触れられる、というのは、我ながらとても贅沢なことだと思う。
本来、死者は生者に関与出来ない。
誰にも覆せないこの世の理なのだから。

「ーーえっと、煉獄さん?」

なんて無防備。だが、そこもまた愛おしい。
杏寿郎は宿の部屋に入って早々、何故だかどうしようもなく名前に触れたくなり、彼女の顔を覗き込むと、そっとその頬に触れた。

ーー……あたたかい。

窓の外は清々しい朝だった。
溢れ出る朝日によって徐々に明るくなる部屋の中、杏寿郎は名前の身体に覆い被さる。
今の彼は、一般人の視界に映らない。
大半の人間は彼の存在すら認知出来ない。
そんな儚い存在なのだ。
杏寿郎の肉体はこの世の何処を探しても見付からないし、自分が完全に死んだとは思っていない、今だって未だ生きていると信じている。
いつしか自分を知る者は皆いなくなって、そんな世界でもし自分の死を受け入れてしまったら、それこそ本当の意味での終わりを迎えてしまうのではないか。
故に、そう簡単に許容する訳にはいかない。
まだ、彼女をひとりだけ残しては行けない。

「最近の煉獄さんは甘えたがりですね」
「存分に甘やかしてくれ!!」
「甘や……えーと、どうしましょう」
「言えば何でも応えてくれるのか?」
「何でも、かどうかは分かりませんけども……出来る限り頑張りますね」

そう言って頬を赤らめそっぽを向く。
可愛らしい。思わず、手が伸びる。
指の腹で内腿の皮膚の薄い箇所をなぞれば、ぴくんと小さく肩が震えた。
悩ましげに歪む眉。熱っぽい眼差し。

君は人外だ。
俺も人外だ。
だけど、こうして愛を確かめ合える。
互いに現実から目を背けず向き合うことが出来たなら、もう少し共に在ることを許されるような気がするのだ。

「好きだ。名前。……触りたい」

向き合う。己の欲に。
ありのまま包み隠さず伝える。
態度で示せ。言葉で示せ。
そうでなくては伝わらない。

「触るだけ?」
「君からも触られたい」
「ふふ、子犬の戯れみたい」
「そんなに可愛らしいものではないぞ俺は」
「あぁ、そうでした。煉獄さんは子犬というより大型犬でした」
「触れて、触れられて、その先も」
「その先?」
「君を暴いて、あられも無い姿が見たい」
「ッ」
「わかりやすいなぁ。君は。言葉だけで疼いてしまったか?」
「煉獄さんの羞恥心は忘却の彼方へと置き去りにされてしまったのでしょうか」
「むぅ。少しばかり心外なんだが。何度も言うが俺とて緊張も恥じらいもする。だが、明日でいい今度でいいと結論を先送りにしたところで良いことなど何ひとつ無い。ので、決断はすぐにした方が良い。悩む時間が勿体無いぞ」
「それは分かりますけども、もっとこう、言い回しを……煉獄さんは直接的過ぎます」
「そういうのは得意ではないんだ。悪いが、慣れてくれ」

生きていた時以上に時は有限だと実感する。
残り何日、何刻、と常に意識している。
朝が来るのが怖い、その恐怖心が、彼女に触れたい欲へと繋がる。
触れていると実感できる。
生きている名前に何らかの影響を与え変化をもたらすことで、自分が現世に在ることを。
俺はまだ、死んでいない。

もっと求めて欲しい。そうすれば、君の隣に居ることの理由になる。

「……煉獄さん」
「うん?」
「好きです。煉獄さん」
「……」

違う。そうじゃないだろう。
彼女を理由にしたい訳ではない。
ただ、俺が彼女の隣にいたいだけ。
己の愚行を正当化したいだけなのだ。

「ありがとう。俺も名前のことが好きだ。愛している」
「わ、私も……あっ」

布越しに、かり、と引っ掻く。それだけで。
感じてくれている。
柔らかい胸の感触を味わいながら、杏寿郎はその実感に幸福感で心満たされる。

「ま、待って」
「待ってはやれるが、やめてはやれない」
「だって、煉獄さ……んむ」

何か言いたげな唇を己のそれで塞ぎ、すかさず侵入させた舌で口内を暴く。
ぢゅる、と音を立て思いきり吸うと、名前の肩がより一層大きく跳ねた。
呼吸の仕方には自信がある。
長い長い口吸いにも杏寿郎は適応できるが、名前にはそれができない。
息苦しさと気持ち良さが同時に訪れた。
じわりと溢れ出る涙が果たしてどちらによるものなのかは分からないが、恐らくどちらもなのだと思う。
力のこもらぬ手で袖をぐいと引かれ、そのささやかな抵抗すら可愛らしい。
その苦しみも快楽も自分が与えていて、それに悶えている姿だからこそ、こうして歪んだ感情を抱いてしまうのかもしれない。

「……んっ」

ようやく唇を離してやる頃には、名前はぐったりとしていた。
力無く抵抗すらままならない、このか弱い存在を今から暴く。ーー罪悪感と高揚感。
良くない感情だという自覚はある。
いっそ罵倒してくれたらいいのに。
叱ってくれて構わない。
だって、悪い子だろう。俺は。
昔から何かに反発することも逆らうことも知らなかったし、必要も無かったのに、何故、今になって。

「ひっ、ぅ……」
「名前。足が」
「……」
「足」
「わっ、かってます!けれど、怖いし、恥ずかしいのです!これは無意識下の自己防衛というもので……ッ」

と、何やら早口で捲し立てながら、腹をげしげしと蹴ってくる名前。
笑える程に、全く痛くも痒くもないが。

「足癖が悪い!」
「ひゃあ!?」

その行儀の悪い足の首をむんずと掴み、ぐいと上へ持ち上げてやった。
すると、名前の上半身は必然的に沈む。
この体勢で体を持ち上げられるのは、よほどの腹筋力の持ち主くらいだ。
加えて、杏寿郎の力に適う者となれば、そんな輩はそうそういない。
ずるい、と物申したそうな瞳が涙を浮かべ、こちらをじっと見つめている。
杏寿郎はにっこりと如何にも無害そうな笑みを浮かべながら、重力に従いずるずると落ちてしまった袴の裾から覗いた内腿に唇を寄せた。
そこから徐々に顔を潜らせて、向かう先には名前のーー

「邪魔だな!!」
「煉獄さん!?」

と、色気も雰囲気もそっちのけで、とうとう杏寿郎は彼女の体をひっくり返してしまった。
実は杏寿郎、触れられるのは名前にだけ。
他の人にも物にも触れられないのだ。
それは、彼女が着ている服も例外ではない。
ゆえに、触れずとも名前の身ぐるみをどうにかしたい。
自ら脱いでもらうという手段もあるが、それを初な名前に毎度強いるのは酷な話。
もっとも、羞恥心を煽るという意味合いでは、この体勢もなかなかのものだが。

「い、痛い。痛いです。煉獄さん」
「君は体が固いな!?整体屋で少し解してもらった方がいい!なんなら俺がまたそれの真似事でも……」
「そっちではなくて、足首が」
「……こっちか!」
「力、緩めてください。逃げませんから。それにこの体勢、かなりキツイです」
「なら、君が自分で開いて欲しい」
「開く?」
「足を」
「足!?」

その気がなくとも羞恥を煽ぐ。無意識に。
これこそが、杏寿郎が人に「ズレている」と言われる由縁のひとつだ。
悪意が無いからタチが悪い。
無論、人のいい杏寿郎にそのつもりも無い。
杏寿郎が思うことはひとつだけ。
それは、如何に名前の為に何かを成すかーーただそれだけが今の彼の存在意義なのだ。




2 / 表紙
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