忍少年と碧血丹心 005


張り替えたばかりの10畳の客間からは庭が見える。
ただし一切の手入れをしていないため、雑草は伸び放題。
更には寒気が襲う季節の今、草花は全て朽ち果て、鑑賞用としてはあまり見栄えの良いものではない。
用意された座布団の上で胡坐を掻いたまま、男はそんな華の無い風景を物珍しそうに眺める。

「変わった庭だな」
「…わびさびがあってよろしいでしょ?」

熱いお茶が乗った正方形の茶番台を挟み、男と対峙する忍は茶を啜る。
男は足を遊ばせている一方、作法とでも言うように忍は正座の格好だった。

「それで…今回のお越しはどのようなご用件で?」
「おいおい。他人行儀なんてよせよ。同じ布団で寝た仲だろ…?」

卓に肘を乗せ、頬杖をついて男はニヤリと笑みを浮かべた。

「―――……では。一体何しに来やがりました。年中発情期の駄目犬が」
「…お前はどうしてそう極端なんだ」

可愛くねぇなぁと男は呟き、ため息を零した。

「『白取 忍』<シラトリ シノブ>。年は15か…」

ぴくりと、忍がかすかに微動だした。
しかしその変化は顔に出ず、ただ男を目視している。
一秒たりとも変化を見逃すまいと見つめる男の琥珀色は試しているように、忍の顔色を窺っていた。
それも楽しそうに。

「―――血液型A。身長169cm。体重46kg。京都出身で中学2年次に転校。成績は上の中。今のところ進学希望は無い。友人関係は当たり障り無く、図書委員として活動していた。…それにしても、家族構成はかなり入り組んでめちゃくちゃだな。こればっかりは俺でも把握出来なかった。父親には愛人が多数いて、異母兄弟が一人いるそうじゃないか。それも同じ年の。まだ義務教育中のお前が親元を離れてこんな乏しい場所で一人暮らしとはそれ関連の問題か?―――忍」
「…プライバシーの侵害で訴えますよ。ていうかどうやって調べたんですか」

「調べた方法か?それは俺のプライバシーに関わる事だ。残念だが教えられない」
「…」

リベンジで勝利したような万遍の笑みは、異性こそ見れば骨抜きにされて倒れるであろう。
しかし今の忍には、大魔王が高笑いしているようにしか見えなかった。
人の個人情報を引き出せるまでこの男には権力があるとでもいうのだろうか。

―――ありえる。
最初の異常なまでの警戒心の強さと、我が物顔のこの俺様王様なこの男を思えば…

「で、結局何しにきたんですか?まさか俺の名前が分かったから、それを報告に来ただけですか?」
「―――玄関に積んであったもの、どうやら無事届いたようだな。少しは乏しい食卓も質が良くなっただろう?」

「―――あんな怪しいものに手なんて出しませんよ。同封してあった手紙を見れば尚の事です。礼なんて―――」
「いいや」

「は……?」
「いいや。あれは全部『恩』だ」

忍は目を点にした。

「お前は礼を要らないと言ったから返さなかったまでだ。何か不満でもあるのか?」
「不満も不満。不満だらけですよ。なんです、あんな押し売りみたく物を送りつけて…。しかもこれを堂々と『恩』であるとおっしゃる。俺に恩を押し付けて何がしたいんですか」

「手紙読んだんだろう……?」
「……なるほど。礼で返せという訳ですね」

忍は溜め息をつく。
この男と関わってからこんなため息しか出ない。

「あなた押し売りみたく恩を売るなんて、一体何様ですか…」
「俺様だ」
「―――…。自覚はあったんですね…」

「俺からしてみれば、だからなんだって話だ」
「開き直らないで下さいよ。余計性質悪いじゃないですか。少しは自重して下さい」

忍が空気を変える為に茶飲みに手を伸ばし啜る一方、男は何かを企んでいるかのようにニヤニヤと口角を吊り上げている。

これはよくない何かが起こる前兆―――それは骨の髄にまで染み込まされた教訓だ。

たった2日の間にこれだけ強烈な印象を与えられたのもやはりこの男故の事なのだろう、悔しいが。

「あのですね。それが人様と接する態度ですか…?前にも言ったでしょう?俺はあなたの熱狂的ファンじゃないんです。命令されて尻尾振る人間様じゃないんです。そういうのはやって喜ぶ人にしてあげればいいでしょう?きっと大喜びますよ。それに、俺に恩を売るよりも、もっと礼の高い人を選んだ方が賢明です。俺はたかが庶民ですから」
「恩義に身分もへったくれもあるか。礼ってのは値段云々で決まるもんじゃねぇだろう?俺はお前なりの謝意を求めてんだよ。そもそもあれはくれてやると言ってるんだ。人の好意を無駄にするつもりか…?」

「それを恩として返せと強制する事が、あなたの言う好意ですか…」
「―――お前はもう既に受け取っているんだ。今更返されても困る。責任を持って俺に礼を返せ」

「俺には返せるようなものが無いんですがね。一体何を差し出せと言うんです?」

その問いかけを待っていたとでもいうように男は嬉しげに言った。

忍は最初、何を言われたのかよく理解出来なかった。

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