report7


アカギに案内され斎はギンガ団アジトの最上階へ。

窓が閉められ外からの明かりは全く入っていなく、頭上の照明が心細く灯っているだけの暗所。
その暗闇に座っている人の影を見た。

縄に捕らわれている3人、ジュンとハンサム、そしてもう一人は自転車屋の主人だろうと斎は判断した。
近くにギンガ団の女が一人立っている。



「ボス。その者は。」そう言ってジュピターという女幹部は斎に睨むような形相を向けた。

斎は何を言われるのかと構えたが、ジュピターがそれ以上何か言う前にアカギが制した。

捕らわれのジュンとハンサムは斎に気付いて驚いた顔をする。


斎はアカギの後ろに隠れるように立ち、人差し指を口にあてた。
3人ともまともに話せる状態には見えなかったが、念のため。

「そいつらの待遇は後で決めよう。今は客人を向かえないといけないからね。」




「斎くん。」
二階の応接間のような場所に案内され、飲み物を手渡さられる。
ホットレモンだ。

極度の緊張でリラックスなんかできないが、ソファはフカフカで座り心地は良かった。

「はい?」


「あの少年はキミの友達だろう?」


斎は口を付けかけたホットレモンを音もなく目の前の机に置く。
そっと腰についてるモンスターボールに手を添える。



「落ち着いてくれないか。」そう言ってアカギは振り返る。

「キミに危害を加えるつもりはない。」

ソファから半ば立ち上がり、今にもポケモンをその手から放ちそうな斎と目が合う。
記憶は無くなっていても戦いの直前のその瞳は殺気を帯びた光を放っていた。

「キミが望むのなら、あの3人は解放してあげよう。私には何の価値もないやつらだ。だが、一つだけ条件がある。」

そう言ってアカギは斎に近づくと、肩を掴み無理やりソファに深く座られた。
肩を掴まれて斎は苦虫を噛み潰したような顔をして軽く抵抗をする。
それを意に介さないとでも言いたげな涼しい顔をして、さらに掴む力を強める。

「キミはギンガ団に入れ。」

「…。」

斎が無言なのでアカギはさらに言葉を続ける。

「どうかな。キミにとっても私にとっても悪くはない交渉の筈だが。今すぐ決めろ。」

語尾を荒げてアカギは斎の返答を催促する。

「……ッ。」小さくうめき声を上げ、斎は目を瞑った。

その相貌にアカギは目を細めた。
思わず加虐的で野蛮な気持ちを憶える。
が、怖がらせて逃げられてしまっては元も子もない、伸ばそうとした手を引っ込めた。


掴まれている腕がひどく痛い。けど、アカギは返答するまでその手を放してくれることはなさそうだった。
斎は上辺だけでもこの男に従った方がいいと判断した。


「分かった…。交換しよう。みんなと、私。」

「いい子だ。」

肩を掴む手が緩み、斎は退く。


アカギには幾分前から結末は見えていた。最初の呼びかけに斎が応じた時から斎が"友達"のために交渉に応じることは分かっていた。
それにしても、少しがっかりだ。
記憶を失う前の斎だったら交渉には応じなかっただろうし、その前にここに来ることもなかっただろうし、そもそも"友達"も作らない。



「でも、裏切る機会があれば裏切るから。」

斎の扇情的な態度にアカギは無言でこたえた。




たまに、人を守りたいのか、自分を守りたいのか分からなくなる。
身近な人がつらい目に合うのは嫌だ。
でも、それがその人のためなのか、自分のためなのか全然分からないのだ。




ジュンたちが捕らわれているギンガ団アジト。
その建物の外に長いブロンドの髪を持つ女性が凝然と立っていた。

シロナは斎たちと同じく自転車屋の店主を探していた。
自転車屋の店主も見過ごせないことだが、シロナの本当の目標は別にある。
同じく自転車屋の店主を探しているだろう二人の人物。
目撃者の証言を追っていてたどり着いたのがこのアジトだった。



「助けを呼ぶ声か聞こえたのは、最上階ね…。」



アジトの2階からシロナは侵入する。

そこにはギンガ団の女と、あと一人。マフラーを深く巻いている少女。
この場にはそぐわない人物。ここにいてはいけない人物だった。
変な事件に巻き込まれる前に見つけたかったが、遅かったとシロナは心の内で悔やんだ。


「斎、私はあんたのこと信用してないからね。変な動きしないでよ。」

そう言ってジュピターは斎に目くばせする。

斎は後ろを振り返ると、宙に浮く監視カメラのようなものがあるのを見た。
アカギがシャカピーと呼んでいた飛行カメラ。
「見張ってるってことでしょ。」そう言ってボールを構える。

「いけ、アブソル。」

「スカタンク。」

斎がアブソルを、ジュピターはスカタンクを繰り出す。

アブソルは不服そうに斎を見る。


「ミカルゲ!ルカリオ!」対抗してシロナもポケモンを放つ。

繰り出したポケモンの数は同じでも、指示を出すトレーナーがシロナしかいないのはあからさま不利だ。

ミカルゲとスカタンクが激しく攻防を初め、その一方で斎はいたって慎重に様子を見るように相手を見た。
タイプの相性では斎の方が旗色が悪い。相手がミカルゲだったらこんなに慎重にならなくてもよかったが。

一定の間隔を開け身構えているアブソルに、ルカリオは初手の波動弾を見舞う。
しかし波動弾が届くまで距離があり、アブソルは無理なく避ける。
着弾したコンクリートの床が大きく抉れ、下の階がむき出しになった。

相手のルカリオが疲れるまで攻撃を避け続けようかと思っていたが、「その前にこの建物が消滅しそうだ」と斎は思った。


「あなた、斎って言ってたわよね?私、シロナっていうの。こう見えても考古学者をしてるわ。」名乗るシロナ。

「………。」


ルカリオがアブソルに向かって突貫する。どうやら接近戦に持ち込む気のようだ。

「ルカリオ、発勁。」

「見切れ!」

アブソルは見切りでルカリオの攻撃を避けた。そのまま技が空振りしてバランスを崩したルカリオにアブソルが辻斬りをくらす。
アブソルの鎌が振り下ろされるその時、ルカリオが体制を持ち直し鎌を両手で受け止めた。
不時の出来事にアブソルも斎も驚く。
鎌を掴むルカリオの筆舌に尽くしがたい力に、アブソルは対抗するようにさらに力を込める。。

「蹴手繰りよ!」伯仲するような力の押し合いが続き、腕で押し返していたルカリオが疲れを見せ始めたその時、シロナが声を張り上げた。

ルカリオはその指示を聞いて、アブソルの鎌を斜め後ろに流すと胴に蹴手繰りをくらわす。

アブソルは横に吹っ飛ばされた。が、地面に倒れることはなく、体制を立て直し着地した。
効果は抜群で、蹴手繰りはアブソルを戦闘不能にまで陥らせるほどではなかったが、深刻なダメージを与えた。
尾を引く痛みに襲われながらアブソルは跳躍し斎の前に立つ。


「闘いに迷いが見えるわ。ねぇ斎。あなた、本当は戦いたくないんでしょ?」ミカルゲに指示をだす傍ら、シロナは斎に言った。

「…そうですね。」

「闘いたくないなら闘わなくていいのよ。」

「闘いたくなくても、闘わないといけない時もありますよ。」


何の前触れもなく天井が崩れる。
沢山の瓦礫が落下して粉塵が舞う。

ガブリアスがジュン達を背中に乗せて、壊された天井の穴から降りてきた。

斎の瞳が驚きで見開かれる。ジュピターもだ。

「斎!早くこっちに来いよ!」ジュンが喚呼する。

「ジュン…!」

飛び立つような喜びを体現するように斎が駆け寄ろうとする。
が、斎の後ろで監視するように付きまとっていたシャカピーが収納していた腕を出し、斎を乱暴に捕まえる。

頸部を圧迫され、斎の喉から擦れた声が上がる。

「そいつらはどうでもいいが、斎を連れて行かれては困る。」
シャカピーのスピーカーからアカギの声がした。

「何故その子に執着するのかしら。」シロナがシャカピーを通してアカギに訊く。

「執着か。そんな言い回しで表せるほど簡単なものではない。」



「ア、アブソル…鎌鼬。」

斎のその指示でアブソルは、部屋の中に鋭い鎌風を巻き起こした。
最初の一風は斎を捕まえていた機械を抉り、ジュピターを牽制した。次の瞬間には斎はガブリアスに乗り、ビルの外に飛び出していた。
アブソルが斎のすぐ後を追って飛び出す。







「あの、シロナさん。ありがとうございました。本当に。」

ガブリアスが自転車屋の裏まで来て止まった時、斎は口を開いた。

「いえ、いいのよ。でも、よかったわ。あなた、死んだような顔をしていたわよ?未来ある子があんな顔してるなんて勿体ないもの。」


シロナはガブリアスから降りると「追っては大丈夫かしら?」と言った。

「私たちを追いかけるのに人員を割くなんて、そんなメリットのないことはしないと思います。」


ガブリアスから降りて、「それにしても」と斎はジュンとハンサムを見た。

「二人とも何捕まってたの。ジュンだけならともかく、ハンサムさんまで捕まるなんて。」

「面目ない」とハンサムは手のひらを合わせた。

「しかも、収穫はこれと言ってないんだよな。」と拍車をかけるようにジュンが言う。「でも、自転車屋の店主は助けられた。」


斎は目を回してる自転車屋の店主を見た。ハンサムに支えられている。


「シロナさんは考古学者だって言ってましたよね?」

「ええ。」

「考古学者がわざわざあの建物に来た理由が知りたいです。」

「あら、もしかして疑ってる?私は自転車屋の店主を助けるため。困ってる人に目を瞑るなんてできない性分でね。」

本当は、斎のことを心配したナナカマド博士に言われて、様子を見るためだったが。それは言わない方がいいとシロナは判断して秘密にしておくことにした。
博士が心配するのもわかる。シロナ自身も斎のこれからが心配だった。
実はシロナと斎はこれが合ったのが初めてではない。記憶を無くす前の彼女のことを知っているから心配なのだ。

「そうですか。」


人は考える葦(アシ)であるとは言うが、四六時中考えているわけではない。
斎はいろいろ考えをまとめないといけないとは思っていたが、今日はもう疲れてしまった。体力的にも精神的にも。



「…疲れた。」

その場で斎が地面に座り込むと、自転車屋の店主が「今日は私の店に泊まっていってくれ。」と言った。

「ありがとうございます。」とジュン。斎は無言で頷いた。






後書き

自転車屋の店主とかジュンがいなかったら見殺し確定です



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