※R18



杏寿郎の呼び掛けで、名前は目覚めた。
本来ならばすやすやと眠っていたところすぐに起こされてしまったので、実のところ名前は眠くて眠くて仕方がない。
眠りの一歩手前で引き戻され、寝損ねたのだから当たり前。
それに、血を飲まない名前にとって食欲以外の他の欲を満たすことはとても重要なのだ。
何故なら、これは代替なのだから。
早く何かで満たさなくてはならない。
杏寿郎も当然の如く知っているはずーーいや、知らないはずがないのだが。

「俺のことは気にするな!」

もはや突っ込む気力すらなく、名前は再び静かに瞼を閉じるけれども、視界を遮断することは出来ても、触れられている感触までも遮断することは出来ない。

「んっ……」

首筋に唇を寄せ、舌を這わせる。
名前の身体が小さく震え、吐息を漏らす。
気にするなと言う割には、気にして欲しいと言わんばかりに触れる杏寿郎。
名前は何も彼を差し置いて一人眠りたい訳ではないが、生き物には抗えぬ欲求がある。
中でも最たるものは食欲であり、食わず飲まずではいずれ死んでしまうからという大前提の話ではあるが、鬼である名前の場合、その代替が睡眠欲。
無理を強いているという自覚はあった。
自覚はあるのに、それでも強請る。
まるで今までの埋め合わせをするように。

「ン……、ぁっ、やだ」

無意識のうちに口をつく、拒絶の言葉。
本意ではない。が、思わず。
顔を背け、腰が引けるが、杏寿郎の逞しい腕が名前の身体に絡み付いて離れない。

「俺から離れないでくれ」
「っ、……」

そう言えば、頼み事に弱い名前は動けない。
知っている。名前は優しい娘だから。
こうして彼女の優しさにつけ入り利用するような己の愚行も、自覚しつつ、決して正そうとは思わなかった。
もしかすると彼女との明日はもう二度と訪れないかもしれないのだから、今感じたこと、したいこと、与えたいものは惜しみなく表明すべきだ。言葉で。行動で。

「名前。したい」

名前は逸らした顔をおずおずと戻し、再び杏寿郎と間近で目を合わせる。

「君とまぐわいたい」
「……はい。私も、です」

互いに想いは、願いは、同じだった。
叶うか否かは別として。
杏寿郎は同意を得たと同時に、より一層力を込めて名前をぎゅうと抱き寄せた。

「ありがとう。君は優しいな」
「何故? 本心です。正真正銘、私自身の」

今度は名前が杏寿郎の首筋に唇を寄せ、舌を這わせる。
途端に、ぞくり、良からぬ感情が膨れ上がり、杏寿郎はとうとう我慢出来なくなって、膝で彼女の下腹部に触れると、粘り気のある湿った音がした。
濡れている。感じている。
この様な身でも彼女にまだ何か与えられる。

「名前。俺が君をたくさん気持ち良くするから、ずっと傍に置いて欲しい」

もう、そのくらいしかしてやれないが、と付け加える杏寿郎が今どんな顔をしているのかは目の前にいる名前にしか知り得ない。
ひどく切実なのだろうなという自覚はある。
だが、見返りを必要としていないのは杏寿郎だけでなく、名前も同じだった。
そんなものは求めていないし、何ならそれは杏寿郎でなくとも与えられる。
快楽なんてものは体の構造をある程度知っていれば否応なしに感じてしまうのだから。

「要らないです。そんなこと、無理にしなくていいので。ーー煉獄さん」

名前の呼び掛けに、杏寿郎はハッとする。
そうだ。これは彼女ではなく自身の願いだ。
邪な欲望を正当化したくて、傲慢にも彼女の願いに差し替えようとしていた。
あぁ、やはりこれはよくないことなのだ。
俺は、今宵もまた、彼女にいけないことをしようとしているのだ。
駄目なのに。頭では理解している。
そう思うことこそが、したいという己の強い感情の裏返しなのだろう。

「君が欲しい」

それ以外はもう何も要らないーーそんな使い古された愛の言葉も、今の杏寿郎が口にするのでは重みが違う。
事実、彼は己の存在自体含め、何もかも全て失ったのだから。
あげたい。あげられるものならば全て。
名前は自ら着ていたものをゆっくりと脱ぎ捨て、杏寿郎の首に両腕を回し引き寄せると、口を吸う。
そんな大胆な彼女の行動に対し杏寿郎は負けじと舌を絡ませ、呼吸を奪う。
唇を交えたまま、杏寿郎はようやく直に触れることの許された名前の肌へと指を這わせ、暫し反応を伺っている。
一際大きく肩を揺らし、腰を引く箇所は、もうすでに熟知していた。
その箇所に限りなく近いところで敢えて微弱な刺激を与え続ける。
口吸いをしている為に物申すことが出来ない名前は態度で示すしか他なく、そんな杏寿郎に対し、抗議の代わりに足を絡ませてきた。



ぐぷり

「……んっ」

杏寿郎の右手が名前の下半身に伸びて、二本の指が一気に捩じ込まれるものの、それらはいとも呆気なく飲み込まれる。
狭い中を押し広げるように何度か指をばらばらにばたつかせ、少し解れてきた頃合いに指をもう一本追加する。
かなりの圧迫感に見えるが、本物には程遠い。
未知なる感覚を想像しながら、あたたかく湿ったその内壁を時折引っ掻き、感覚や具合を確かめる。

「……はッ、滑(ぬめ)りが凄いな。大して触れてもいなかったが、君はよほど口吸いが好きらしい」

ようやく唇が離れた矢先に意地の悪いことを言ってみたりもするが、名前は反論も反抗もせず、己の浅はかな欲を素直に認めた。
ただただ羞恥に頬を赤く染め、若干気まずそうではある。

「自分の体のことはちゃんと知っておいた方がいい。いつでも俺がしてあげられるとは限らないからな。ーーほら」

杏寿郎は左手で名前の手を取り、そこへ促すと同時にずるりと右手を引き抜いた。
塞いでいたものが失われたそこは、唐突な喪失感を訴えるようにはくはくと収縮を繰り返している。

「触ってごらん」
「……?」
「大丈夫。君の細い指ならばすんなり挿入る」
「えっ、自分で!?」
「うん?したことがないのか。俺が君の名を呼びながら厠でしていた“アレ”だぞ。つまるところ、自慰だな!」
「!?!?」

あけすけもなく告げる杏寿郎に、名前はまるで処女のような反応である。
いや、実際のところ処女ではあるが、していることはしているのだし、それも一度や二度の話ではない。

「君のその初々しい反応が俺を煽っていることを知らないのか?あるいは故意か」
「そっ、そんな訳……!違います!!」
「うむ。まぁ、そうだろうな。すまない。少しいじめ過ぎてしまった」

杏寿郎は自らの行き過ぎた言動を謝罪しつつ、それでも名前にさせようとすることは変わらない。

「それにしても……そうか。君はしたことがなかったのか。ならば尚のこと今覚えなくてはならないな。どれ、教えてあげよう。 ーーそうだな。まずは……」
「ち、ちょっと待ってください!!」

あんなにも散々解し解され、熱冷めやまぬ雰囲気の中、唐突に提示された杏寿郎の案。
彼の真意など知る由もない名前は、単なる杏寿郎の無茶振りとしか思えない。
すると、杏寿郎は突然、神妙な顔付きになる。

「名前。君はこの先鬼の血と共存しなくてはならない。無論、克服が大前提として、常に俺が傍に居られれば良いが、そうしたくても出来ない時がある。故に、いざという時の欲の捌け口があるに越したことはないだろう。とはいえ、俺以外の何処ぞの男にその役割を明け渡したくもない。これっぽっちも」
「煉獄さん……」
「というのと、単に君の自慰が見たい」
「……」

最後のは言わなくて良かったのでは、とは言わなかったが、彼の言い分は凡そ正しい。
名前は諦めにも似た表情で、

「……ご教示願います」
「とは言ったはものの、これはもう試行錯誤するしかないな!男と女では違うだろうし」
「正直、自分でどうにかなるものだとは思えませんね」
「君の身体は快楽を拾いやすい。コツさえ掴めばすぐに慣れる」
「慣れたくはありませんが……」

そんな会話をしているうちに、名前はやけに冷静になってしまった。
すると、途端に今まで頭の中を掠りもしなかった素朴な疑問が浮かんでくる。

「そもそも何故異物を身体に挿入れたところで快楽を得られるのでしょう。内臓に物が出たり入ったりする訳ですし、よくよく考えてみると恐ろしい行為だとは思いませんか」
「君は色々と唐突だな!」
「煉獄さんにだけは言われたくないです」
「男の体は実に単純だ。扱くなり擦るなり、刺激を与えてやれば気持ち良くなれるよう造られている。まぁ、極論だが」
「……あの、この会話萎えませんか?」

ただ、なァ、と言葉を続けようとする杏寿郎の眼の色が一瞬、変わる。

「快楽を得るのは簡単だが、それだけでは満たされない。心底好いた相手ならば、その相手の為に尽くしたいし満足させてやりたいと思う。ーー君も聞いただろう。俺は自らを慰める時、君の名前を口にする。無意識に。君のことを考えながらしているからだ。もう何度、想像の中で君を暴いたか分からない」
「……正直ですね」
「今更、隠すものでもあるまい」

杏寿郎は自身のことを暴露したにも関わらず、羞恥なんてものはとうに通り過ぎている。
邪な意図は無い。
全く無いとも言い切れないが。




9 / 表紙
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