手に武器が握られているのが見えた。動揺して開きかけた口が塞がる。

何と言ったらいいのだろう。『気づいたらここにいました』『道に迷ってしまって』?

思い浮かんだ言葉はどれも説得力のカケラも無い。

下手な事は言えない。そんな殺伐とした雰囲気を目の前の男の人から感じる。


「何を黙っている。」

男の人がそう言ってこちらに歩いてきた。


と、その時、大人しかったカタツムリが突然暴れるように長いからだをくねらせ、男の人に向かっていった。


「ユミール!おい!?ユミ…っ。おーい!!誰か!!誰か…」

カタツムリは私の目の前で男の人をまるで飲み込む様に、その大きな図体で潰した。

人の数倍あるカタツムリに潰されるなんて体験そうそうできないだろう。というか、最悪だ。

押しつぶされるのが自分ではなくて本当に良かったと思わずにはいられない。


間もなく、男の人の叫び声を聞いて遠くの方から騒擾とした人の声が聞こえてきた。

目の前の光景に加えて、場違いな私。

これから私はどうなるんだろう…。近づきある声にどんよりとした気分になる。




まあ、なんとかなるだろう。


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