骨[ホネ]
突然の爆発。
塵埃とも砂とも分からないものが爆風に呑まれて舞う。
爆竹なんてものじゃない。私は目の前で地雷が爆発したのかとさえ思った。
驚きに固まっていると、手を引っ張られる感触。
更に驚いたけど、声を出す前に引きづられそうな勢いの力に流される。
私はその引っ張られる勢いにつんのめりながら走った。
撒きあがった砂が目に入り擦る。
引っ張られるままに私は走った。
目が見えるようになると、剃りあげられたつるつる頭に低い身長の人物が見えた。
これはどうした状況だろう。
おそらくだけど、クリリンの目からは私が彼に捕まった可哀そうな女の子に見えたのかもしれない。
そう思われたとしてもおかしくはない。
クリリンは正義感が強い人らしい。
走ってる場所は建物の中。
誰もいない灰色のビルは不吉で、不気味だ。
人がいた痕跡が服として残って点々とあるのが、ヘンゼルとグレーテルに出て来るパンの道標を連想させた。
パンを辿れば家に帰れる。いい気がしない。
私はふと足に力を込めて、引っ張る力に抗った。
「あ、ごめん!もしかして疲れた?」気の良さそうな優しげな声でクリリンは聞いてくる。
私は首を横に振った。
何だろう。この気持ちは。
もやもやする。私はそんな優しくしてもらえるような人間じゃないのになぁと思ってしまう。
「無鉄砲な人だね。」
「あなた一人なら大丈夫だろうけど、私と一緒だと捕まっちゃうよ?私、あなたと違って気を消せないもの。」
その言葉を聞いてクリリンは驚いた顔をする。
「君は気を知ってるんだね。」
漫画に書いてあったことを覚えていただけだ。
「でも…」とクリリンは呟く。
「やっぱり君を置いては行けない。時間を稼げば仲間が来るんだ。それまでは何とか…。」
クリリンは仲間と言った。誰だろう。
もし彼よりも強い助っ人が来たらどうしよう。彼にそれを教えなければなるまい。
それにクリリンは勘違いをしている。
自らの身を危険にしてまで助けてくれようとしたけど、私は助けてもらっても嬉しいとは思わない。
「優しいんだね。」でも…。と私は続ける。
「でも、正しい事をすることが必ず人を救うとは限らないよ?」
来た道の方を見る。建物の中を一本の道がまっすぐ伸びている。
彼ならすぐに追ってこれそうなものだけど、まだ姿は見えない。
ふらっと元来た道を歩き出す。
「どこに行くつもりなんだ。」クリリンの静止の声。
「戻る。」
「殺されるぞ。」
「いいんだよ。それで。」私は振り返る。
「あなたは逃げた方がいい。あなた一人ならきっと大丈夫。それと、ありがとう。助けてくれようとして。」
クリリンは何か言いかけるように口を開いて、でも、その口は音を発せず開きっぱなし。
私は前を向いて歩き出した。もう後ろは振り返らない。
来た道を戻り数分としない内。
目に見える景色が突然歪んで灰色の壁ばかり映っていた私の視界に緑の影が迷い込んだ。
喉あたりに圧迫感を覚えて私は息を詰まらせた。背中に壁が当たる。
足が地から離れるほど体が持ち上げられて、視界が揺らいだ。
「お前一人か?」彼が言う。
私は言おうとした。そうだよ、と。でも声が出なかった。
万力のように締め上げられて、息もできない。
でも、きっと手加減はしてくれているのだろう。
もし彼が本気で掴みかかってきていたら、私の首の骨は折れてしまっていただろうから。
指の先の方から痺れた感覚が広がっていく。
意識が薄らぎ、さすがに死ぬのかもしれないと思った矢先、体が自由になった。
上手く着地出来ずに崩れるように床に倒れ込んだ。
床に両手をついたままえづく。
私の呼吸が落ち着いた後、彼が口を開いた。
「どうしてあいつと逃げなかった。」
どうしてって。私は立ち上がった。
「私はあなたの非常食じゃなかったの?」
非常食。お弁当。デザート。別になんでもいいが。
「そう思うなら、わたしから離れるな。」
「…了解。」さっきのは不可抗力だ。別に離れようだなんて思ってない。
「ねぇ、あの人が言ってた。仲間が来るって。」
「あぁ、そのようだな。」
彼はすでにこちらに向かってくる気を感じてるのかもしれない。
私たちはすぐにその場を後にした。