病[ヤマイ]


セルの後ろ姿が歪んでる。

違う。歪んでいるのは私の視界だ。

冷や汗がだらだらと流れて、指先が痺れるように震えて感覚が無い。

息苦しいような。視界は黒く靄がかかったようでよく見えなくなった。


助けを求めた方がいい?
でも彼に助けを求めても助けてくれなさそうだ。

放って置かれるか、お荷物になるからと殺されるのが関の山…。

それでもいいかもしれない。


とたん、意識がぶっとんだ。









目を開けると白い天井が。
身体が沈むようなふかふかのベッドに私は横になっていた。

ここに来るまでの記憶は全く無い。

体を起こすと規則正しい針の音が聞こえて顔をあげる。

時計を見る。一日のほとんどが終わってしまっていた。


外は暗く、街灯に照らされた道と建物だけが気味悪く見えた。
人通りはとんと無い。

彼が次に向かうと言っていた町のようだ。


と、いう事は、彼は今お食事中ということだろう。

ベッドから起き上がると寝室から出、部屋の中をぐるりと見回した。
普通のマンションの一室のようだったが、部屋の中には服が散らばっていて、
机の上には食前だったのか3人分の料理が冷えている。

3人分の料理。

家族が住んでいたのを如実に表すように。

一家団欒としていたところに突然の悲劇に見舞われて。可哀そうに。
その時の光景が突きつけられるように頭に浮かぶようだ。


でも、私には関係ない。

彼が好きでやってる事だもの。


そういえば。

彼がここまで運んでくれたのか。
とても情けないところを見られてしまった。



扉が開く音がしてそちらを見ると、緑の大きな体躯。

彼には少し人間の家というのは窮屈かもしれない。
背筋を伸ばしたら天井に頭を引きずってしまいそうだ。



「おかえり。」自然と笑顔になって言った。

彼はうんともすんとも言わず、返事をしてくれないが、気にせず続ける。

「ねぇ、ここまで運んでくれたんでしょ?ありがとう。」

「……。」

「食事は終わったんでしょ?次の町に行く?」

「今日はここで寝る。またお前に倒れられたら面倒だ。」

「あ…うん。そうだね。」

もしかして気を使ってくれたのかも?
いや、でもしかし自惚れてはいけない。
彼からしたら、私が倒れたら彼の言葉通り面倒臭いだけだし、
それに、食べるのなら健康的な方がいいに決まっている。

私も病気の牛の肉は食べる気にはならない。


彼の姿が寝室に消えるのを確認して、私もすぐにソファーに横になった。

TVをつけるとどのチャンネルも消えた住人の話題で持ちきりで、
その原因である彼がこんなに近くにいるのが何とも不思議な気がした。

ニュースキャスターが何とも滑稽に思えてきて笑えてくるのだった。


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