忍少年と一期一会 10

忍が用意した昼飯は、卵を絡めたお粥だった。
それだけでは足りないという男のために味噌汁や里芋の煮っ転がしをつけて、ようやく一息ついた時に男は話を切り出した。

「お前、一人でこんなボロ屋敷に住んでるんだな」

同じくお盆に載せたご飯を口に運びながら、忍は渋るように頷く。

「おかしいですか…?」
「―――中学生が1人暮らしなんて不審に思うもんだろ。…家族の写真一つ無い。エロ本一つ無い。つまらない部屋だな…」

「あのですね。寝ててくださいって言いませんでした?―――動き回ってたら治るもんも治らないんですから」
「―――なんだ、このスープ。味噌汁にしては味が薄いな。しかも野菜が入ってんじゃねぇか。俺はこう味気のないものはどうも…」

短冊切りされた大根を箸で挟んでじっと凝視し、どうも不吉なモノを目にしてしまったように柳眉に縦皺を入れると、忌々しそうにそれを別の器の端に寄せていく。

「…」

忍はただ黙ってそれを目視した。―――その眼差しは子供を見守るように、生温かい。

「…あなた野菜取らずにどうやって栄養取るんですか…」
「野菜喰ったってなぁ、一日に必要な栄養は十分に摂取出来ないんだ。今時、サプリで補うのが主流だろう。…お前だからそんな棒みたいな体になるんだろうが」

人の事を箸で指差す行儀の悪いさに、忍はむっと目を細める。
しかも、気にしている体のコンプレックスを、目の前の完璧な体を持った男に言われるのもたいへん癪だ。

「いいじゃないですか、病人だし。サプリメントだなんて化学物で補うのは不健全です。野菜があるなら野菜を食べるべきです。それにいきなり味が濃いものより薄い方が健康的でしょ。…大根の葉っぱぐらい飲み込んでくださいよ」

細かく刻んだ大根の葉さえ丁寧に除外していく様を見て、忍はため息をついた。

「何だこれは…ポテトにしては随分とおかしな色をしている。焦げているんじゃないか?」

物珍しげに琥珀色の瞳を丸くさせて、男は箸の先で里芋を転がす。
まるで不気味な珍動物でも見たような反応だ。

「…里芋も知らないんですか…」
「里芋?…聞いた事はあるが見た目はまるでジャガイモだな。感触は違うが…」
「―――ええ。自分の栄養を他の野菜に分け与えてくれる庶民の味方ですよ。食べた事無いんですよね、知らないんですから。それと焦げてませんよ。元からそういう色なんです」

一口口に入れて、相手は黙り込んだ。
それから二口、三口―――黙々と皿が空になるまで食べ続ける。
気に入ったのかな?と少し…ほんの少しだけ期待して観察するが、結局最後の一口まで彼は終始無言を貫き、そのままお粥の方に目移りする。

箸で器用に掬い、口に入れて―――

「このリゾット、少し風味は変わっているが―――まぁ、工夫しているほうなんじゃないか」
「…」

―――…相手がお粥をリゾットと呼ぶならば、もうそれで忍は構わなかった。

改めて男が御曹司の身分なのだと言う事を悟り、これ以上庶民の知識を教える必要も無いと思ったからだ。
極めつけは「随分と貧疎な食卓だな」と人の家の食事にいちゃもんをつける始末。

礼ではなく、文句を言うのか……。

しかし、文句を言いはするが、黙々と皿を空にしているのも確かだ。
それが逆に言いたくても言えずにいる。

それぐらい相手がお腹をすかせているのかもしれないし、と。

意外だったのは、文句を言いつつも、里芋の煮っ転がしをお代わりを促した事である。
―――案外、素朴な味というのも受け入れられるモノがあるのだと忍は知った。
例えそれが空腹に耐え切れず、仕方なくだったとしても。

終いにはまた起き上がろうとする相手に寝ていろと促せば、ぬけぬけと相手様は忍に言った。

「こんな固い床で寝かされて、節々が痛んでいるんだ。軽くストレッチぐらいさせろ。―――それにしても、まさかこの俺が床で寝かせられる日が来るとは思わなかったが…」

「…さいですか」

畳を床と呼ぶか。
さすがに畳を知らない訳ではないだろうが、男に畳と認識されないほど、この部屋は古びて見えるのだろう。
住む世界は違うんだなと、忍はしみじみ思った。

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