冨岡義勇は、大層機嫌が悪かった。

「うまい!うまい!」

熱があるにも関わず、目の前の料理を次々と平らげてゆく杏寿郎。
そんな彼の食いっぷりと、溢れんばかりの大盛り皿を交互に見やり、それだけで普段少食な義勇は、腹が満たされてゆくような錯覚を覚える。
いや、そもそもの話、彼が本当に食べたかったのは鮭大根であって。

「ぶり大根じゃないか......」
「脂がのっていてうまいぞ!まぁ、確かに鰤なんだが!旬の魚だ!」
「......」

箸でツンツンと大根をつつき、試しに鰤を口に含んでみたはものの、不機嫌そうな表情はぴくりとも変わらず。
とてもじゃないが、作り手に見せられる顔ではない。
この食堂は、個室であった。
三、四人ゆったり入れる程度の広さ。
部屋の隅では名前が横になり、上から杏寿郎の羽織りがかけられていた。
目覚める気配は、今のところ無い。

「むぅ!もう食わんのか!?」
「......いい」
「そうか!ならば、俺が残り全て食ってしまおう!!」

そう言うなり杏寿郎は言葉通り、全てを食らい尽くしてしまった。
本当にあっという間の出来事だった。

「ごちそうさまでした!」
「......」

個室の中で杏寿郎の声が響き渡り、同室にいる義勇の鼓膜を揺らす。
激しく、キーンッ、と劈くように。
これ程の大声であの娘は起きないのだろうかとチラリと見るが、名前のまぶたは固く閉ざされたままだった。
そんな彼の視線に気づいた杏寿郎は、これを機にさっそく本題へと移る。

「......うむ。彼女のことなんだが」
「話には聞いている。鬼の血をその身に注がれているのだと」

しかし、彼女はかなりの例外で、太陽の光に晒されても灰にならないこと、無惨の支配を受けていないこと等など、不鮮明な部分があまりに多すぎることを義勇は指摘する。

「少なくとも、俺の知る鬼の少女は......基本的な性質は鬼そのもの。太陽をものともしないなど、ありえない」

その少女こそが、最近の柱合会議でも議題に挙げられた、鬼殺隊員と共にある鬼の少女・竈門禰豆子である。
義勇は彼女を知っていた。
今から二年も前のことだ。
それなのに皆に報告もせず、鬼と知っておきながら兄諸共見逃した。
無論、大多数がその選択を咎めた。
鬼を生かすなど、言語道断。
杏寿郎もそのうちのひとりであった。
名前と出会うまでは。

「名前は、鬼ではない」
「あの娘が鬼か否かなど、そんなことはどうだっていい。問題は、被害の有無。本当に人に害は無いのか」
「無い。今のところは」

そうーー今のところ、は。
懸念視すべきなのは、この頃、名前の鬼化が急激に進んでいること。
彼女が、杏寿郎を喰いたいと口にしたことは敢えて黙っておいた。
自分のみに向けられたものであれば、強いて話すことでもないだろう。
これは、彼女と俺の問題なのだから。
秘め事は非常に心苦しいが、杏寿郎はそれを最善なのだと確信している。

「冨岡にだからこそ問いたい」

そう切り出した杏寿郎は、いつになく真剣な表情であった。
机に肘をつき、身を乗り出して、向かい合う義勇は若干引き気味になる。

「冨岡は命を賭けているだろう。その、竈門禰豆子という鬼の少女に。彼女が人を喰らうものならば切腹し、詫びると」
「そうだ」

珍しくも、即答だった。

「なぜ、そこまでする。あの鬼の少女は身内でも何でもないのだろう」
「それは......煉獄。お前にも同じことが言えるんだが」
「......ワハハ!確かに!冨岡の言う通りだ!俺と名前は身内でも、ましてや古くからの知人でもない!付き合い自体も、ここ数日程度だからな!」
「俺は、」

と、そこで言葉はピタリと止まる。
良い言い回しを模索しているのか。
しばし悩んだ挙句、結局、何も言わずに黙り込んでしまったが。

「......」
「......」
「むぅ!?言わぬのか!まぁ、強要はせんが!誰しも、言いたくないことの一つや二つ、あるだろう!」
「(別にそういうわけではないんだが)......そうだな」
「そこでだ!同じ、特定の人物に対し命を賭ける者として、俺の話を聞いてもらえないだろうか!!」

なにが、そこで、に繋がるのだろうと義勇は頭を傾げるが、口には出さず。

「俺は、名前を好いている!恐らくは特別な意味合いで!」
「(そういう類いの相談事を俺に持ちかけるのは)......謬錯だと思う」
「むぅ!?」

あまりに言葉足らずゆえ、義勇の本意とは別の意味で受け取られた。

「この気持ちが謬錯だと言うのか!いいや、そんなはずはない!何故ならば俺は名前のことを、知りたい、触れたいと思っている!他の者には渡したくない!絶対に!」
「(あの娘が起きてしまうので声を)......自重した方がいい」
「それは無理な話というものだ!自覚してしまったからには!この熱き想いが消えることはない!俺は決してあきらめない!」

様々な意味で両極端な彼らの会話が噛み合うことは、ほぼ無い。



78 / 表紙
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