懼[ク]
セルがお食事中の間、私は手持無沙汰で暇だった。
コーヒーカップをくるくると回す。
そういえば遊園地なんていつ振りだろう。
彼が食事を終えた。
「お前には恐ろしいと思うことがあるのか?」
と、突然聞いてくる彼に私は目を丸くさせた。
大体私から話しかけなければ何も言わないのに。
彼の方から私に話しかけてくるのは珍しいことだ。
いきなり話を振られて慌てたが、少し考えて口を開いた。
「そりゃ怖いものはあるよ。」それは普通の人間なのだから怖いものの一つや二つ、沢山ある。
「ほう。」
「課題の提出日…とか。」私はコーヒーカップを一周させる。
彼がつとコーヒーカップの縁を掴んだ。
突然回転が止まったものだから、私はバランスを崩してふらっとする。
「それは本気で言っているのか?」どこか憤っているような声色が上から降ってくる。
座席に手をついて乱れた髪を掻き上げた。
私の答えはお気に召さなかったらしい。
顔をあげると、爬虫類の目と視線が合った。
また少し考えて口を開く。
「あと、独りになることかな。」
一人の時間は好きだけど私は孤独は嫌いだった。
彼の雰囲気から苛立ちが消える。
「そうか。ならば、わたしが完全体になった暁には、この世界の人間を一人残らず殺すとするか。」
私に対する嫌がらせのつもりかそんなことを言い出すセル。
心なしか楽しそうだ。
そんなことをしても何の意味があるのか全く分からないけど。
もしかしたら本当にただ私への嫌がらせなのかもしれない。
「それは、どうも…。」
心にも思ってない感謝の言葉を述べた。
彼はコーヒーカップの縁から手を離して、歩き出す。
ここでの食事はもう済んだから次の町に移動するのだろう。
コーヒーカップから慌てて降りると、その後ろに連く。
こんなこと言いたくないから言わないけれど。
彼が私以外のこの世界の人類を殺し尽くしたとしても、彼がいる限り私は独りきりにはならない。
寂しくはない。
人とは程遠い生き物の彼にはそういう情緒が分からないだろうけど。
誰もいなくなった遊園地を出た時、風を切るような音が聞こえたと思ったら突然、すぐ目の前で何かが爆ぜた。
撒きあがる塵埃。視界が茶色く濁る。
何が起こったのか。
彼の姿が粉塵に隠れて見えなくなった。