ゆくらくら恋ふ | ナノ
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01. 焦がれ舞い戻る

あれから十年という長い月日が流れた。私はうずまき一族のもとで来る日も来る日も懸命に修行に励み続け、気づけば成人を迎えて図体だけは立派な大人へと成長した。背丈も伸び、忍としての力や体力も付け、一方で精神的にはまだまだ未熟なところもあるが、それでも十年前と比べればいくらかは大人の女性らしく心も成長したと思う。

もともとは十年もうずまき一族にお世話になる予定ではなく、成人前には修行を終え帰還するはずだったのだが、それにも関わらずここまで長期になってしまったことには理由がある。うずまき一族はその特異な能力を狙われ他族からの襲撃に遭うことが多い。特にここ数年は火の国周辺一帯の情勢は悪く、長い戦乱の時代に狂った輩が小さな渦の国を潰そうと凶行に及ぶこともあった。そんなご時勢のため、私は修行のためだけではなく彼らを守る戦力として長くあの場に残されていたのだ。さらに極端に言えば千手がうずまき一族を加護している証明として同盟の駒にされたわけだが、当の私は全く不服に思っていない。孤児だった私を実子たちと変わりなく扱ってくれた仏間さまへの恩返しだと思えばそれで良かったし、うずまき一族の人たちは気が強いところもあるが優しくいい人ばかりで居心地も良かった。故郷を恋しく思う気持ちはいつだってあったが、しかし決して悲観はなく有意義で満ち足りた月日だった。

最近ようやくうずまき一族にも若くて立派な忍が多く育ち、一方で長く続いた戦に千手一族の戦力不足が懸念され、十年経ってついに私に帰還の命令が下されたのである。そして私はミトさまの輿入れに合わせ、付き人を兼ねて千手の集落へと戻ることになった。まだまだ記憶に新しい急な話ではあったが、単純にも胸は躍ってくれる。私は荷馬を牽く綱を持つ手に今一度力を込め、ミトさまと共に一歩一歩森の中を前進していた。木々の葉を忙しなく揺らす爽やかな風も、太陽の光に照らされ香り立つ土の匂いも、何もかもが懐かしい。十年以上も経ったのだ、と感慨に浸りながら、静かに瞼を下し深く呼吸をしてみた。脳裏に幼い日の忘れ去りたい過ちが一瞬過ぎったが、それを振り払うように緑溢れる香りを堪能する。いつの間にやら集落はすぐそこまで迫っていた。段々と濃くなる千手の匂いに感極まり涙が滲む。


「ミト殿ー!コマチー!」


ようやく見えた集落の入り口にお迎えとして何人か大人が控えているかと思えば、そのうちの一人、長髪で立派な図体の男が、妙に馴れ馴れしく私達の名を大声で叫んでいた。何だあいつはとぎょっとしてよくよくその男を見てみれば、それはよく知る少年の面影を残した男で、私の顔は自然とほころぶ。隣にいる長老に不作法を叱られちょっと落ち込んでしまったその様は間違いなく、かつて私を本物の妹のように可愛がってくれた柱間のものだった。

「よくぞ千手の元へ来られた、うずまきミト殿!せっかくの嫁入りの日だというのに、このように簡素な形になってしまって申し訳ない」
「いいえ、良いのです。この御時世大々的に嫁入り道中なんて出来ません。簡素ではありますが、これはこれで静かに穏やかな気持ちでここまで参ることが出来ましたから、趣がありますわ。律儀なお迎え感謝いたします、柱間さま」

ようやく入り口まで到着し、和やかに交わされる柱間とミトさまの会話を、一歩引いたところからしみじみと聞く。渦潮の国のうずまき一族の姫君であるミトさまの輿入れともなれば、本来は輿を用意し沢山の付き人を連れて大々的に嫁入り道中を行うものだ。しかし、この物騒なご時世、そんな目立つ行列を作ってはどこで襲撃されてもおかしくはない。まして千手一族に恨みがある忍は沢山いる、その一族の長の婚礼を快く思わずぶち壊してしまいたいと画策する輩は絶対に存在しているだろう。そういう理由でミトさまは本来の形の嫁入りを辞退し、私と二人っきり忍んで千手一族へと旅することとなった。いや、二人と言っても厳密にはそうではなく、実は私たちとは距離を取って千手から寄越された護衛が密かに付いてきているらしい。うずまき一族の元を発ってからずっと後をついてきている気配がそれなのだろう。誰かは知らないがこの長い旅路をずっと隠れながら護衛するのは骨折りだったはず。協力には感謝しかない。そんな厳戒態勢で私たちは長旅をやっと終えることができたのだった。幸いにも特に襲撃などなく無事千手の集落までやってくることが出来て、私は安堵の笑みをミトさまへと差し向けた。

「長旅お疲れ様ですミトさま。お身体は大丈夫ですか」
「問題ないわ。私よりコマチのほうが疲れたでしょう、ずっと辺りを警戒し続けていたのだもの」
「いいえ、そんな、大層なことはしてません。幸運にも平和な旅路でしたしね、ミトさまとの二人旅楽しかったです」
「コマチも本当にご苦労だった、心より感謝する。…いやはや、久しくて涙が出そうだぞ。随分立派に成長したものだなあ」
「柱間こそ。あ、いや柱間さま、この度はご結婚と族長就任おめでとうございます」
「改まらんでくれ!長と言ってもまだ形だけぞ」

なんて照れくさそうに笑う柱間こそ、立派に成長したものだ。貫禄ある長髪。くっきりと整った目鼻立ち。よく響く低音の声。がっしりと鍛え上げられた大きな身体。私が千手を去る時にはまだ少年の面影を残していたが、今やその時の可愛らしさは微塵もなく、目前にはただ立派に育ちきった成人男性が存在するのみ。しかし、その豪快な笑顔と穏やかでおおらかな眼差しは幼い頃のものと全く変わらない。そこにいるのはまごうことなく、かつて共に一つ屋根の下に住んで同じ釜の飯を食った柱間だ。変わったようで変わっていない成長した柱間の様子を思い、私の胸は喜びに満ち溢れた。

実は柱間はこの十年間何度か渦潮の国を訪れていて、会おうと思えば機会は作れたはずだった。しかし会ってしまえば故郷恋しさに修行の覚悟が揺らぎ、千手の元へ帰りたくなってしまいそうで、私は柱間が訪れた時はいつも顔を合わせないようにしていた。そんな我慢の果て、こうして十年ぶりに無事まみえることができ、本当はもっと親しげに語り合いたい。けれど簡略的とはいえ今はミトさまが主役の嫁入りの場である。これ以上目立ってはお偉い爺様たちに叱られてしまいそうだと悟り、柱間に微笑みを返したあとそれっきり口を噤んだ。

やがて長老たちが迎え口上を述べ始め、ミトさまと二人粛々とその言葉に耳を済ませていると、何故か柱間は爺様たちにばれぬようこそこそと辺りを見渡していた。誰かを探すようなその素振りを疑問に思うものの長老の口上を邪魔する訳にもいかず、再び爺様に気を向けた。

「ではうずまきミトよ。貴女を正式に我が千手一族へ迎え入れる。門をくぐられよ。」

長老の締めの言葉にミトさまは厳粛に頷き、そして若衆によって集落の門はゆっくり開かれた。それと同時に目の前に広がるのは、私が生まれ育ち、十二年間を過ごしてきた懐かしい故郷の風景であった。温かみのある木造の家々、鯉の泳ぐ堀に豊かな緑を湛える生垣。生き生きとした面持ちの人々と賑やかな子供の声。そして誇らしげにたなびく千手の旗。十年という月日は長く、集落の様子も随分変わってしまったのではないかと心配していた。しかし細部は変わっていても、その穏やかな雰囲気は私の記憶そのままだ。あまりの懐かしさに感動が胸からこみ上げ、はからずも目に涙が滲んでしまった。帰還早々泣きじゃくるなんてみっともない様を晒したくはないので私は大慌てで一つ深い呼吸をして、ミトさまに付き添い集落の中へ足を踏み入れようとする――はずだったのだが、唐突に「おい」と呼ばれる。顔を向ければ長老の一人が険しい顔で私を見ている。

「ご苦労だったなコマチ、お前はここまでで良い」
「え、」
「うずまきミト殿に付きそう役は終いだ。そこらの若衆を使っていいから馬から全ての荷物を下ろして屋敷まで運んでくれぬか」

十年の修行とうずまき一族の護衛を終え、命を狙われる可能性もあった長旅をやっと乗り越えてようやく千手一族へと帰還できたかと思えば。まさかこんなにあっさりとミトさまから引き離され雑用を任されるとは思いもせず、私は笑顔を引きつらせた。私を軽んじていることがまざまざと現れている長老の態度に内心癇に障りながらも、到着早々場の空気を壊すわけにもいかず、納得のいかないまま渋々と頷いてみせる。するとそのやり取りを聞いていたのか、ミトさまに寄り添い歩み始めようとしていた柱間が足を止め私へと振り返った。

「ああそれなら、扉間と一緒に荷降ろししたらどうだ?」

その名前にどきりと胸が締め付けられる。途端に心臓は早鐘を打ち、瞠目して立ち尽くしていると、柱間はいやに爽やかな笑顔で思わせぶりに私へ目配せを寄越した。

――正直、扉間と再会することについてはずっと思い悩んでいた。あまりにも悲惨な別れ方をしてしまったので、どんな顔をしてその瞬間を迎えればいいか分からなかった。変に意識してしまってあの時の延長のようにそっけない態度になってはいけないだろう。ではどうする?大人の女性の余裕を醸し出しながら、お上品に慎ましく笑って、「久しぶり」と涼しく挨拶をすればいいのか?しかしそれではちょっと他人行儀すぎやしないか。もうちょっと親しげに、いやでも親しげにできるような別れ方ではなかったし…。

帰還の命令を下されてから何度も何度も最善の再会の仕方を描こうとしてはみたが、結局納得の行くものは浮かびやしなかった。終いには、もうこうなったら行きあたりばったりだとヤケな結論を出し、心臓を口から吐き出しそうなほど緊張しながら千手の集落まで帰ってきた。しかし――出迎えに扉間はいなかった。

族長であり今回の婚礼の主役である柱間は当然出迎えをするだろうし、そうなれば柱間の補佐を務める扉間もきっとその場にいるに違いない。そう予想していたのを見事にはずし、それならば扉間は別件で何か大事な用でもあるのだろう思っていたのだが。

「扉間?でも忙しいんじゃない?ここにはいないでしょ?」
「ん?」
「え?」

柱間と私、二人で仲良くきょとんと同じ表情で顔を見つめ合う。どうも噛み合っていない会話に柱間は小首を傾げて顎に武骨な指を添えた。

「お前、うずまきアシナ殿に出立の前説明されなかったのか?」
「…何を?」
「千手から派遣した護衛のことぞ」
「…無闇に接触して目立つことは避けたいから顔合わせしないまま出発しろとアシナさまは………え、うそ、もしかして」

まさかそんな。
はたと柱間の言わんとすることを理解してしまい、狼狽で顔を引きつらせていると――。



「兄者も人遣いが荒いな。オレとて長旅を終えたばかりなのだぞ」



唐突に背後に現れた気配に取り乱し、身体を揺らしたその瞬間。子供が遊んでいたのだろうか、ちょうど足元の道のど真ん中に置かれた大きめの石に躓き、私はそのまま情けなくもバランスを崩して尻餅をついた。尻の痛みと太陽に眩む目元で慌てて見上げたその先には、大きな男が仁王立ちで私を見下ろしていた。


――その銀色に輝く髪の毛、赤い瞳と険しい目元。ああ、それは間違いなく。



「扉間…、」
「コマチ、容易く尻餅なんぞついて十年では修行が足らなかったのではないか?」
「ガハハハ!お前が道中わざわざ自分の正体を隠して、それでいきなり後ろに現れたのだ、コマチが驚くのも仕方なかろうぞ。さて!あとは頼んだぞ扉間!」

なんてとても楽しげに笑っていた柱間は適当に扉間の肩を数度叩いたあと、心配そうに私を見ているミトさまと呆れたふうに私を見ている爺様たちを引き連れて屋敷へ向かいその場から去っていった。この騒ぎを見ていた一族の者たちの興味はすぐに柱間とミトさまご両人の並び歩く様へ移り、集落の入り口には私と扉間だけが残された。チチチとどこか遠くで小鳥がさえずる音が、嫌に間抜けに二人の間で響いていた。

「早々に情けない姿晒して…恥ずかしい」

十年ぶりの一族の皆の前、さらには遠い昔恋い焦がれた男に再会一発目でこんな醜態晒すとは。我が身の至らなさと運の無さを呪って彼と目も合わせぬまま急いで立ち上がれば、目の前でやり場もなく気まずそうに彷徨う扉間の手を見つける。その手が私を立たせようと差し出されていたことに今更気づくが時既に遅し。彼の好意を無下にしてしまったことに途方もない申し訳なさを感じながら、乾いた喉で笑い声を絞り出した。

「ずっと付いてきてたの、扉間だったのね」
「すまん、脅かすつもりはなかったんだが。存在しないふりをするためチャクラも気配も消さねばならなかったからな。それにまさかアシナ殿も誰が護衛か説明していないとは思わなかった」

当然護衛として誰かが付いてきていることは気づいていたが、そのチャクラの質までは感知できなかった。今でこそ目の前の扉間のチャクラの質を感じ取ることができるが、道中は身を隠す役目のために相当チャクラ量を絞っていたのだろう。随分と厳重に護衛してたものだと感心すると同時に、かつて好きだった扉間にずっと「見られて」いたことにようやく気づき、僅かな乙女心と羞恥心がこみ上げる。

「…そうか…そうだよね。万が一この嫁入りの日にミトさまが襲撃にあってしまったら、一族間で大問題になるものね。手練を護衛に寄越す訳だ」
「…まあ、無事杞憂で済んで良かったな。護衛が出張る機会なんてないに越したことはない」
「でも、ありがとう…ずっと私達を見守ってくれて。それと長旅お疲れ様」
「…ああ。コマチ、お前もな」

そう言う扉間の声音がその険しい顔つきに似合わないほど優しかったので、私は思わず胸を高鳴らせてしまい息を呑んだ。

幼い頃から険しい目つきの少年であったが、成長した扉間はさらに険しく恐ろしげな顔をしている。身体も大きいので、つり上がった細く鋭い目元に自ずと見下される形になってまう。厳格な性格をありありと示すかのようなその様に、やはり少年のころの可愛げは一切存在しない。そんな近寄りがたい雰囲気を放つ大人の姿になってしまった扉間が、醜態を晒した私に優しく声をかけてくれたのは不意打ちであった。ああそうだ――扉間は昔から年齢に似合わないほど真面目で厳格な性格だったが、しかし人を思いやり労うことだって忘れない優しさも持ち合わせていた。長い歳月を経て見た目は随分変わってしまった扉間だが、しかし垣間見える性根の優しさは変わっていない。柱間と同じように扉間もまた、共に暮らしていたあの時のままだと気づいて、私の中でかつての恋心が顔を覗かせた。

動揺を悟られぬように彼から目を反らし、少し頬を熱くしてはにかみながら口を開く。

「扉間、何だか別人みたいに成長したね」
「オレがか?お前のほうがよほど別人のようだ。見てくれだけは一人前の大人の女性になった。…おっちょこちょいで間抜けな気質は変わっておらんようだが」
「もう!」

からかわれてしまい赤面したまま彼に詰め寄ってみれば、彼は少しだけ楽しげに口に弧を描いた。

ずっと思い描いていた、大人の余裕に満ちた再会の仕方ではなかったが、しかしあの陰鬱なお別れを感じさせない穏やかな空気。もうずっと昔に見たっきりの扉間の笑顔。あの過ち以来、どんなに願っても見ることが出来なかったその表情。消えることがないように思えたあのわだかまりは、もう解けてくれたのだろうか。

私は今一度扉間の顔を仰ぎ見て、そして喜びと感動を胸いっぱいに詰め込み満面を笑みを顔に湛えた。扉間はそんな私の様子に気づき、口に弧を描いたまま再び右手をこちらへと差し出した。



「コマチ、よくぞ無事に帰ってきてくれた。これからもよろしく頼む」


共に過ちを犯しを仲を拗らせ、別れの挨拶すらも交わせなかった扉間に「おかえり」と優しく迎えてもらった。私はこの幸せをどれだけ心から渇望していたか。

十年の間心残りで満たされることのなかった温もりが、この瞬間確かに心に沁み入るのを感じた。胸はもういっぱいだった。感無量に打ち震えながらも何とか手を伸ばし、扉間の手を堅く握る。掌に伝わる扉間の手の大きさと熱さ。私のちっぽけな手を丸ごと包み込むかのような包容力を感じてしまって照れくささに慌てて顔を伏せればぽたりと涙が地面にこぼれる。ついに私は涙をこらえきれなくなっていた。喉がつまる。口端が言うことを聞かない。一度堰を切ってしまえばとめどなく溢れる涙を抑える術はもうなかった。――会いたかった、ずっとずっと会いたかったよ、扉間。お世辞にも大人の余裕や上品さなんて感じられないしゃがれた涙声でそう伝えると、扉間は握手で繋いだままの手に尚一層の力を込めてくれた。なんて頼りがいのある温もりなんだろう。