忍少年と隠忍自重 047
男達の群れから何かが吐き出され、元<ゲン>達に向って襲いかかった。
「…!!」
真っ直ぐと走ってくるのは一人の男。
非力な獲物に向かって、獣は唇を舐めて狙いを定めていた。
「オラァア!!」
拳を握りしめて突然襲ってきた相手に、元<ゲン>達は声なき悲鳴を上げる。
「っ!!」
恐怖に駆られた元<ゲン>は思わずナイフを握る力を込めてしまい、藤堂の首下辺りの皮膚が割けるほどまで深く切ってしまう。
ぴゅっと、水を貯めた袋に小さな穴が開いた様に、血が溢れた。
「うわぁあああ!!」
生温かな血を受け止めて、元<ゲン>は慄きながら藤堂から手を離す。
同時に、固く握りしめていたナイフまでも、爆弾を捨てるように落としてしまう。
「っ」
藤堂は顔を青くしながら、自分の喉元から溢れる血さえ気に留めず、咄嗟に元<ゲン>から逃げ出した。
人質が解放されたと同時―――襲いかかって来た男が元<ゲン>を殴り飛ばす。
「オラァ!!」
「ぐっ!!」
骨が軋み、砕けるような音が工場内で木霊した。
―――それが、ゴングの合図のようだった。
「ナイス!!」
「やっちまえ!!」
ひゅうと口笛を吹き、嬉々と男達が一斉に獲物を仕留めようと走り出す。
―――囲メ囲メ
(決して逃がすなよ)
それは一つの大きな黒い塊―――暗雲のような影。
元<ゲン>達を囲い、逃れられないよう追いつめる。
せっかく開かれた出口さえ、男達の魔の手が伸びようとしている。
―――籠ノ中ノ鳥ハ
(哀れな子羊達だ)
「走れ!!」
誰が言ったのだろう―――だが警告の声は、男達の歓声にかき消される。
「いやぁあああ!!」
恐怖に駆られた空<ソラ>が悲鳴を上げる。
叫びながら、空<ソラ>は必死に走った。
律<リツ>は健太を懸命に引っ張り、外へ急ごうと足掻くが、既に手遅れだった。
―――イツイツ出ヤル
(今すぐ出なければ、今すぐ!!)
四方八方から伸びるのは、地獄へ引きずり落とす悪魔の手―――空<ソラ>の手首を掴み、律<リツ>の髪を引っ張り、健太の足を引っ掛ける。
元<ゲン>は既に、男達の良いサウンドバッグへと早変りしていた。
―――藤堂の姿が見当たらない。
しかし、獲物に群がるハイエナ(男達)から離れた所を、のろのろと―――しかし切羽詰まったような足並みで、藤堂は抜け出していた。
首元の血の脈は衣服にまで浸透してはいたが、思ったよりも元<ゲン>が与えた傷は浅い。
今は我が身の保証が最優先だと、藤堂は息を荒くしながら、一目散に出口へと駆け込む。
藤堂は逃げる事に夢中のあまり、首元の血さえ気にならなくなっていた。
男達はそんな藤堂に目もくれない。―――それよりも面白い玩具に、無我夢中になっている。
蟻が餌を求めて群がる光景に、それは良く似ていた。
「…っ!!」
藤堂が目指す出口の先―――そこは既に黒々と空は染まっていた。
―――夜明ケノ晩ニ
(そこはまるで闇の中)
あともう少しで、出られるのだ。
藤堂が、扉から出る際―――不吉な予感に一度だけ後ろを振り返った。
―――鶴ト亀ガ滑ッタ
(ああ…不吉な予感は当たるものだ)
藤堂は後ろを向いた事を猛烈に後悔する事になる。
「っ!!」
―――後ロノ正面
(後ろには…)
自然と藤堂の呼吸は荒くなる。
そこには、確かに『彼』の形をした者はいた。
しかし、その双眼に黒で塗りつぶされた瞳はなく、戦慄が走るほどの赤を宿していた。
リコリス<彼岸花>のように―――真っ赤に燃え上がる焔。
――――アレは一体…
(ダァレ?)
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