report9


ごつごつとした岩肌が徐々に増えていく。
ここからヨスガに行くには、テンガン山の内部に複雑に広がってる洞窟を抜けなければならない。
斎とアブソルはテンガン山の中を進んでいく。

テンガン山の内部は外観とは裏腹にひっそりとした美しさをたたえていた。
洞窟のなかはいくつか水源があるのか水の滴る音や流れる音が聞こえ、
その周りに水を飲みにポケモンが集まっているのがちらほらと見えた。
ここにいるポケモンはズバットだったりイシツブテだったり。
暗闇を好むポケモンがやはり多いが、密やで音を伴わない生き方をする彼らもまた美しいと斎は思った。

先導をしてくれているアブソルが突然立ち止まった。
周りを警戒するように頭を右へ左へ動かしている。

アブソルは災厄を予知する能力を持っていると言われている。
図鑑には災厄ポケモンとかいてあったり、災厄を運ぶポケモンだと思っている人もいるが本当は違うのだ。

なにか嫌な気配でもするのだろうか?と斎は思った。
ここまでの道中は大した事は無かったが、この先強いポケモンが出てこないとも限らない。

アブソルは突然スッっと階段状の岩を駆け上がり、その先の死角へ消えていった。

一人残された斎だったが、その場を動かないでじっとすることにした。
階段状になっている岩にちょこんと座る。


しばらくして、突然肌に痺れるような振動を感じた。

嫌な予感がして斎は立ち上がると、階段状の岩の上、アブソルが消えた方を見上げた。

間もなくアブソルが吹き飛ばされたように態勢を崩した状態で落ちてきた。
アブソルは地面に落ちるまでのわずかな時間で身をひるがえし態勢を立て直す。

「あ、アブソル!」

地面に叩き付けられたように着地したアブソルにとっさに駆け寄る。

「ああ…キミのアブソルだったか。」

岩が削られてできた不格好な階段を下りてくる男を斎は睨んだ。

「何、するんですか。」

「野生のポケモンだと勘違いしてしまった。すまない。ここは野生のアブソルも生息しているからね。」

斎より先にアカギの存在に気付いたアブソルは、主人である斎を守るために攻撃をしかけたのだ。
残念なことに、返り討ちで終わってしまったのだが。


アカギは二匹のポケモンを従えていた。レアコイルとノズパスだ。

斎の見ている前で二匹のポケモンは白い光に包まれた。
仄暗い洞窟の中なこともあって、その眩しさに幻惑させられる。

光が治まり、斎が目を開けた時には目の前の二匹はその姿を変えていた。

見たことない。そもそもレアコイルとノズパスが進化するのを斎は知らなかった。
ナナカマド博士が知ったら喜ぶだろうな。と少し思った。

図鑑にチラと視線を向けたけど、認識できないのか画面にはノイズがかっていた。



「そんなに警戒しないでくれ。キミを連れ戻しに来たわけじゃない。」そう言ってアカギは二匹のポケモンをボールに戻す。

「……。」

連れ戻しに来た訳じゃないなんて言ってるけど、信用できる言葉じゃない。
ハクタイで斎は逃げようとしたとき、息が詰まるほど首を絞められた。

自惚れているわけではないけど、この男は自分を必要としている。
その目的が何であれ、絶対いい事ではないだろう。

アカギに対する注意を怠ることなく、斎はアブソルの様子を確認した。
目立った外傷はないようだけれども、心配なのは変わりない。

そばにしゃがむと、腰からボールを取り出す。
自分をボールに戻そうという斎に気付いて、アブソルは制止するように主人の腕に前足をかけた。
今自分がボールに戻ってしまうのは、主人を武器も鎧も装備しないまま戦地に送り出すような愚行だと、アブソルは理解している。


「ありがとう…もう少し頑張って。」

アブソルに励ましの言葉をかけると立ち上がり、アカギの方に向く。

「私に用が無いならここへは何しに?」

「このテンガン山はシンオウ地方の始まりの場所。そう神話に伝わっている。その神話について私は調べにきた。」

難しいことはよく分からないから斎は黙って聞いていた。




「…連れの子は?」

「途中で別れました。旅の目的が違うから。」

「キミは何故旅をしてる。」

「思い出すため。」

「そうか。私としてもキミが記憶を取り戻してくれたら嬉しいよ。記憶を無くす前のキミに聞きたい事がある。」

「記憶が戻っても貴方に話すことなんて無いと思いますけど。」

斎の棘のある言葉にもアカギは気にかけていないようだ。


「そうだ、キミも一緒に壁画を見に行かないか?」

「壁画……?」斎はアブソルに目を向ける。

アブソルは方向を変えて歩き出した。どうやら壁画の場所を知っているようだ。アブソルが向かうと決めたなら危ない場所でもないだろう。



二つの石柱の間に大きな壁画が見えた。近くまで歩いて見るとますます大きい。
斎は壁画に寄ってみる。

と、アカギは壁画に顔を近づけている斎の手首をつと掴んだ。

「な…。」矢庭の出来事に斎は抵抗する隙もなくアカギに引かれ、その指先が壁画に触れた。

斎の指先が触れた瞬間、壁画に描かれている模様が光を帯びた。
光は壁画の下から上まで脈打つように駆け上がると、徐々にまたその光を失っていく。

目が覚めるような出来事。その終始を見て、一瞬狼狽する斎。
アカギに引っ張られて触ってしまったが、実は触ってはいけない物だったのではないか。と斎はアカギを見る。

ゆっくりと斎の手首を掴む手を放すとアカギは手元のメモ用紙に何か書き込み始めた。
シンオウに伝わっている神話について調べに来たと言っていたが、本当だったのかと斎は少し瞠目した。

邪魔しない方がいいだろう。
斎もナナカマド博士の研究レポートをまとめている時に邪魔されるのは嫌だった。

壁画には両断するような模様の線が中央にあり、よく見ればその線に紛れるようにして壁画に切れ込みがある。
一つの壁画じゃなくて、大きな二つの壁画が並んでいるらしい。
それに全体の模様。二つの壁画は対照的な模様を描いている。

この模様、どこかで…。斎は記憶を辿る。
どこで見たのか、いつ見たのか、思い当たる記憶はない。けど、既視感が否めない。
記憶が無くなる前に見たことがあるのかもしれない。



「痛むのか?」いつの間にかアカギは手元の作業を止めていて、斎に話しかけた。

「え?」

「頭。」

意識しないうちにこめかみを押さえている自分に気づいて、斎はそっと手を下した。

「いや。」首を横に振る。頭よりも先ほど掴まれた手首の方が痛いぐらいだ。






「キミは記憶を失って大分変わってしまったな。」

アカギは道中ポツリと零した。
独り言のように聞こえたそれは斎になぜか罪悪感を芽生えさせた。

「それは、いい意味でですか?それとも悪い意味で?」

「どちらとも言える。」だが…。とアカギは続ける。「今のキミの方がまだ可愛げのある性格をしているがね。」

「そう…ですか。」

微妙な気分だ。褒められたような貶されたような。
過去の自分と今の自分を比べるなんて意味のない事を聞いた自分の心情も良くわからず、斎は腑に落ちない顔をした。

「記憶を無くす前のキミは研がれたナイフのような鋭さを持っていたよ。」


辺りが微かに明るくなっていく。
そろそろテンガン山を抜けることができると斎は直観した。


「…そうだ、アカギさん。」思い出したように斎は言う。「アカギさんはギンガ団を使って何をするつもりなんですか?」

「何故だ?」

「ただの好奇心です。」

「キミが私の部下になるというなら教えてやってもいい。」

「ならいいです。」

斎はそう即答すると、洞窟を抜けた外の眩しさに目を細めた。



「じゃあ、ここでお別れですね。」さようなら。と斎はそうそう別れを告げた。

早く次の町に向かおうと。道はまだまだ険しいけど斎は気にせず歩調も速く歩き出した。

これ以上一緒にいたら情に絆されてしまいそうだから。
本当はこの人は悪い人では無いのかもしれないという期待を抱いてしまうのが怖いからだ。

アブソルの威嚇の声が耳に届く。
斎の意識がそこにいったときにはアカギは距離を詰めて斎の肩に手をかけていた。

驚いて、しかしその手を払いのけれずに斎はただ振り向いて後ずさった。

「斎、キミにはこれを渡しておこう。」

手に渡されたのは厚手の紙だった。

「名刺?」

拍子が抜けて斎は訝しげに渡された名刺をみる。

宇宙エネルギー開発事業団 代表取締役社長 アカギ とかいてある。

表舞台でもなかなかご大層な地位のようで。と斎は感心する。

「何かあったらそこに。」



「絶っ対、行きませんけどね。」




冷たい太陽の光が照らしてる。
風がテンガン山の方から吹く度に、畑に植わっているブリーやチーゴなどの花が揺れた。

ここは228番道路。テンガン山の切り立った岩肌と、ヨスガに近づく度に広がっていく草原に挟まれている道。
自然とポケモンと木の実を愛する木の実じいさんの畑がある。


斎は畑の前にしゃがむと、実が生っているパイルを見つけてその実をもぎ取った。

茎と根も土から抜いて、またその土に木の実を一つ植える。
幾日かすれば、植えた木の実が花になって木の実を落とすだろう。

パイルの実をポケットに入れて、斎は立ち上がると乾いた土に水をやりだした。


斎が園芸に精を出していると、「斎ー。」とジュンが呼ぶ声がした。
ジュンはいつものように走ってくる。
「悪い、思ったよりジム攻略するのに時間がかかった!」


「そろそろ追いついてくるって思ってたよ。」

「で、こんな道中で何してんだ?」

「ガーデニングのお手伝い」そう言ってミハシはすぐそばの一軒家を指差す。

「泊めてもらうかわりに手伝ってたの。」

なかなか楽しいよ。そう言ってミハシは少し笑った。

旅に出る前は斎が旅に出ることが心配だったが杞憂だったか、とジュンも笑った。

「そうか。どうする?まだここにいるか?」

「いや、あんまり長居は迷惑かかるだろうし。ヨスガに行かないといけないからね。」





後書き

アカギさんとの絡み考えるの楽しい!



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