忍少年と碧血丹心 010

耳に残る粘膜質の水音と、性交故に匂ってくる独特の香りは、慣れない忍にとって不快でしかない。

「あんっ!!もっとぉおっ!!」
「ははっ。空ちゃんは淫乱だなー」

そう言って、まるで遊戯でも楽しむように笑い合う若者達。
それも忍とほぼ同じ年代の子もその空気に嬉々と解け込んでいるのを見かけて、忍は背筋が凍りつく思いだった。
少し遠くからそんな光景を見せ付けられた後、男は立ち止まっていた歩みを無情にも進めた。

「何びびってるんだよ。行くぞ」
「びびってるとか、そういう話じゃなくて―――…」

なかなか歩みを渋る忍の背中を押せば、忍は黙ってそれに従った。
その異常な空気に馴染めず、いつもなら振り払うその行為にも気づけるだけの余裕がこの時はまだなかったのだ。
丁度死角となっていた場所に立っていたから気づかれなかったが、いざ明かりの下まで連れて来られれば嫌でも注目を浴びてしまう。
罰ゲームというパフォーマンスに集中していた観客達が一斉にこちらを振り向いた。

途端に空気の流れが変わる―――どよめき混じりの感嘆。

先ほどまで獲物を狙うように気配を押し殺し、闇に紛れていた男だったが、その姿を晒した瞬間、内側の物が爆発したような迫力が滝のように溢れ出た。

『王者』の、貫禄―――

その空気に感化されたその刹那だった。

わっと、爆発の衝撃みたく、その場が観衆の歓喜声に包まれる。

「あっ!!『キング』!!」
「お久しぶりです!」
「お帰りなさい!!『キング』!!お待ちしておりましたよ!!」

誰かが嬉しそうに声を跳ね上げた。
それだけで周りからは男女合わせた黄色い歓声が更に響き渡り、男の登場を歓迎している。

―――なんだこの熱気は…

ある一部の者達は忍達がこの倉庫に入ってきた時から気づいていたのだろう―――特に何の反応も見せず、それでもどこか嬉しそうに微笑んでいた。
兎に角、忍が最初に思った『王様』という言葉に相応しい男への歓迎は、地響きすら感じさせるほど凄まじく、忍はただ圧巻されて言葉を失うのみだ。

予想通り―――いや、予想以上に男は慕われているようである。

これだけの信頼と憧憬の的を浴びる事などそう簡単に出来る事ではないのだから。
そして男はこう呼ばれていた。

―――『キング』<王>と


まさしくこの場所は隣にいるこの男の王国だった。

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