愧[キ]
セルは獲物を追って何処かへ行ってしまった。
私は彼がいない間、人影が失せた遊園地で独り、売店に置いてあった食べ物を口に放り込んでいる。
彼は私のお腹のことなど気遣うことはしないから、食べられる時に食べなければ。
サンドイッチもいくつかカバンに詰め込んだ。
コーヒーカップに座り込む。暇だ。
誰も彼も消えた遊園地は、愉快な音楽だけ残してあとは風の音だけ。
たまに遠くの方から合いの手のように悲鳴が聞こえる。
数年もすればここも植物に覆われていい感じに廃れていくだろう。
人手がかからなくなった人工物というのは、雨風にさらされて思うよりも早く壊れてしまうものだから。
あと数年。緑の彼があの人たちに勝ったらの話。
こんなに暴れて。
沢山の人を殺しても。
結局すべては元に戻ってしまうのだから、この世に生きた証を残せないというのは可哀そうなものだ。
しみじみと思う。
私は中央の円盤を回してコーヒーカップを回す。暇だ。
もし、彼があの人たちに勝てたら。それはとても素敵だろう。
私がこの世界に来たことで、この先の未来が変わるかもしれない。
可能性は無くも無い。
漫画では必ず悪は討たれるものなのだから、偶にはそういうのもいいのではないかと思う。
でも、だからといって率先的に未来を変えようとも思わないけど。
また、人の悲鳴が聞こえた。
先ほどから人の悲鳴なんてあちらこちらから聞こえていて珍しくもないのだけれども。
その悲鳴は段々近づいて来ているようだ。
私はそちらへ眼を向ける。
彼が獲物を2匹引きずりながらこちらへ来ていた。
私はコーヒーカップから少し身を乗り出す。
「おかえり。」
そして、彼が持ってきたものを見る。
カップルだろうか。男女のペアを見てそう思った。
猫が飼い主にネズミを持ち帰ってきたみたいな。
でも、彼は何も私の為に持って来たわけでもないだろう。
「どうかした?」私は聞いた。
「お前に選ばせてやる。どちらから先にわたしに吸収されるか。」
どうせどちらも吸収するだろうに、順番なんてどっちでもいいじゃないか。
私はそう思ったけど、言わないことにした。
彼にはちょっとした遊びのつもりなのかもしれない。
「じゃあ、右。」
けたたましい声が鼓膜に刺さる。
何だろう。少し気分が悪くなった。
背徳感というのだろうか。後ろめたいそんな気持ち。
それと同時に、命乞いの声が聴き耳に絶えず、ふつふつと煮えるような苛立ちを覚える。
どうしてこんなに見苦しいのだろう。
醜い。
どうせ逃げられないのだから、少しは潔くはなれないのだろうか。
彼は私に罪の意識を植え付けたいのか。
私には彼の考えてる事なんて分からない。
ただ、目の前の彼の目は嬉々とした光を湛えていた。