忍少年と隠忍自重 074

少し後ろを振り向いた時、『キング』の顔色が予想以上に悪い事に気づく。
骨折によって発熱したのか、額には汗玉が浮かんでいた。
呼吸も少し乱れて、浅く速くなっている。
この時になって『キング』がだいぶ無理をしていた事に気付いた忍は、顔を険しくさせた。
ぶらりと下がったままの右腕の状態が…少し気がかりだ。

「あと10〜30ぐらいか…。だいぶ減ったな」
「…。お前、ここで休んどきぃ。あとはウチが片付けますわ」

「ちょっと休んだだけでもう戦力外通告かよ」
「青い顔してよー言わんわ。ケガ人は大人しくしときぃ」

「悪いが、辞退するつもりはねぇぜ?―――俺は今酷く機嫌が悪いんだ。連中にお前を傷つけた償いをさせねぇと、怒りが収まらねぇんだよ」

本気で激怒しているのか、語尾が唸りのような声音になった。
白い肌に出来た赤い腫れや青い打ち身、容赦ない切り傷……そのすべてが『キング』には許せないのだ。
この美しい生き物を傷モノにするなんて、どうしてそんな愚かな真似ができたのかと本気で今は暴れたい心境だという事に、忍は気づかない。

「ウチならともかく、なんでお前が怒るのか、それがよぅ分かりませんわ……」

戸惑いに忍は呟く。棘なんて一切ない、少し弱々しいその声音に『キング』は心地よさそうに笑う。

「分かんねぇのか……?俺が何故怒っているのか、それが分からねぇのか」
「な、なんや」

「ユウジと楽しげに話すお前に腹が立った。お前が違う男に組み敷かれるのも、その体に触れさせる事も、他の男について考えるお前も……全部が許せねぇ。だが、お前と喧嘩腰で話すのは楽しい。お前の眼差しが俺を見るのは心地がイイ。お前の体に触れると欲情する。お前の危険を知って、まぁ…焦った。…どうして俺がそう思うのか、分からねぇか?お前はそこまで鈍感か?」
「……」

「これだけ俺が譲歩してストレートに言ってるんだ、分からねぇとは言わせねぇぜ?…いや、お前は無意識の内に、俺がお前の事をどう思っているか…それに気付いていたはずだ。だから、最初から俺を突き離せなかった」
「―――…目の前の事に集中しぃ。今はそんな話している場合やない」

「いや、この件が片付けば、お前は全力で俺から離れようとするだろうからな。逃走防止に言わせてもらうぞ。…それに、今のタイミングしかねぇって俺にも分かってんだよ」

甘い雰囲気が流れている訳でもないのに、戸惑う。
例えば、仲が悪かった同性と二人きりになったかと思えば、突然告白(…)めいた事を仄めかされた時―――その困惑に近いものがある。

なんだ、どうした。なんで急に…。何があった。そんな事急に言われても…。本当にお前は王様か?

冷静を装いながらも内心は大混乱だ。

「俺はお前に惚れてんだよ、忍。だからお前を助けに来た。好いてる奴を守りたいと思うのは当たり前の心理だろ?―――リタイアは絶対にしねぇよ」

このタイミングで、一人が襲いかかって来て、話は中断された。
忍はどんな表情をして良いか分からない。
俺様だから。きっとからかってる。本気じゃない。一時の気まぐれだ。
―――鼻で笑って冗談にすれば良かったのに、彼の行動や、真摯に伝わってくる言葉がいつもみたいな軽口を封じる。
しかし、焦るあまり、忍は自分でも考えていなかったような言葉がポロリと零れた。

「……今日の王様は素直過ぎて…なんや別人のようやな。…はて、打ち所が悪かったんか?…聞かんかった事にしよか…」
「あ”ぁ!?」

冗談にされ、本気で憤る『キング』の目が忍を鋭く射ぬく。
それは背中合わせでも分かるほど、皮膚から骨の髄にまで突き刺さった。
思わず「嘘や、かんにん」と謝る始末だ。

「当たり前だ。今の無神経さには相当腹が立ったぜ…!!」


一世一代の大告白を「聞かなかった事にする」だと!?


唸りを上げた左拳は、男の顎を貫き、その巨漢は宙へ飛んだ。
『キング』の完全なる八つ当たりの被害者となった男は、もはやご愁傷様としか言いようがない。
悲鳴さえ満足に上げられないまま、落下して動かなくなる。
それを目の端に入れて、かなり失礼な事を言ったと気づいて、忍は更に後ろめたくなる。

「せやから、堪忍ゆーとる…あの俺様王様が、なんや熱心になってウチを口説くさかい…ほんまびっくりしとるんよ…それに、こういうの、ウチは慣れてへんのや……」
「その一言で許されようってか!?さすがの俺も、おおいに傷ついたぞ…!!」

「わ、分かった…!!お前の気持ちはよー分かった!!痛いほど、分かった!!ちゃんと受け止める!」
「―――なら、考えろ」

脅すようなセリフだった。
それなのに、嬉しげな声色は柔らかく、忍は思わず背後を守る王様を盗み見する。
その時、ちょうど『キング』は相手の懐に踏み込んで、ジャブを相手の顔面に決めている所だった。
蜂蜜色の髪が動きに沿って靡き、金色の眼が前を見ながらも、忍の前向きな返答に優しい雰囲気を宿してるように見えた。
琥珀を溶かして嵌めこんだような瞳。そこに濁りなんてない。ましてやまがりものでもない。
『キング』は散々暴れ回ったせいか、せっかく清潔に整っていたスーツも乱闘に乗じて乱れ切っている。
顔にも服にも血がついて、その顔色も正直良いとは言えない。
右腕を折られて、本当はかなりの激痛が身体を負担を掛けているだろうに、しかし一度も預けた背中は狙われていない。
宣言通り、全力で忍の背中を守ろうとする意思が形となって伝わってくる。
忍を守るこの男の背中が、妙に心強く感じられた。

「考えて考えて、俺の事だけを考えまくれよ。…お前もそうやって俺の存在に悩み苦しめばいい」


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