忍少年と一期一会 09
「俺は殺人者だ」
「…」
「―――と、言ったらどうするつもりだったんだ」
「どうって。どうもしませんよ。そんな事告白されたら『自首した方がいいですよ』と勧めるより他ないでしょ」
「実は暴力団の組員だと名乗ったら?」
「…―――なんら驚きもしないでしょうね。それだけの打撲と刺し傷があれば、ただの高校生には見えませんよ」
「…。理由は聞くな。追われている…」
忍は肩をすくめた。
「わざわざ聞いたりしません。聞く必要なんて俺にはありませんから。―――むしろ、俺は巻き込まれたくないんで、両耳塞いででも聞きたくないですねぇ…」
「相手が犯罪者でも、か?」
「そんなの、俺が理由を尋ねない限り分かりはしないでしょ」
男は溜め息をついた。
忍の自己守備能力の欠落に呆れ、案じてやった結果の重々しさだった。
「―――でもね、どこの誰にしたって…あんな所で倒れている人を見てしまえば助けるもんでしょう?それに、あなたはご存じないんでしょうけど、あの道は俺の家にしか繋がっていないんですよ。なら俺が助けず誰が助けるってんです」
既に両方に入れていたカラコンを取り除いた忍の、真紅に染まった両目が笑う。
まるでそんな常識も知らないのかと言わんばかりだった。
「…馬鹿だな。お前みたいなのはいつか絶対に後悔するぞ。いや、後悔するかもな」
「何故です?」
「…お前、そういえば中学生か…?」
首を傾げる忍を他所に、男が少し意外そうに忍の格好を一瞥する。
昨夜から着替えていなかった忍は全身黒に染まった学ランを着たままだった。
しかし乱闘もあったせいか、いつもきっちりとしたスタイルは少しばかり乱れてはいたが。
しばらく目を瞬かせていた忍だったが、話題が既に移り変わっているのだと溜め息を零した。
「…そういうあなたは高校生ですね。しかも金持ちしかいけない超エリート男子校の学生さんでいらっしゃる……周りはみんな、その制服を見る度に騒いでいますよ。特に女子の反応はすさまじいもんです。まるで芸能人でも見るかのようだ」
「―――はん。人を珍しい獣と勘違いした連中に騒がれて、何か良い事でもあるのか?」
鬱陶しそうに眼を細めて、男は心底嫌そうに顔をしかめる。
「意外ですね……女性に持て囃されて、悪い気はしないと思っていたのですが……」
「―――お前は?」
「は?」
「お前は知らねぇ女にキャキャー騒がれたり、指さされたり、こそこそといつまでも跡つけられて、挙句の果てには盗撮だ。…嬉しいと思うのか?」
「……そんな生活を送っているんですか?」
「ほらな。―――お前は女がいかに恐ろしい生き物か分かっちゃいねぇよ。まだ男を相手にしていた方が気は軽い」
「もしかして、女性恐怖症なんですか?」
「馬鹿言え。なんで俺が世の中すべての女を怖がらなきゃいけないんだ。俺が言いてぇのは、女は理解できねぇって事だよ」
「まぁ……同じ人間ではありますが、同属とは言い難いですもんね」
他愛もない男同士の会話をだらだらと続ける中、沈黙が生まれた。
じっと男が忍を見つめる。
「…。お前、名前は」
「―――山田太郎と呼んでください」
男は眉間に皺を寄せた。
それが本名でないことぐらい、当然直ぐに分かったようだ。
「…っち。可愛くねぇな」
「俺は男ですから、可愛くなくて当然です。…それと、俺は質問に答えたくありません」
更に柳眉を寄せる男に、忍は答えた。
「所詮拾って拾われた関係。あなたの風邪が治った時点で切れる縁です。名乗り合う必要も無いでしょう?そして互いを知る必要も無い…」
「…」
「俺はあなたの事をよく知らない。同時にあなたも俺を知らなくていい。ここだけの縁なんです」
「お前は一線引きたい訳か」
「損得でしか付き合えない関係以外もあるのだと、認めて欲しいだけですよ。―――あなたは受け取ってしまえば、相手に何かを返さないといけない、そう思っているようだから」
「…」
「俺は何もあなたに望んでない。地位とか金とか、恩返しを望んでる訳じゃない。そう言ったって、信じてくれなかったんで。あなたとはこれ以上深く関わり合うのは止めておきます。―――知らなければ、利用し合う関係にはならないでしょうし…」
忍がそっけない態度を示す訳に男は黙った。
「俺はね、正直腹が立ったんです。利用するためにあなたを拾ったと疑われた事実が。信じてくれないなんて、寂しいじゃないですか。…けどやっぱ一番の理由はあれですよ」
挑戦するように目を細めて、忍は微笑んだ。
負けるのはお前だ―――男に、そう告げるように。
「―――俺はそんな人間じゃないって、あなたを見返してやりたいんですよね」
なので互いに名乗るのは止めましょう。
そう言って部屋から出て行った忍の背中に、男は苛立ったように小さく舌打ちをして呟いた。
「―――馬鹿が。それは単なるお前のエゴだろう」
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