変[カ]


誰もいない洋服店。

店員もいなくなってしまったのを良い事に私は物色していた。

適当に服をいくつか選んで試着室に乗り込む。


この世界に来てから3日目。
女の子としていつまでも同じ服を着続けるわけにはいかない。

と、言っても制服だから捨てるわけにもいかないから、脱いだら鞄の中にしまい込む。


選んだ服をハンガーから外しながら、昨日セルに言われたことを脳裏に思い浮かべる。




黙って彼の後ろを歩いた時、足元に何もないのに躓いて転んでしまった。

その時の彼が放った言葉。

「みるみる小汚くなっていくな。」


みるみる小汚く?
青春真っ只中の女の子にかける言葉か?


体調が優れないのもあって、さすがに頭にきてしまった。




そういう事もあって、服を着替えようと思ったのだけれども。


服を着替えてる間に外の方からガラスが割れる音が聞こえた。

大きな足音もする。

どうやら彼が戻って来たらしい。
結構な大きさの町なのにもうお食事タイムは終わってしまったようだ。

予想していたよりも早いお帰りに、私は慌てて服を着る。

が、彼は前振りも無しにいきなり試着室のカーテンを開けた。
まだブラウスを着ている途中なのに。

「な、ちょっと!」

さすがに私も怒声をあげたけれども、お構いなしに踏み入ってくる。

試着室の隅まで後退したが、彼に引きずり出され抱えられた。


「最低!変態!!」


「静かにしろ。口を閉ざしてないと舌を噛むぞ。」

言うが早いか、彼は私を抱えたまま飛び立った。


またお荷物のように抱えられている。

が、今度は空を凄まじいスピードで飛んでいるもので、風圧が酷い。
とてもじゃないけど目が開けてられない。

確かにしゃべっていたら舌を噛んでしまいそうだ。


抱えられる身っていうのも案外大変だ。

私も空を飛べたら随分便利だったろうに。




辺りは大陸から離れて大海しか見えない。

しばらく空を飛んでいて、一体どこへ向かっているのか。

わけも分からず黙っていたところ、もちろんしゃべれる状態でもないけど、飛んでいる高度がガクッと落ちた。

目的地に着いたようで、海ばかりの景色の中、点在する島の一つに着陸する。


着陸した途端雑に地面に放られたけど、今度は予期していたからよろけながらも地面に着地した。



「ここで待っていろ。」

彼はそう言って、小高くなっている岩山の上に飛び上がり姿を消した。



ここで待っていろ。そう言われたものの、こんな何もないところで置き去りにされても困る。

大人しく待っててもいいけど、こっそり追いかけてみようかな。

そう思った途端、彼が消えた方向で爆発音がした。




何があったのか。

岩肌にへばり付くトカゲのようにこそこそと岩山をよじ登る。

と、その岩山の上から見えたのは彼とピッコロたちの姿だった。




ああ。つまりはそういうことだったのか。

彼が慌ててここへ来た理由がやっと分かった。

とうとう完全体になるつもりなんだ。



彼はピッコロたちを足蹴にするように楽々と倒していたけど、
何号か忘れたが人造人間の大男が参戦して戦局が少し傾いた。

私には役に立てる事は無いと傍観しているだけだったけど、二人の戦いは凄まじく、
大男が大地に向けて放った砲撃が溶岩のように噴き出して危うく私は消し炭になるところだった。

嫌な汗が出た。



ときに、戦いは時の運だと言うけど、本当にそうだと思う。

彼の方もボコボコにされていたと思っていたけど、それが逆に彼にとって優位な状況を生み出したらしい。


気づいた時には彼は人造人間を一人飲み込んでいた。




変わった。

とうとう彼の変貌するのを目の当たりにした。
第二形態になったんだ。


第二形態になった彼は先程まで力が拮抗していた大男を退けて、もう一人の人造人間を追い詰めていた。

強さとか、気というものが分からない私の目から見ても彼が強くなったのは明らかで。

映画の一場面を眺めているような、そんな気持ちで私はぼうっとしてしまった。


思えばこの3日間。あっという間だったなどと感慨深くなってしまった。


このまま完全体になってしまいそうだと思ったけど、突然やってきたピッコロの仲間、たしか天津飯だったか。
その人の機転で二人の人造人間は逃げて行った。


でも、このまま円滑にシナリオが進むのなら彼は間もなく完全体になれるだろう。



円滑にシナリオが。

漠然とした不安を感じる。

どうしてこんなに不安なんだろう。


気が付いたら私は岩山から降りて、待ているようにと言われた場所に戻っていた。



近くに生えている木の下に座り込んでつらづらと、海の向こうの地平線を眺める。


完全体に近づくほど、彼の死期が近くなるのだ。

それを思うと憂鬱だった。


しばらく待っていたら重い足音がして、いつもよりも高い場所から声が降ってきた。


「さすがに死んだと思ってたが、悪運の強いやつだ。行くぞ。」

伸ばされた腕に私は後ずさった。

「私、行かない。」

「…なんだと?」隠そうともしない憤りの念を孕んで。


彼の5本指が迫って、黒い爪が首に食い込んだ。

痛い。

脈打つ度に肉に刺さる。

でも別に構わない。殺されるのだって厭わない。


ここまでの道のり。
ずっと脳裏にこびり付いて剥がれなかった不安の種が、彼の第二の姿を見て芽吹いてしまったみたいだ。

いなくなってしまう者に情が移ってしまうのが。
その時に自分が傷つくのが怖い。

独り残されるのは嫌だから。


彼にとって私を殺すのは容易いことだ。

バケモノなんだもの。


だけど、彼は私の首に爪を立てたまま動かない。


つと、首から手が離れる。

「お前の…。お前の意見は聞いてなどいない。」

ヘソを曲げたように言うと、彼は荒々しく私を抱えあげた。

私を抱えあげる大きな手。腕も今までより太くなっていた。
5本指。そういえば指の数も人のそれと同じ数になっている。


私の意思など組んでくれない彼の行動。でも腹立ちはしなかった。ここまでは考えた予想の範囲内。

でも、そんなことより、彼の体の変化の方が気になった。


私の体を支えている手に自らの手を添える。
「体、人に近くなっちゃったね。」



「前々から思ってはいたが、お前はやはりおかしい奴だ。」

呆れたような声で言われたけど全然嫌な気がしなかった。


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