※R18



考えたくはないと思いつつ、心の何処かで別れの時を予感しているのだと思う。
来るべき時が訪れた時の為に、心積りをしておかねばならない。
それからーー名前の今後について。
未来ある彼女のこれからが、幸福溢れる日々であって欲しいと切に願っている。
他の者と結ばれる未来もあるやもしれないが、そこに自分という存在はいない。
その頃にはもうとっくに四十九日を越え、現世から煉獄杏寿郎という存在は完全に消える。
これは、避けようのない確実な未来の話だ。
死者には、そこへ至るまでの選択肢が無い。
ならば、その中で何を成すか、何を残せるかが重要だと杏寿郎は考えている。

無論、彼は至って真剣である。



「こら、閉じない。足を広げて」
「は、はい」
「もっと大きく」
「……まだ、ですか?」
「うむ。これでは俺が見づらい」
「見せる為の行程だったんですかこれ!?」

そうと分かった途端に急いで両膝を合わせようとした矢先、ガッと掴まれ阻まれる。

「名前。俺は君の身体を誰よりも知っているという自負がある。恐らくは、君よりも」

諭すような口調で杏寿郎は告げる。
彼女の閉じ掛けた膝をやんわりと、少しずつ、ゆっくりと押し広げてゆく。

「俺は恥も承知で君に全て曝け出している。君も全て見せて欲しい」
「し、しかし……私だけあられもない姿では、不公平です。そう仰るのであれば、煉獄さんも一緒に」
「……むぅ」
「嫌、ですか?」

そうではない。ただ思うところがあるだけ。
杏寿郎はそんな胸の内を悟らせぬよう取り繕って微笑むが、それでも名前には隠し切れず、ほんの僅かな変化さえ気付いてしまうらしい。

「煉獄さん……?」
「ーーいや!何でもない!ただ、少し恥ずかしいなと思っただけだ!」

と、欠片も思っていないことを口にすればさすがにどうかと思ったが、名前はそれ以上言及してこなかった。
代わりに杏寿郎の羽織りを掴み、欲に濡れた瞳で物言わずとも訴える。
衝動。ないはずの血液が沸騰し、全身くまなく駆け巡る。体温が急激に上がるーー“錯覚”。
死んだ身となって以来、杏寿郎は触れることは増えたものの、触れられることを躊躇するようになった。
触れられて嫌な訳が無い。
むしろ嬉しいし、もっと触って欲しい。
恐ろしかったのだ。彼は一線は越えぬと断言しており、この考えが覆ることはないが、死後にその悦びを知ってしまったら本当に離れ難くなってしまって、きっと離れられなくなる。
だけど、離れなくてはならない。絶対に。
心が依存したまま体を物理的に引き離されるのは、とても辛いことだと思う。

「要するに!脱げば良いのだろう!!」

そう言って爛々と眼を輝かせながら首元の一番上のボタンをぷちりと外す、その様を見る限りでは、彼の杞憂など垣間見えすらしない。

「要……しているのか、些か疑問ですが」
「なんと!よもや意味を履き違えたか!」
「……まぁ、いいです。その先は私がどうにかしてしまうので」
「いつにも増して強気だな。策はあるのか」
「小細工なんて通用しないでしょう」

お互いに。そう付け加えて、小さく笑った。



脱いだ羽織りは綺麗に畳まれ、枕脇へ。
羽織りの無い姿は華奢に見える、と名前は瞳をぱちくりさせるが、ボタンを外し顕になった肉体は華奢からは程遠い。
今の杏寿郎は、名前の記憶の中に残る、一番よく知られている姿をしていた。
古傷が残る鍛え上げられた身体。
欠損もなく、当然腹部も抉られていない。
死者の姿は人々の記憶から象られ、見る者によってその姿を変える。
死者は生者の記憶の中でしか生きられない、と言われているひとつの由縁だ。
杏寿郎は己の姿かたちに安堵する。
良かった。彼女はまだ知らない。
鬼に敗れ変わり果てた醜い俺の姿は、未だ。
知らなくていい。
知らないで欲しい。
せめて愛おしい名前の中では、強く逞しく頼もしい炎柱の姿のままでいたい。

「名前」

耳元で囁けば、名前はそれだけで感じているらしい、何かに耐えるように唇を噛む。
彼女の手の甲に己の手を重ね、促した先はもうすでに濡れていた。
彼は直接的には触れず、あくまで誘導、それから言葉を発するに留まる。
どうやらそれが名前には効果覿面らしく、まだ指の爪先すら挿入していないにも関わらず、すでに一度軽く達している。
気持ちの問題なのだと思う。
特に名前の場合、感受性が豊かだから。

「ここだ。名前。ーー分かるか?君が一番敏感なところだ」

二本の指を使って左右に開いてやれば、皮の剥けた陰核が姿を現す。
もうすでに赤く膨れその存在を主張しており、直接外部の空気に触れる感覚のみで名前は小さく身震いした。

「ひどく敏感。故に、丁寧に扱ってやらねばならない。俺は力の加減が下手なんだが、君はこれくらいがちょうど良かった」

そう言って名前の唇に指の腹を当て、軽くふにと押し付ける。
下には触れない。案の定、名前は、

「唇、ではなくて……その、下は」
「っ」

そんな顔をしないでくれ。
つい甘やかしたくなってしまう。
杏寿郎は、んんっ、と咳払いをひとつして、気を取り直してから、慎重に言葉を選ぶ。

「それはいけない。君は、自分でやらなくてはならない」
「……」
「物は試しだ。まずは触ってみなさい。ーーそう、そっとだ。どんな感じなのか率直な意見を聞かせて欲しい」
「……違和感」

と、期待通りにはいかない名前の正直な反応につい吹き出してしまう杏寿郎。
とはいえ気持ち悪いという訳ではなく、良好な手応えを確かに感じている。
根拠は、名前の表情。
彼女は存外分かりやすく、確かにそれは違和感でしかないのだろうけれど、あと少しで快楽へと変わる境界線といったところか。

「何もせずに触れると痛いだけだからな。覚えておくといい」
「何故……そんなにお詳しいのでしょう」
「言っただろう。それについての書物なら幾らでもある。単に君が手を伸ばさないだけで、未知の世界はそこらにあるものだ。無数にな。宇髄から見舞いに貰ったあの本にも一度目を通してみるといい。なかなかに面白……いや、興味深い」
「いつの間に読んだのですか!?」
「君が隅に追いやってしまうものだから。丁重に風呂敷で包んだりなどして。あれは、逆に目立つ」
「か、隠していた訳では……って、何だかこれでは私が疚しいものを隠していたようで、いたたまれないのですが……、っん」

しどろもどろになって目線を下げ、頬を染める名前があまりに可愛らしいものだから、つい耳朶を舌ですくい取ってしまった。
催促の意味も込めて。
早く早く。先が見たい。
名前の、美しく乱れる姿が見たい。
その一方でーーそのつもりはなくともまるで彼女を騙しているようで、ひとつ、またひとつと隠し事が増えてゆくうちに、悲しくなった。

「まずはそこに触れるだけでいい。早かったり強ければ良いという訳ではないからな。前後に摩ったり、軽く押してみたり、色々と試してみよう。きっと気持ちが良い」

そう言って、添えた手を動かし、誘導。
戸惑いの色を湛え、今にも泣き出してしまいそうな程に潤んだ瞳はじぃっ、と一点を見つめ、杏寿郎の手の動きを脳に焼き付けている。

「!」
「……あぁ、ここか」

ある箇所を指で弾いてやれば、足が爪先までぴんと伸びる。
身体を縮こませ、胸の中で震える名前の、嗚呼なんと可愛らしいことか。
嫌々口では言いつつも決して手を振り払おうとはせず、逆らわず、そのまま快楽に身を委ねていたのだけれど、名前が絶頂を迎える決定打となるのは、何時如何なる時もーー

「ーー名前」

杏寿郎の、愛おしげに名を呼ぶ声だった。
こうして名前はいとも容易く、彼に何も手出し出来ぬまま、二度も達してしまった。




10 / 表紙
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