忍少年と隠忍自重 048



真っ赤に燃える紅の色―――その赤の存在は強烈で、遠く離れたこの場所からでさえ強い視線を感じる。

おかしい。あの目の色はなんだ?

彼の目は日本人特有の黒曜石の瞳であったはず。

藤堂は自分の目がおかしくなったのだと思った。

恐怖に脳がやられて、マヒしたのだと。

―――でなければ、何故人の目があんた兎のように赤くなれるというのだろうか??

(そうだ…っ!!これは、錯覚だ…!!)

藤堂はそう思わないと、体の震えを止める事さえ出来ない。

幽霊などと言った、非現実的なものは一笑して否定する藤堂である。

しかし、藤堂には忍が『ただの人』にはどうしても見えず…では人でなければなんだというのか。


―――それが分からないから、尚更恐ろしいのだ


忍は、藤堂を真っ直ぐと見つめている。
戦場のように荒れる男達の群れが、後輩達を貶めようとしている中、忍は人形の様に突っ立って、藤堂を凝視していた。

慌てることなく、ただじっと。


―――あれだけ必死に後輩を助けようとしていたくせに、何故彼らが襲われている今、忍は冷静でいられているのだろうか?


そして、何故―――何故彼は、藤堂の携帯を片手に握っているのだろうか?



たかが取られたのが携帯であるのに、藤堂は自分の一部が取られたような恐怖心に駆られた。


よく見れば、誰かに電話をしているのか―――耳にそれを当てて話している。
何やら最初驚いたような顔を、した。
まるで電話の相手が違ったような―――でもまた『元の顔』に戻る。

少年の口元が動く。

ゆっくりと紡がれた言葉。

また、笑う。

最後、少年は未練も無くなったと言うように、ぞんざいにその携帯を放り捨てた。
藤堂の携帯は、冷たいコンクリートに何度も叩きつけられて―――まるでそれが自分の未来になるのではないかと、そんな根拠もない不安にかられる。

―――そして

笑う―――笑っている。『彼』は口角を釣りあげて、口裂けのように笑う。


にたり。


にたりと、白い牙を剥きだしに、笑う。


藤堂には、何故忍があれほど笑っているのか分からなかった。


そして―――彼は一体『誰』に電話をしたのだろうか?


警察か?

それこそ疑いたいものだ。


では、誰に?


こんな状況であっても、助けるどころか電話を第一優先にするほどだ。
忍が『今ここで電話をしなければいけない』とそう思うほどの切り札…―――もしかしたら、相手は≪悪魔≫なのかもしれない。

普段だったら鼻で笑ってしまうような冗談も、今の藤堂は冗談に出来なかった。

『なんもせんかったら、きっとなんでもない将来を送らせたるさかい』

何故かそんな言葉は脳裏で再生され、震えが大きくなる。
嫌な汗が滝の様に吹きだし、足元が崩れたような危機感に襲われて、藤堂の頭は真っ白になった。

―――忍は、自分が元<ゲン>から逃げ出した事を咎めるだろうか?

けれど、自分は不可抵抗だったのだ。

だが―――彼のあの笑みは、逃げた事を決して許さないと、そう言っているように聞こえた。

『けんど、もし何かしおったら―――』

藤堂は自分のすぐ傍に、忍がいるような錯覚に陥った。

言葉が蘇る。

『おんどれ(てめぇ)…覚悟だけはしときな……』


―――間違いなく、『彼』は何かをする。

そう本能が告げた瞬間―――…


藤堂の行動は早かった。


「くそくそくそくそくそぉおおお!!」

藤堂は彼がどこにいるのか―――それを確かめる事をせず、奇声を発しながら闇の中へと走り出す。

障害もない平たい地面を何度もつんのめり、転びそうになりながら、藤堂はただただ必死になって逃げていた。


指が痛む。

ズキズキと―――

まるで藤堂を戒める様に、警告するように疼く。


首元から零れる命の流れ。


それすら気にかける余裕もなく、藤堂は無我夢中だった。



忍から逃げられるのなら、どこだって良かった。



あの攻め立てるような赤い目に、自分が映らないのであれば…。


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