忍少年と碧血丹心 004


「その返し方、間違いねぇ…。やっぱお前か」

ワックスで整えられた金色の髪。
こちらからではその目の動きすら分からないサングラスを、ファッションの一部としてつけている。
眉の動きを見れば、忍を見て不審げな様子である事が分かった。
本日は制服でのお越しではなく、光沢を持つ黒のジャケットと、同じく黒のズボン。
相変わらずのチェーン状のアクセサリーを全身に身に纏い、顔の良さは認める長身の男にはそれがよく似合っていた。
同じく黒の手袋をつけて、世間一般ではこれを『パンク・ファッション』と呼ばれる分類に入っているはずだ。
身に纏う全てに髑髏マークがある事から、どこかのブランドで占めているのだろう。
まるでモデルを見ているような心地だった。
街中を歩けばさぞや注目を集める事だろうに。

さすがは謎の御曹司。持ち物が違う…。

玄関先に立っていたのは、最近保護して放したばかりの男だった。
去って行ったあの日はさすがに顔色は青かったが、今では健康な色を保っている。
サングラスを取り外し、それを胸内ポケットに仕舞い込んでしまえば、やはりその瞳は猛獣を連想してしまうような、切れ長の二重瞼に潜んだ琥珀色が覗く。

「お前、髪長くないか。この前のあの短さは何だ?今は鬘か?」
「…これが本来です」

寒さのあまり互いの袖に両腕を突っ込み、肩を竦ませながら、忍は気まずさから咳払いを漏らした。

それだけで息は白くなる。

忍はお紺色の着物の上から動きやすいようにと紫色の袴も穿き、和服を着ていた。
それが忍にとって私服という、時代に乗らない独特のスタイルだった。

しかし男が着目しているのはそこではない。

前髪の長い、飛び跳ねた短い黒髪かと思えば、今の忍は肩に流すように長髪を緩く紐で纏めていた。
癖が直らない鋼の様な硬さがあるイメージは無く、本来は女性のように艶がかった絹のような質である事が見ていても分かる。
眼鏡も掛けず、カラーコンタクトも使用していないため、吸い込まれるような紅蓮の炎を宿す瞳がよく見えた。

一重ながら猫の目に似たその形はどこか愛嬌がある―――と言っても、今の忍に愛嬌の欠片も見当たらないが。

加え、太陽の光に浴びなさ過ぎた白い肌はどこか病的で、日本人形を見ているような心地さえした。
以前とはまったく違う忍の容姿を興味深そうに一瞥した後、愉快そうに男は鼻を鳴らした。

「前のお前は仮の姿って訳か?―――何故鬘なんざする必要がある」
「…今時学校で長髪の男なんて白い目で見られるだけじゃなく、結構大惨事になるでしょ?例えば物隠されたり、リンチされたり、消しゴムが飛んできたり―――そんな面倒臭い事に巻き込まれるのはごめんです」

「なら切ればいいだろ。その髪」
「―――『切れない』から鬘してるんでしょうが」

「切れない?…そんなにお前の髪は硬いってのか?冗談だろ?」

男の反応はごく一般的である。
忍は渋るように口を噤んだかと思えば、逃げるようにそっぽを向いて、これ以上の問は受け付けない姿勢を取った。

「俺にも俺なりの事情があるんです。俺が鬘しようとしまいと、短髪だろうと長髪だろうと関係無いでしょう」

冷たく忍がそう言い放てば、相手様は特に気にした風も無く、再び忍の体を値踏みするように上から下までをじっくりと見つめる。
それもまるで嘗め回すように、好奇心に満ちたあの傲慢な目で、だ。

「ふん。確かにそんな事はどうでもいい事だ。それにしても、いつもは根暗そうな優等生が、随分と化けるもんだな。それだけの上玉だったら逆に隠しといた方が利口ってもんだ。そこら辺の男だったら間違いなくお前に襲い掛かるだろうよ。それも男と知らずにな」
「…これ以上なんか言いますと追い出しますが」

「それは御免こうむりたいな…」

追い出されてたまるかと言わんばかりに、男は揚々と靴のまま家に上がりこむ。
それを目で追いかけて、玄関に向かって忍は指差した。

「―――ここは貴方の家じゃありませんよ。靴を脱いでから入ってください」


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