report10


ジュンと斎はヨスガを後にし、トバリシティへ向かっていた。






「あれ、雨だ。」斎はそう言って鞄から折り畳み傘を取り出して頭上で差した。

215番道路に入った途端、降り出した雨。
先に進む度に雨は強くなっているようだ。

千切れたクモの巣が幾重にも垂れ下がっているような雨。
詰まれた岩が乾くことを知らないように苔をたわわに抱え込んでいる。
215番道路はいつでも大雨が降っていた。

錆色に陰る泥水のにおいも偶にだったら悪いものでもないかもしれない。
ぬかるんだ道を2人は進む。






トバリシティは険しい山を切り崩して作られている。
そのため高所のある建物や民家が足並み揃えず自由気ままに建っていた。
他の町との交流があまりなく、物資を保存するための倉庫群が建っている。買い物には大きなデパート、遊戯にはゲームセンターがある。
一番高い所に。町全体を見下ろすように建っているのはギンガ団のアジトの本部だ。
そしてもちろんジムもある。


「あんなにいかにもな見張りを付けられるとさ……忍び込みたくなるよね。」

ゲートからトバリに入ってすぐに『ギンガ倉庫 立ち入り』という立札が。
倉庫が沢山並んでいるが、ひときわ立派に作られている倉庫に目が行った。
ギンガ団二人が目を光らせているから、余程良いものがあるのかもしれない。

「俺は別に忍び込むのに賛成だぜ?」

「いや、冗談だよ。」



「それに、ジュンは明日ジムに挑戦するから今日は特訓するんでしょ?」

街に着いたばかりなのに、もうジムに向けて特訓しようというシュンの気合は半端のないものだ。

その一方でここまでの道のりで大分疲れてしまった斎の頭の中は今日の宿泊先のことでいっぱいだ。
野宿ばかりだったのだから、たまにはちゃんとしたホテルに泊まるのもいいかもしれない。





トバリシティの東、隕石が度々落ちてくる場所と言われている場所でジュンは特訓をすることにし、
斎はジュンが特訓をしている間に今夜泊まるホテルを探すことになった。

斎は一人、街道を歩いていたのだが。
この町のパンフレットを片手に歩く彼女の足取りは旅の疲れもあり重い。


今斎が歩いている場所から遠くに見える建物。
高低差の激しいトバリの街並みの中、ひと際高い場所に建っている建物に斎はちらりと目を向ける。

たぶんあの建物なのだろう。ギンガ団の本拠地は。
セキタイのアジトと同じようにどうどうと建っているものだから斎は驚いてしまった。

パンフレットにはギンガトバリビルと書いてあった。
アカギがくれた名刺にもギンガトバリビルと書いてある。
行こうとはさすがに思わないが。

この町にアカギさんがいるんだろうか…。斎は憂うように紫線を揺らした。



「おまえ、……。」とても中性的な声がした。

それは斎に向かって発せられたもののようで、徐々に様子を見るように斎は伏せられた目を上げた。

「誰?」

視界に入ったのはあの悪趣味な格好。でも普通のギンガ団の格好ではない。
いつか会った、女幹部らと同じようにこいつも幹部なのかもしれない。

「サターンだ。覚えろ。」

「そう。」自分から誰だと聞いておいて我ながら酷い反応だと思ったが、
斎はギンガ団に関わると碌なことが起きないことを今までの体験で知っていたから柔らかい反応をどうしてもできなかった。
心の中では『早くどこかへ行ってくれないかな』と思ってさえいる。

一方の男の方は言葉は友好的ではないが、だからといって敵対的なものでもないように思えた。

自分のことをやはり知っているみたいだと斎はぼんやりと考えた。


突然の強風にあおられ、手元のパンフレットが攫われる。
パンフレットはサターンの胸元にぶつかり止まった。

「この町は突風が多い。次からは飛ばされないようにしっかり持ってるんだな。」
パンフレットを上手いことキャッチするとぶっきらぼうにサターンは言った。

そしてパンフレットを見て「この町のマップか?」と怪訝な顔。

「え?あぁ、そうだけど。」
突然の問いかけに少し狼狽えて斎は答えた。


「ふーん、そうか。で、どこに向かってるんだ?」


「貴方には関係ないでしょう。」そう斎がそっけなく返すと、サターンは途端に機嫌を損ねたような顔をする。

とても面倒くさそうな人に絡まれてしまったと斎は気が滅入ってしまうようだった。
早くホテルに着いて休みたいというのに。


斎は黙っていたが、その間もサターンは何も言わず、お互い沈黙して睨みあいっこ。
確かにサターンには斎の行く先のことなど関係が無いのだから、反論などできる筈がないのだ。


それでも斎はこの睨みあいっこにも、一歩間違えれば争いごとになりそうなこの一触即発な空気にも面倒臭さを感じ取ってしまったものだから、
少しまともに取り合ってもいいと思ってしまった。

ここでギンガ団と問題を起こしても何の得もないし。


「今日泊まるホテルを探してるの。」


「ホテル…?そうか、ならいいところを知ってる。案内してやるからついてこい。」

「え?」素っとんきょうな声をあげる。

「『え』じゃない。早く来い。」
無理やり二の腕を捕まれ斎は目を白黒させた。

「ボスもこの町に来てる。ボスに会いたくはないだろ?」

斎は考える。
それはどういう意味だろう。大人しくついて行かないとアカギが来ると、そういう意味だろうか?
確かにあの人には会いたくはないが。

「自分で歩くから放して。」斎がそう言うとサターンは程無く手を放した。





ついて行く気になったのは、ギンガ団と争いごとになるのが面倒臭いというのが大きいが、
サターンは行動こそは身勝手なものの、そこからは悪意や敵意が伺えないからでもあった。

ボールの中のアブソルも大人しかった。

友達でもないのにやけに口数の多いサターンの後ろ3歩ほど離れて、斎は歩いていた。
規則正しく鳴る足音だけが嫌に耳についた。

「斎、おまえハクタイのアジトを半壊させたらしいな。ジュピターが憤慨してたぞ。
 マーズは暗くてよく見えなかったと言ってたが、発電所で邪魔をしたのもおまえだろ。」


「……。」やけに口数の多い目の前のギンガ団にけれども、斎は黙って聞いていた。
ハクタイの時、大暴れしていたのはシロナさんだった気がする。斎は口元までマフラーを上げた。


「なぜ、記憶を無くしたお前がわたしたちの邪魔をするのか理解に苦しむよ。
 …もしかして、記憶が戻ってないフリで本当は記憶が戻ってるんじゃないのか?」

「記憶が戻ってたら貴方たちを邪魔する理由ができるの?」

「それは…記憶が戻ってからのお楽しみだな。」

突然歯切れ悪くなるサターンに、斎は様子を見るように言葉を紡いだ。
「そう。アカギさんも早く私に記憶が戻って欲しいみたいだし。早く思い出さないとね。」


サターンの表情が陰るように険しい線が注すのが斎の目から見ても明らかで、僅かな間の沈黙だったがさまざまな思考が交差する。
少なくとも自分の記憶が戻るのをサターンは快くは思っていないようだ。斎は考えた。


「ほら、ここから見えるだろ?あそこのホテルだ。」つと、話題を変えるようにサターンはそう言い、道の先を指さした。

確かに。斎がそちらに目を向けると周りの建物より少し頭を覗かして建っているホテルが目に入った。



「他のホテルには泊まらない方がいい。」

サターンの言葉に斎は首を傾げた。
「どうして?」

「ギンガ団の監視下に置かれてるからだ。」

「さっきから意味が分からないんだけど、何でそんなこと教えてくれるの?貴方に得は無いでしょ?」

「得?そうだな…」思案しているように一息間を開けて。

「それも記憶が戻った時のお楽しみだな。」意味ありげな様子でそう言うとサターンは足早に去って行った。

その背を見送って斎は『変な人』と浮いてきた言葉を飲み込んだ。
ギンガ団だけどそんなに嫌いな人種じゃない。たぶん根はいい人なんだろうな。と斎は一人納得した。





後書き

いい意味で斎のことを一番に思ってるのはサターンな気がする



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