疑心の隙間もない、真の忠誠心を持つ者がいる。

信ずる心は素晴らしいもの。それに値する人がいる事を、羨ましいと思う事はあっても訝しんではならない。

否定してはならない。

―――信者の忠誠心を試してはいけない……


忍少年と碧血丹心 002


「―――ユウジさん。大将から連絡来たって本当ですか!?」

やけに興奮した、声変わりを終えて尚、ソプラノの高い声を保つ少年の声が大きく響いた。

「本当だよ。…今夜ここに来るらしいんだけど…」
「やったぁ!!みんなにも教えてあげなきゃ、ですね!!」

「そうだね。きっとみんな喜ぶだろうなぁ…」
「もちろんです!!」

子供のように飛び跳ねていた少年だったが、それも直ぐに沈着する事になる。

「―――そうそう。なんかそれでね。今日は彼、『お客人』を連れてくるらしいんだ」

その一言で、玉を跳ねるような少年の愛くるしい動作が一気に凍りついた。
両腕を上に持ち上げ、万歳の格好をしたまま笑顔を貼り付けている。

「…客人…?」
「うん。なんせ我らの大将が『客人』って呼ぶくらいだからね。丁寧にお持て成ししなきゃ面子が丸潰れだ」

しばらく目を瞬かせ、巡るように考えていた少年も、何か陰を含んで笑みを零す。
それは可愛らしいなどと取ってつかない、妖艶とも言える不気味な笑みだった。
カウンターに両腕をつき、片手で頬を支える。

「へぇ…。大将が、ですか?それは珍しい話ですね。だってあの人、人と戯れたりするの、あんまり好きじゃないじゃないですか…?喧嘩も妨害すれば味方にでも容赦ないですしねぇ。…なんか、一人でいることが好きっていうか…。だから『孤高の獅子』って呼ばれて、周りからは畏怖されているんでしょうけど」

まぁ、そこがまた渋くて素敵なんですけどねぇ…と、まるで恋する乙女のようにその少年は両頬に手を添えて、うっとりとした表情になる。

「そうだよね。ほんと、何があったんだろうねぇ」

カウンターに立ち、慣れた手つきでグラスを丁寧に磨きながら、どこか優男とすら印象のあるその男ユウジはただ穏やかに笑みを唇に乗せていた。
その後ろには世界中の銘酒を集めたボトルが並び、その業界に詳しい者ならば眼の色を変えて、感銘を受ける品ぞろいである。
むろん、ユウジが手に持つグラスや、フキンさえも誰もが耳にするブランドものだ。

無機質な印象を与える巨大な倉庫内―――しかし、人が集まる一部分の空間には、淡いオレンジ色の消灯で照らされている。
両親がデザイナーという生粋の才能を持ったメンバーが、都会の名高いバーを参考に、趣向を凝らして整えたため、古びた倉庫の外装とは一転して、華やかな造りになっている。
カウンターの向かい側には誰もが寛げる様にと、値の張る皮素材の黒のソファーやテーブルが無造作に置かれ、絨毯から食材に至るまで、どこに目をつけても名高いブランドの品で溢れていた。
たかが若者たちのたまり場でありながら、これほど豪華な作りが現実にできる理由は、仲間のほとんどが資産家の血が流れた曹司達だったからだ。
金を惜しまないその構造―――けれど無駄は一切無い。

今は昼時とあってか、ほとんどの仲間は本来の学業に勤しんでいるため、この場にはたった二人しかない。
この二人も本来ならば『登校』しなければならないのだが、今日は3日間も行方不明だった『大将』が来るという話のため、躊躇いもなくその準備を最優先にした。
ユウジとは対象方向に座る少年はそれこそ小さいが、来年で高校2年生に進級する年齢だ。
それだというのに、見た目の可愛さ故か、どこか幼さが深く残っている。

二人の共通点と言えばずばり―――同じチームにして同士。
それも幹部クラスの二人が並んでいた。
その美貌は花の種類を数えるように、それぞれ特徴のある美しさが目を惹く。

「あの人がユウジさん以外、対等に付き合える人なんて本当にいるんでしょうかねぇ?なんか半信半疑ですよ。…あ、だけど、どうかなぁ。もしかしたら、これ…ですか?」

カウンターの椅子に腰掛けて、寛ぐ長身の男はユウジに小指を立てた。

つまり―――

「さすがに恋人では、ないみたいだよ…」
「ですよねー。あの人、そういう恋愛とかめんどくさそうですもん。いっつも連れてくる子、性別関係なく可愛かったり美人だったりするのに、カイロみたいに使い捨て。性処理の道具。…まぁ、大将が元より、そういうつもりだって相手も分かってるんでしょうけど…それでもお近づきになりたいだなんて、本当にうちの大将は罪なお方ですよねぇ」

俺も大将にもう一度抱かれてみたいですもん、と、その少年の口述からは『大将』への憧憬すら感じられる。

―――事実、この『チーム』全員は、その大将に自分の将来を託して集まった同志達だった。
家のため。栄光のため。恋心や純粋な興味……むろん各それぞれ、その内心の打算までは異なる。
しかし、彼のためだと起こす行動や、普段は自由奔放な彼らが一つとなり群を成す姿は、周りから見れば異常なまでの信仰心に思われ、一つの宗教みたく比喩される事が多かった。

「この前も、最近女王だなんて呼ばれてたホステス。…ええと『優子』さんだっけ?彼女も骨抜きにされちゃって、大将の気を引こうと貢物ばっかりしてたらしいじゃないですか。それこそ外車とか高級マンションとか。でもあの人に相手にされる訳も無いのに、健気にがんばってね…。けど最後は借金だけ抱えて、終いには店の金を盗んで首になったって話ですよ。今でも貢物を送って、どうにか大将の気を引こうとがんばってるらしいですけど。間抜けも間抜け―――まったく、俺その話聞いて大爆笑しちゃいましたよ。だって、大将を『そんなもの』で繋ぎ止められるだなんて思ってたんでしょう?随分馬鹿にしてくれてるって思いません?」

少年は鼻歌でも歌うような軽さで、話を続ける。
しかし笑ってしまう―――と言う割りにその漆黒の眼には爛々と静かに怒りを煮やしていた。

その女の愚かさにも。
崇拝に近く尊敬するその人を、その程度の男だと思われた事実にも。
己が心底惚れ込んだその人を侮辱された激昂はそれこそ凄まじいのだ。
しかしそれもすぐさま可愛らしい笑顔の裏側に隠されてしまった。

「そういえば知ってました?この前も大将、ここに男の子と女の子連れてきて3pしてたんですよぉ〜。女の子に男の子が突っ込んで、また更に大将が男の子に突っ込むの。いくら普通に飽きたと言っても、物好きですよねぇ?直ぐ地下の大将の部屋で楽しんでたらしいんですけど、すっごい声が漏れてて…。あそこ防音なのにね?やっぱりすごいテク持ってるんですよねぇ」

それでぇと、少年は人差し指を立てて続けた。

「それから5時間ぶっ続け。大将そのままどこか行っちゃうから俺中覗いてみたんですよー。そしたら二人とも突っ込んで突っ込まれたまま失神しちゃってて。―――それで後から聞いたんですけど、女の子は11歳の未成年、男の子の方はバージンだったらしいですよぉ。―――で、で…聞いてみれば二人は最近好評のジュニアボーイと売れっ子タレントで、それも義妹兄関係!!禁断の近親相姦ですよ〜。もしもこれ親御さん知ったらどうなるんですかねぇ?あ、その前にマスコミ知ったらどうなるんだろ?」

きゃははっと、大喜びするその笑顔は見る者全てを和ませてくれる。
しかし、笑って話すには少しずれているとも思え、この場所では当たり前とは言っても、やはり苦笑を誘われて、ユウジは言った。

「―――ナオ。そういう話は今日の客人にしちゃ駄目だからね」
「えっ?」

可愛いアーモンド形の目を丸くし、目を瞬く姿は庇護心を大きく揺さぶられそうなほど愛らしい。
首を傾げる姿は本気何を言われたのかを理解していなかったようだったため、ユウジは柔らかく釘を刺しておいた。

「―――今日のお客人、本当に『普通の人』みたいなんだよ。ナオの話はここのみんなだから笑えるのであって、その人が聞いたらきっと刺激が強すぎてびっくりしちゃうからね。せっかくのお客人だから、最後まで気持ち良く過ごしてもらいたいんだ」

怖がらせちゃったら可哀想でしょ?

その『お客人』をよく知らないユウジはそう言って、やはり穏やかに微笑むのだった。

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