タタン、タタン、一定の間隔を保ち続ける、何処かリズミカルな音を聞きながら。

「此処は、」

彼女の気配を追っているうちに、彼はこの場所を訪れておりました。
あれからどれ程の歳月が過ぎたのでしょう。
いちいち数えておりませんでしたが、少なくとも彼が死に四十九日は経過したかと思います。
裁判の結果は、如何に。
無罪ならば極楽へ。
有罪ならば地獄へ。
てっきりそういう取り決めなのだとばかり考えておりましたが、彼はどちらへも招かれることはありませんでした。
では、此処は一体。
現世でもなくあの世でもない。
そこでふと彼は彼女との会話を思い出します。

「ーー“煉獄”」

思い描いていた様子とは随分と異なるなぁ、というのが率直な感想でした。
そこは、彼が死ぬ直前に乗車していた無限列車の内装にとてもよく似ておりました。
今際の際、人は一番好きな姿で、好きな場所に居られるようです。
幼き頃に家族を亡くし、それでも家族を強く想い続けた者はーーかつて家族が生きていた頃の姿で亡き家族との再会を果たしました。
助けられなかったことを悔やみ続けた者はーー助けたかった彼らとの再会を果たし、各々の胸の内を聞くことが出来ました。
死から逃れる術はありません。
しかし、最期に救いがありました。
悲しいことばかりではないのです。
どうか、死にゆく彼らのせめてもの心の救済になりますようにと願わずにはいられませんでした。
例えそれが、都合のいい妄想だとしても。

生前彼は、この車窓から眺める美しい星空を、愛おしい彼女と共に見たいと願いました。
肝心の彼女は何処に居るのでしょう。
彼女の存在なくしては、彼の心が救われることは有り得ません。
綺麗な景色も、心地好い場所も、彼女が隣に居なければ何の意味も成さないのです。
彼が此処を訪れる前ーーそれが具体的にどれ程前なのかは分かりませんが、彼女は肉体を失ってしまっただけで、魂は確かに存在しておりました。
生きたまま咀嚼されず飲み込まれている、言わばそれはーー丸呑み状態。
我ながら上手い例えだと思いましたが、きっと彼女は嫌がるでしょう。
そういう訳で、彼女の魂はきっと何処かで彷徨い漂っているはずなのです。
早く、見つけてあげなければ。



「……むぅ!」

思いのほかすぐに見つかりました。
彼女が居たのは、すぐ隣の車両。
見えるのは、恐らくこちらに背を向けて座っているのであろう彼女の後頭部だけ。
彼は期待と喜びで飛び跳ねる心臓を抑え込むように胸元を掴み、ふぅ、と一度深呼吸をし呼吸を整えてから、ゆっくりと近付きます。
駆け寄って、飛び付いてしまいたい気持ちもありましたが、それはあまりに子どもらしいので我慢します。
彼女の前では格好付けたがる、見栄っ張りな彼の悪い癖です。

名前はーー眠っておりました。
すやすやと、何処かあどけない表情で。

「……」

彼は、ほっとしたような残念なような、複雑な気持ちになりましたが、それを悟られぬ程度に眉をぴくりと動かすだけで、大きな変化は見られません。
ただ、今はどちらかと言うと前者寄りかもしれません。
彼は、眠る彼女の隣に腰掛けると、車窓から眺める星空を見つめます。
夢が叶ったーーとは言い難いですけども、彼女が隣に居る、ただそれだけで、心は驚く程に穏やかでした。

「そうか。君は……半分はまだ、あの男に奪われたままなのだな」

それでも、例え不完全でも、こうして自分を選んでもらえたことがとても嬉しいのです。
健気な彼女がとても愛おしいです。
早く、取り戻してやらなくては。
しかし、彼は忘れておりませんでした。
死者は生者に関与できない。
それは、この世の摂理のようなもの。
只の人ひとり如きが覆すことはできません。
彼が、あの男ーー鬼舞辻無惨との接触を図り彼女の半分を取り返す為には、まず、同じ土俵に立たねばならないのです。
それは、つまるところ鬼舞辻無惨の敗北ーー即ち、鬼の滅亡を意味しておりました。
死んだ人間が生き返るなどという非道理的なことでも起きぬ限り、今の彼には、待つことしかできません。
いずれ必ず取り戻し、あるべき約束の再会は果たされるーー彼はそう心に決めておりました。

「考えても仕方がないな!何もしてやれず申し訳ないが、今は彼らに託すとしよう!」

来るべき日の為に彼が出来ることは、仲間を信じることだけでした。
彼は信じておりました。
自分が居なくとも、彼らは勝てる。
自分という存在はたかが知れてる。
何も卑屈になっている訳ではございません。
彼は、心底、本気でそう思っておりました。
故に、託したのです。
それ相応でなければ託せない。
重荷になってしまうのが嫌だったからです。

「柱は皆、高い志を抱いている。心から尊敬する者達だ。彼らには文を残してきたが、はてはて、ちゃんと読んでもらえているだろうか。最後まで」

受け取り方によっては破り捨てられてしまうかもしれないなァ、と笑う彼の頭には、傷だらけの男の顔が浮かんでおりました。
彼の反応には興味があります。
それを見られないのは、少し残念です。

「さて、俺も少し眠るとしよう。時間はたっぷりある。ーーなぁ、名前」

夢の中で愛おしい彼女と相見えることを夢見ながら、彼は腕を組み全体重を背に預けます。
椅子は高過ぎず低過ぎず、木製ゆえに少々固いことは否めませんが、寝られないことはありません。
元より、彼は何処ででも眠れる質でしたが、

「ん……っ」
「!」

その時、彼女が前触れなく寝息と共に声を出すものですから、彼はとても驚いてしまい、思わず眼を見開きました。
目覚めるはずもありません。
相変わらずすやすやと眠ったまま。
彼は、ふっと優しく微笑み、彼女をこちらへ寄り掛かるよう促すと、逆らう訳もなくその小さな身体はこちらへ体重を預けてきました。
肩に頭をこてんと乗せ、すやすやと。
この感触には覚えがあります。
恐らく、生前の記憶。
あの少年らと共に任務の用で乗り込んだ、無限列車での朧気な記憶。
あの時よりは少し軽いかな。
寄り掛かられるのは、嫌ではありません。

タタン、タタン、一定の間隔を保ち続ける、何処かリズミカルな音を聞きながら。

彼女の寝顔を見つめていると無条件に気分が落ち着く反面、胸の奥で何かがざわめきます。
掴みどころのない霧を追うような、それでいて届かないであろう絶対的な確信。
それを認めざるを得ない、無力感と虚無感。

タタン、タタン、一定の間隔を保ち続ける、何処かリズミカルな音を聞きながら。

「あわよくば、夢の中で君とーー」

タタン、タタン、一定の間隔を保ち続ける、何処かリズミカルな音を聞きながら。

タタン、タタン、タタン、
タタン、タタン、
タタン、



愛し合う二人は身を寄せ合い、幸福な眠りに就きました。
何人たりとも邪魔させない、二人だけの眠り。





12 / 表紙
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