忍少年と碧血丹心 008

「俺をこんなところに連れてきて、一体なにがしたいんですか…?」

ヤクザなどといったガラの悪い連中が制裁を加える際、使用しそうなその空間は陰気臭くてとても不気味である。
嫌そうに眉間に皺を寄せながら、海風の強さに忍は身震いし、両手で己の体を抱きしめるように包み込んだ。
大きく揺れ動く束ねた髪は色んな方向へ翻弄され、振り回されている。
あまりもの風の強さにゴウと、耳鳴りがした。

「うぅ…寒ぃ寒ぃ…」
「―――そんな格好してるお前が悪い」

「…これでも着こんできた方なんですけどねぇ……。まぁ、どこかの誰かさんが有無を言わせず強制連行なんてしなければ、もう少しまともな格好もできたんですが」

これ、部屋着用の着物なんで、少し生地が薄いんですよねぇ…と呟く忍に、男は言った。

「市民一般の服でも買え。……お前のそれは随分目立つ」
「自分の好きな服を着て、何が悪いんです。―――それよりも早く家に帰してください」

忍の、少し苛ついたような口調も涼しげに受け流し、男は何故か自分の上着を脱ぎ始めたかと思うと、忍の肩に掛けた。
それに慌てたのは忍だ。
確かに暖かいが、これではまるで

―――そう、女扱いである。

何を考えているのかは知らないが、そう素直に受け取れる行為ではない。
急いでそれを剥き取ろうとすれば、ドスの利いた低い声音が忍に耳打ちした。

「勘違いするなよ。お前のその格好を奴らに晒すのは少し抵抗があるからな。一体どんな奴を連れてきたんだと笑われるのは溜まったもんじゃない。だからそれ羽織って少しは誤魔化しとけ」
「…気休みにすらなりませんよ、こんなの」

「俺の問題だ。俺が頷けばそれでいい」

忍はしばし黙った。
むっすりと顔をしかめて、まるで苦虫を潰したような顔である。
諦めたのか、軽く溜め息をついてからジャケットを掴む手をしっかりと押さえる手に変えた。

「―――そんなに俺のこの格好が恥ずかしいなら、誘わなければよろしいのに。しかも人と会うんですか…?」
「まぁな」

「…初耳なんですが。俺が嫌がる事を分っていて、黙っていましたね……」
「うるせぇ。聞いてこなかったら言わなかったまでだ。引き籠りにはちょうどいいリハビリだろ。少しは外と付き合えよ」

「余計なお世話ですね。―――ああ……あなたの知り合いだなんて想像しただけで嫌な予感しかしましませんよ……。リハビリどころかトラウマになりそうだ……」
「―――潮風に当たっていられるほど暇じゃねぇ。行くぞ」

「ちょっ!!心の準備ぐらいさせて下さいよ!!」

忍の二の腕を掴んで、半ば強引に男は忍を引きずって歩き出した。
いくら抵抗しても頑としてそれを止めない男に、忍も剥きになって少し『技』を掛けてそれを振り切る。
あくまで言うとおりにしない忍に、苛立ったを隠す事無く男は舌打ちをした。
柳眉を寄せて、きっとそのサングラスの内側の琥珀色が不機嫌に染まっている事だろう。

「―――おい、忍。餓鬼じゃあるまいし、世話焼かせんなよ」
「自分で歩けます。前を歩いて俺を誘導して下さい」

「可愛くねぇ奴だな」
「それで結構です!!」

これ以上男に振り回されてなるものか―――
内心苛立ちを積もらせながら、両脇が倉庫に囲まれた道を歩く。

しかし忍の受難は今始まったばかりだという事を、一体誰が想像出来た事だろうか。


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