ゆくらくら恋ふ | ナノ
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00. 幼き日の過ち

忘れもしない。
彼に恋い焦がれ憂いのまま途絶えた思い出は、未だ胸の奥底でゆらゆらと彷徨い続けているのだろうか。





六つの頃に戦で両親を失った私は、父と乳兄弟で生前とても親しかったという当時の長、千手仏間さまに引き取られ、何不自由なくのびのびと育てられた。毎日たらふくの飯を食べさせてもらったことは今でも心から感謝している。そして引き取られた当初、身寄りを亡くしたショックと慣れない環境に塞ぎがちだった私を救い出してくれたのは、仏間さまの四人の息子たちだった。歳が近いこともあり、私がその兄弟たちと親しくなるのに時間はかからなかった。共によく遊び、共によく学び、数えきれない程の修行を経て、お互い高め合ったものだ。

その中でも特に心を通わせあったのは扉間だった。彼とは同い年で何かと比較されたり意見が衝突したりすることも多かったが、どんなに険悪な雰囲気になっても一晩経てば自然と怒りも忘れ、また仲良く二人で過ごす。その繰り返しの中で培われてきた絆。やがて四人兄弟は二人になり、悲しみに泣きわめく私を扉間はただ静かに慰めてくれた。年頃の女の子というのは何とも単純で、幼き日の私は次第に扉間へ好意を抱くようになる。直接思いを告げたわけではないが、少なくとも嫌われてはいなかったように思う。むしろ扉間の方も何かにつけて私の傍に居たがったし、好意を寄せてくれていたのかもしれない。一つ屋根の下で共に暮らす幼馴染に淡い恋心を抱き、胸を高鳴らせ、不器用ながらも懸命に扉間を思ったのだ。


そんなある日。私が十二くらいの歳だったか。
いつも通り森の中で共に修行に明け暮れ、疲れ切った身体を木の根元で休ませていた時のことである。葉と葉の間から降り注ぐ陽の光の心地よさに、あの日の私はずいぶんと上機嫌だった。汗や土で身体が汚れていることも気にせず、扉間の身体にぴたりとくっついた。暑苦しい離れろと口では言うものの、その顔を綻ばせる扉間。大好きな彼に甘えることができた喜びに舞い上がる。もっともっと扉間とじゃれていたくなった私は、胡坐をかく扉間にそそくさとまたがった。目を見開く彼にほくそ笑みながら、わき腹を加減もなしにくすぐる。打たれ強い扉間でもくすぐられることには慣れていない。彼は身体を震わせ、苦しそうに私の肩を押しやった。もちろんすんなりと引き下がる訳もなく、私は頑なに扉間にへばり付くのだが。

「お返しだ…!」

一瞬の隙を突かれ、扉間が私の胴に触れた。そしてすぐさま身体中を駆け巡る耐え難いこそばゆさに、彼をくすぐる手も止まる。にやつく扉間にされるがまま、ただ身悶えた。それから戯れは長く続き、一瞬の隙を見つけてはまた私が主導権を握り、しばらく経てば再度形勢逆転。飽きもせずお互いの身体をくすぐり続けているうちに、私たちは土と草の上に倒れ込んで身体をのさばらせていた。扉間は馬乗りになり、まだ私をくすぐっている。私は涙を浮かべながら大きな笑い声を上げ、じたばたと暴れていた。


その刹那。本当に一瞬。


私と扉間の唇が掠めるように触れ合った。あまりに儚いひと時に心臓が止まる様な心地だった。明らかな不慮の事故であるが、まさかの出来事に二人して言葉を失う。森の清らかな静寂を揉み消すかのように、辺りへ気まずい空気が流れた。

「あ…えと、ご、め」
「…いや、」

それっきり何も言えず、二人して口を噤めば沈黙が場に漂う。――口づけを、してしまった。たかが唇同士が触れ合っただけで何を馬鹿げた、と今では思う。しかし当時の初心だった私はとんでもないことを仕出かしてしまったように思えて、ひどく狼狽していた。たった一瞬触れただけの箇所がひどく熱を持つ。指で触れてみても痺れが収まる様子はない。周りの音が聞こえないほどに胸がうるさく早鐘を打っていた。頭の中では沢山の思いがごった返しの状態になっている。しかしそんな中で確かに感じた体の異変。足の付け根の辺りが妙に熱くて、何故かムズムズする。

お年頃である。それは性への目覚めだったのかもしれない。

今まで感じたことのない感覚に困り果てて、未だ私へまたがる扉間を仰ぎ見た。彼は珍しくも頬を色づかせて、ただ真っ直ぐに私を見つめている。情熱的な色の籠ったその視線は、扉間と過ごしてきた数年間で初めて目の当たりにするものだった。指の先まで身体中が火照る。これから何かいけないことが始まってしまう、と頭のどこかで警鐘が鳴り響いた。まだ私たちは子供だ。駄目なんだ。逃げなくちゃ。――しかし子供であるが故、好奇心はとめどなく奥底からあふれ、自制を容易く消し去ってしまう。

扉間の顔が近づき、唇がまた触れる。今度は事故でもなんでもない、故意的な口付けだった。酷く動転していたが、カサカサの唇の感触だけは不思議と覚えている。顔は燃えるように熱を持ち、目が眩んだ。恥ずかしくて恥ずかしくて堪らなかったのも事実だが、依然として真っ直ぐ私を射抜く扉間の視線から顔も背けられず、わたしはさらにもう一度口付けを受け入れてしまった。


今思えば本気で記憶から抹消してしまいたいくらい恥ずかしいことなのだが、それから私たちは異性への好奇心を抑えきれず、お互いの身体をまさぐり始めてしまう。扉間の手は性急に私の衣服の中に忍び込み、さらしを解き、まだ膨らみかけの乳房を弄った。彼から与えられる刺激に息が荒くなる。尚更じんじんと疼く股ぐらの感覚に涙をにじませ、無我夢中で扉間の名前を呼び続けた。私の身体に触れているだけにも関わらず、彼の顔はひどく苦しげで息は絶え絶えだった。

やがて扉間のズボンの一部が盛り上がっていることに気づいた私は、手を震わせながら恐る恐るそこに触れてみた。その瞬間、びくりと跳ねあがる身体で唇をかみしめた扉間。その反応が面白くて尚一層の力を込めて触れてみれば、酷く熱を持ち硬くなっていることに気づく。それが何なのかはもちろん分かっていたが、分かっているからこそもっと弄ってみたくなる。乳房やその先端を刺激される私は吐息を零しながら、布越しのそれを懸命に弄んだ。合間合間に覚えたての口付けをはさみ、何もかもを忘れて初めての感覚に二人仲良く没頭していた。


―――しかし。



「二人とも何をしてるんだ…?」


慌てて動きを止め、声のする方へ振り向く。柱間だった。少し離れたところに立ちつくし、至極不審そうな眼差しで私達二人を見ている。私だって扉間だって忍だ。近づく誰かの気配を察することなんて容易のはず。にも関わらずこんな事態になってしまったのは、我を忘れる程お互いの身体にのめりこんでいたからで。


それからはすっかり取り乱してしまいあまり記憶がない。「マッサージしてただけ」などと苦し紛れの言い訳を口走り、慌ててその場から逃げ去った気がする。がむしゃらに屋敷へ舞い戻ったは良いが、いつの間にか扉間とはぐれてしまっていた。一人ぽつんと玄関に立ち尽くし、泥だらけの身体と乱れた衣服にようやく自分たちの仕出かした過ちを悟るのだった。



そしてその日を境に、私と扉間の関係は変わってしまった。扉間は翌日二人っきりの場面を見つけて「昨日はすまなかった」と真摯に声をかけてくれたが、一方で私はそれに応えることが出来ず彼から逃げた。罪悪感と羞恥は一晩経とうとも何日経とうとも私の幼い心を蝕み続け、彼の顔をまともに見ることすら出来なくなってしまった。私に避けられ続けていることを悟った扉間は、やがてこちらを気遣ったのか接触を控えるようになった。私たちはお互いにお互いを避けるようになってしまったのである。今まで仲睦まじかった私達が途端に変わってしまったので周囲の大人たちは大層心配したが、理由を言えるわけがない。過ちを目撃してしまった柱間も不安げに私に声をかけてくるが、それすらも厭わしい。あの日の出来事は、私たちの心の奥底でひた隠しにされ、それでも尚燻ぶり続けたのだ。

さらにその頃、仏間さまは私に封印術や医療忍術の優れた素質があると見込んで、その才能を開花させるべく、うずまき一族へ修行として長期的に預けることを決めた。仏間さまには返しきれない程の恩があるし、なにより忍として高みに近づけるのならこれほど素晴らしいことはない。私は期待を背負う覚悟を決めた。

それから扉間と顔を見合わす機会は数えきれないほどあったがお互い何も言えず、結局旅立ちのその日だって彼との関係が修復されることはなかった。あの日からろくに口も利いていない。ただただ扉間とのことだけが気がかりで後ろ髪をひかれる思いだったが、駄々をこねてその場にとどまることも許されない。お別れの言葉一つも交わせないやるせなさに泣きベソをかきながら、私は大人たちに連れられ千手一族の集落に背を向けたのだった。



――そうそれは、もう十年も前のこと。