忍少年と隠忍自重 055


この時元<ゲン>は、空達がどうなったのかをきちんと見届けてなかったから、きっと既にどこかへ避難しただろうと考えていた。
だが、目を瞑った瞬間―――鈍い音を確かに耳で聞いたのに、来るはずの痛みが来なかった事を不審に思った。
おそるおそるほとんど開かない瞼を持ち上げた時、信じられない光景を目の当たりにして、元<ゲン>は絶句する。

「…健太、律<リツ>…」

そこには既に逃げただろう二人の友人が、藤堂に向かって殴る蹴るの暴動を起こしていたのだ。
健太にいたっては、元が落した木の棒を使って藤堂の顔を集中的に狙う。
藤堂は自分の二の腕を盾に使って防御しているが、その背後から律<リツ>がその片足を集中的に何度も蹴っている。
二人とも酷い怪我を負っていて、もはや顔は原型も留めていないほど。
本当は走るのも辛い体なのに、必死に歯を食いしばって藤堂を倒そうと拙い動作で攻撃を繰り返す。
元<ゲン>はそれを不思議な気持ちで見ていた。

「…クソ餓鬼どもがっ!!」

額に青筋が浮かびあがるほど激昂した藤堂が、振り下ろされた棒を強引に奪い、それをどこかへ放り投げ、健太を殴り飛ばす。

「うがぁ!!」

続いて後ろで蹴りを入れていた律<リツ>も、脇腹に蹴りを入れられて地面に伏せる。

「てめぇらマジでうぜぇ!!ぶっ殺してやる!!」
「健太!!律<リツ>!!」

元<ゲン>が身を案じてそう叫ぶと、二人はゆっくりとした動作で立ち上がり、また構えた。
二人とも元<ゲン>と同じように体を震わせて、けれど眼には諦めきれないという闘志で漲っている。
それに困惑を見せたのは藤堂だ。往生際の悪い後輩たちを薄気味悪そうに―――それよりも戸惑いを含んだ眼で、それぞれを睨みつける。

「な、なんのつもりだ!!てめぇら!!」

ふいに、一番顔が潰れてしまい、腫れあがった肉で眼球が確認できない健太の、強烈な視線を感じて元<ゲン>は見つめ返した。

「何一人カッコつけてんだ…!!わかってんだろ!!一人じゃどうにもならないんだよ!!だから協力すんだ…!!」
「けど空先輩を―――!!」
「空先輩を途中まで見届けて、それから先に逃げてもらった…!!空先輩も元<ゲン>を心配してたんだぞ!!」
「は…」

空先輩がとりあえず逃げられたという事に、元<ゲン>は心底安心した。
それを眼の端にいれたのか、健太の唾を飛ばさんばかりの怒号が元<ゲン>に飛ぶ。

「お前安心してる場合じゃねぇだろ!!とっとと構えやがれ…!!」
「『三本の矢』なら勝てるかもしんねぇだろ…!!」

最後は三人の中でも最も頭が良い律<リツ>が元<ゲン>にそう訴えた。

矢一本なら一人の力で折ることができるが、三本となったときはなかなか折れない。
このように三人が力を合わせなければいけないと、どっかの偉い将軍が自分の子供に説いたという話しだったはずだ。

ようは三人なら上手く行くかもしれないと励まされ、元<ゲン>の心から恐怖が消えた。
何故だか、今は無敵なような気がしたのだ。

―――三人なら、勝てると。

なにも根拠は無いけれど、とにかくそう思った。

「や…やってやるよ…!!」

謎の先輩・忍のように果敢に一人では倒せないけれど、三人なら――――…

それは三人が共通する思いだった。

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